第8話  ペンギン・ぺんぺんアイドル

  


「は~ぁ~い490円ですぅ~」

やる気があるんだか、ないんだか、ふざけているんだか、ないんだか。

のんびり口調で穂華は話した。

お客の子供が、小さな小銭入れから、500円玉を一枚取り出す。

すると、栗色の長い髪の毛をかきあげ、(うんうん)と、うなずいてから、穂華はレジに向かった。

「ふぁ~い」鼻声で話し、細い指先でレジ袋を開いては、商品を手渡した。

「あぁりがとう。ございまし~たぁ」

コクン。

礼をしてお辞儀。

(さぁ~てとぉ~)ため息交じりであたりを見渡す。

細いヒールのかかとを意味なく「カンカン」鳴らす。

彼女の目は時々、みょ~うに、意地悪くも見えた。

プラプラ手をぺんぺん、横に振りプリプリ。カッタルソウ。

(一人にかかる時間。5分弱。)

このみち15年の祥子は目を細めて穂華を見ていた。

売店は混んできた。

まだ開店したばかりなのに、そこそこお客が入った。

たいていは、「ギャンギャン」泣きわめく駄々っ子が、ぬいぐるみや小さな人形。ジュースや、お菓子などを買っていた。

携帯用オムツも売れる。

なかには、お土産を、もう買っている人もいる。

「帰りだと、こむっぺ!」(意味・混みあうから)と、話すババアも(イヤ、お客様)もいた。

本日は、ゴールディンウィーク(こどもの日)

