第11話 お昼です。
「お昼です。」
「わかりました。いまいっひぃきます。」
アルバイトの田島良太(19歳)は、大きな声で返事をした。
時計を見る。
そして、意味なくひとりうなずく。
焦る。
歩いたり、戻ったり、落ち着かない。
結局、持っていた魚入りのバケツを元の場所にもどした。
「はやく行きなさい」
その様子を見た飼育部海獣飼育課第二係の堂下さんに叱られた。
「はい!イエッササ!」
声と返事は最高によかった。
初めてのアルバイトは、友人とはぐれて、花形イルカの部屋だった。(担当だよ)
青いプールサイドを、長靴で歩く。
仕事は餌の魚運び。
朝の7時半から始まったから、仕事内容すべては、わからないけど、餌のバケツ補充。お兄さんたちの助手というところ。
お掃除などもあるだろう。たぶん。
と・・・思う。
「ゴールディンウィークだけでも、頼む!」と、言われて、友人の紹介で入ったバイト。
来たものの友達は、駐車場の方で、自分は「イルカ」だった。
色白の友達は「いいな~おまえ」と、しきりに話していたが、いいわけない。
イルカ担当の若い兄さんたちはイケメンぞろいで、怖い。
要は、ハキハキしていて、イルカが人間になったように、さわやかだった。
基本、田島はオタク系。
デブ。
特技はパソコン。
明るい日差しの中は、めちゃ苦手。
運動部の人間は、とくに日差しよりも、苦手。
お金でもくれなかったら、まず、この場にはいないだろう。
本当は、強面のオッサンが率いる、警備のお手伝いがよかった。
男は若いより、中年のほうがいい。
若いとすぐに、「あれやれ。これやれ。返事が遅い」と、文句いうが、中年は厳しいが、ガキんちょには、優しかった。
でも、友人の話では、「お土産店のお姉さん、かわいいです~」と、話したら、警備会社のリーダー格オッサンに「もう!来るな!」と言われたそう。
ジジイになっても下心があるのも、怖いぞ。
怒った顔は「さる」のようで、超~怖かったという。
現在、苦手なイケメン体育系の場所で働き始めて4時間余り。
11時半から休憩だ。
「もう、お昼?」と、思ったら時計は11時半だった。
なんでも大ハプニングが起きて、現在、「イルカチーム」と「オタリアチーム」がもめている。
そんなんで、ショーはいったん、中止になっている。
お昼から再開するらしい。
その前に、若手のアルバイトから順に、30分のお昼休憩である。
(あ~どこに行ったら~)と、自分の行き先に不安を感じていると、もう一人のアルバイト男子に話しかけられた。
「どうしたの?」
「いやはぁあ~どこで休んだらいいかぁ?」
「あ~そういうこと。荷物置き場のロッカーのとこ。俺も休憩だから一緒にいこう。」
「はい。おねがぁいします」
「まって、ちょっと、これ、おいてくるから」
そういって彼は手に持ったバケツを上にあげた。」
(あ~いい人がいたもんだ)良太は安心した。
壁には、虹が描かれている。
真っ青の壁。
そして正面には、底深いプールがあった。
ここの前を通ると、足が震える。
人間は、入ったらダメな危険なところに、磁石に引っ張られたように、足がむく。
夢をみそうだ。
悪夢を・・。
「助けてくれ~」と、誤って深いプールに落ちてしまう夢を。
(ほ~こわっ)
想像するだけでも、おしっこ、ちびりそう。
プールへ続く狭い通路で、良太は立っていた。
イケメン担当飼育係と、オタリアチームが、もめているのが、遠くにみえる。
イルカ対オタリア(エイリアン対プレデター)は、大きなタモを使って、二頭を、離し解決しようとしていた。
なんでもオタリアのショーのあと、イルカのプールに、一頭が、落ちたらしい。
人出の多いゴールディンウィークなのに、見せ場でみせれない。
このもどかしさは、計り知れないであろう。
だいたい、良太が配属されたとき、発声練習の声がしていた。
イケメンスリーメン。が、ショーのMCと、寸劇?とも思える練習をしてた。
はりきっていたのは、イルカだけではなさそうだ。
テンションをあげて、彼らは、何かになっていた。
そんなところで、この事件だ。
イルカ担当のイケメン飼育員スリーは、声を張り上げて、オタリア担当を怒っていた。
あたるところは、オタリアを管理している飼育係しかない。
ここの佐々木さんも、頭ごなしに叱られて、はじめは謝っっていたけど、途中で逆ギレしはじめた。
お互い言い合いする姿、言葉が、なんとも演技じみて、笑えをこらえるのに必死になった。
今日入ったばかりの新人の良太に笑われるぐらいだから、相当、演技力はある。
「なんで~そうなるの~?」からはじまり、「だ。か。ら。でしょ~う」「オマ~ィガァ^ッドォオオ」と、頭を抱えて床にひれ伏した。
「ショーが台無しだぁ~!」と叫んだ姿は、吉本新喜劇だった。
たしかにリハーサルでも、お客様の心をつかむように、意識してショーを盛り上げていた。
演技の勉強もしているのだろう。
仕事そっちのけで、良太も見入ってしまった。
三匹いる大きなイルカのなかでも「イーグル」はカッコよかった。
お兄さんの指示で天井につるされた赤いボールを蹴る姿は迫力があった。
蹴りあげたあと、プールに飛び込むときの、水しぶき。
「あ~絵のようだぁ~」
友達が「イルカ担当はいいな~」と、話した意味がわかる。
ましてや、芸のあと、餌を口に運ぶ瞬間は、まじかでイルカの顔を見れた。
お金も払わず、こんな素敵な経験ができるなんて、夢のようだ。
顔はでかい。
新幹線に似た容姿だ。
声も独特だった。
そんなかっこいいイルカくん達を自由自在にあやつるんだから、イケメン達は、素晴らしい。
リーダーの堂下大輔さん(たぶん?20代半ばか?後半)は、超イケメンだった。
イルカと並ぶ。水族館名物。
こういってはなんだけど、トムクルーズに似ていた。
日焼けした顔と、笑うと、前歯四本目の歯がとがって、かわいさを演出していた。
要は人気者特有の、白い歯と、あいきょのある八重歯である。
男の良太でさえ、(かっこいい)と一目で思った。
他にもいるイルカ担当も、そこそこにイケメンだった。
しかも、ウエットスーツに濡れた髪が、セクシーゾーォーンだ。
みんなそれぞれ個性派の、ここは、イケメンパラダイスだった。
(母さんを連れて来たら喜びそうだ)と思った。
そう思いながら「ボー」と、窓の外を眺めた。
室内が暑いせいだろう。
窓の外はキラキラ光る車の窓ガラスが見えた。
色白友人と、思われるやせた若者が走っていた。
(あれは友達の松田だ。)
駐車場は満車である。
「なんだか、忙しそう。」
(自分はこんなにラクでいいのだろうか~?)と、思った。
太