祝日であるので、遠方からくるお客様も多く、午前中が混みあう。

団体客も入っている。

北国の春を待ちわびた道民が集結してくる。

「そろそろ動物園に行きたい日」や、「水族館へ行きたい日」は、人間の周期現象としてあるようだ。

祥子は今年39歳。二児の母。夫は真面目な冷蔵会社で働く。

テキパキが売りのママさんである。イヤ、ここでは、女王様である。

逆らう人は誰もいない。なぜなら、彼女は人望も厚く仕事もできる。

何度も忙しい修羅場もくぐってきた。

また平日のさっぱりこない閑古鳥の日も過ごしてきた。

何人、アルバイトや従業員がチェンジしたことか。

そのなかでも、細く長く、暖かく、売店という水族館の中心軸を支えてきた。

「厳しい先輩。意地悪な先輩。」入社したての若造は、祥子のことを、陰で囁く。

し、か~し。

時間がたつごとに、後輩はみんな、慕ってくれた。

いまだに、付き合いが続く元同僚もいる。

しか~しぃい。

月日がたつごとに新人類は進化してやってきた。

今年、入社した穂華はまた特別だった。

きれいな栗色のストレートロング。細いかかとのヒール。

のろまな話し方。たまにつくため息。幼い話しかた。

目は大きく、唇はピンクのグロスが塗られプルプル。

研修期間をいれて五か月、たとうとしているが、マイペースウゥ。

(いいんだけど、仕事はしっかりやれ)祥子は怒り狂っていた。

(祥子ちゃん、怒り心頭だね。ど~ぞ~)離れた売店の窓口から同期の真由美が笑っていた。

窓口には長蛇の列。

三人の女性が対応に追われていた。

真由美はその中でもリーダー格。

新人の育成にすぐれている。

はじめておこなう仕事で失敗するのも仕方がない。

動きが悪くても仕方がない。

わからないことを何度も聞くのも当たり前。

はじめからできる人などいない。

人によっては時間がかかり仕事を覚える人、感が働きすぐに動ける人。

失敗しておこられたのが多い分だけ、お客様を思いやり、慕われる人物になる人もいる。要領がよいけど、すぐに辞める人もいる。

言い訳ばかりで、人のせいにしているうちに、居ずらくなる人もいる。

性分にはいろいろある。

そういったことは、真由美も祥子も十分、心得ていた。

そのなかでも、ちょっと、ゆるせん、ことがあった。

こんなことで怒るのは大人げないだろうが、穂華は正社員。

祥子も真由美も所詮、時給で働くパートさんだ。

時給800円で働く主婦の働きなのに、長い間、勤めてきた実績から、正社員以上に働いた。

それはキャリアが長いので、当然かもしれないけど、最近、あまりに穂華が働かないので、祥子と真由美は頭にきていた。

仕事内容は倍。

給料は差が倍。

それに彼女の態度に、困っていた。

「おねえさん~。すみません。これください」

大きなあずき色のリュックを抱えたお客さんが来た。

穂華は知らんぷり。

この知らんぷりも、トータルにすると30回を超えていた。

彼女は、客を選ぶ。

年寄り、中年女性、ジジイ、が苦手。

好きな客は、おしゃれな若者。

金持ちそうな中年ジジイ。

10代の特にかわいい子供たち。

なぜか、容姿や好みで客を選んだ。

こんな売店で、なんのため?だか、知らないけど、汚らしい?のとは、話がしたくなさそうだ。

人を判断して対応する。

なんだか、わけのわからない販売員の穂華だった。

結局、遠くで商品を補充していた祥子が動く。

「はい。お待たせしました。」

祥子が笑顔で箱菓子を受け取る。

小太りの年配女性は、鼻に酸素を送る吸引機をつけながら、話した。

「ひとつづつね~、別々に包装してくれる?」

細い酸素入りのボンベを引きずっている。

しかしその顔は嬉しそうだ。

笑顔で笑う箱菓子の包装紙のように、楽しそうだ。

「あんね、5個ほしいの」

黄色いフクロウが付いたお財布が可愛らしかった。

指先は長年働いてきたのだろうか?苦労がにじみ出たゴツイ指だ。

注文したお菓子は、売れ筋だった。

すぐに包装しても飛ぶように売れる。

事前に、包装しているお菓子は、残り3個だった。

あと2つは包装しなくてはならない。

祥子は横目で穂華を見つめるが、知らん顔。

ふつうは、気をきかせてお手伝いしてくれてもおかしくない。

我かんせず。

(あんたが、頼まれたんだから、あんたがやれば)みたいな感じだ。

でも、ここは言わねば、ならぬ。

「はい。かしこまりました」

箱菓子を受け取ると、祥子は丁寧な口調で話した。

「売店の、アイドルペンギンお姉さん、お手伝い、お願いします~。」

通る声なので、売店にいたお客様が、みな振り返る。

穂華の顔をみると、みんなクスっと笑った。

もちろん、祥子も笑顔。

穂華は、怪訝な顔で祥子をみた。

でも、お客様が、笑顔で見つめる中、期待を裏切らないように、笑うしかなかった。

なんせ、「アイドルである。」

穂華は、笑顔をふりまくが、動こうとはしない。

動こうとしない穂華に、祥子は低い声で「あなたよ」と話した。

「わたし?」という顔の穂華に、祥子は大きくうなずいた。

「そう。」

「胸についたペンギンのペンシルにお願いしたのよ」

「は?」

「つべこべ、言わずに、手伝って!はい!包装して!」

箱菓子を手渡した。

混みあうときは、レジを打つ音が、客引きの音につながる。

会計をするお客様を対応する「リーン」と、レジが開く音が合図。

「リーン」は、いわばゴングなのだ。

なにを買うか、迷っていた客は、迷いが消え、次々と、会計を待つ列が伸びる。

すいてるときに、会計すればいいのに、人は、人が並ぶと並びたがる。

そんな予感がする満員御礼の日なのだ。

たいてい、お土産は、帰りに買い物するのだが、混みようで、さき買い物する人もいる。

ましてや、体が不自由だと、さきに買って貸しロッカーに入れる人もいる。

人はそれぞれの考えと、理由があって行動する。

女性はゆっくりと、お金を取り出すと「いくら?」と話した。

支払いが済んだところで、紙袋に入れて手渡すのだ。

やばい!売れ筋を補充して作っておかなければ。

祥子は先をよむ。

(館長だ!)

耳につけたトランジスターから、ヘルプを要請した。

「館長!売店!お願いします!」

「ジ~z@~・・・・ブフゥフゥ~」

(だめだこりゃ。)

すぐに祥子は機転を利かせてダイヤルを変えた。

包装助っ人は、お掃除の武井さんだ。

「タケさん!どうぞ!」

「ジ~ィイイ!ハイハイ!武井です。」

「包装お願いできますか?」

「了解しました」

武井は、すぐに来るだろう。

作業服を着替えて、すぐに来る。

ペンギンぺんぺんは、「アイドル?」の言葉に反応したオタクに囲まれて笑顔で包装をしていた。

「アイドル?ですか?」

「いちおう~♪」と笑顔を振りまく。

(また、あいつ、さぼるな)嫌な予感がする祥子だった。

青い水槽に吸い込まれる魚のように、黄色いリボンを胸に付けた外国人の団体が、パノラマ水槽の中へと入っていった。

この団体が、最後にまたこの売店の前を通り過ぎる頃は、大パニックだろう。

(貝殻細工のお店の野口さんはどうしているかな~?)

祥子は、あと、誰に頼もうかと、段取り考えていた。

(う~ん。困ったな)

穂香の横顔をみながら、機嫌よく働かせようと、作戦を考えはじめた。

ペンギンぺんぺんアイドル育成。

さぁ~スタートだ!

「いやだ~も~お客さんったら~」

穂香の声に、祥子はイライラしてきた。

ぺ~んぎん~ぺんぺん。

包装を広げて、テープで「ぺんぺん」

イライラは得意の包装で紛らわす。

「ぺんぺん、ぺぺぺん、ぺぺぺん。。。ぺん。」

「ママすご~い」と話す子供。

そのこえで、お客さんが祥子に注目する。

包装紙を広げ、今度は、カッターで半分に切って、小さな箱菓子用のサイズに切る。

「ザー。」

次はぺんぺんだ!

セロテープを貼りつける。

何かに乗り移られた祥子は、機械のように、リズミカルに箱菓子を包装していく。

箱菓子20個連チャン、包み。

体動かず、手先と箱菓子大回転。

「スゲ~神業!」

穂香の取り巻き男性たちが、声をあげた。

気をよくした祥子は得意のスピードぺんぺん技を大披露。

包んだ包装紙は、みるみる完成。

ハイスピードは、見る人を魅了した。

まるでショータイムである。

今度は会計。

「チーン」レジ音は、戦いのゴング。

手際よく包装した箱菓子を手提げ袋に入れて、「ハイ」お会計。

丁寧、笑顔で対応。

そう、極めて人は、かっこいいね!

「スゲ~」鼻の穴を膨らませた武井が話した。

穂香は、口をあんぐり開けて見つめた。

(かっこいい)うるんだ唇が、小声でつぶやいた。


















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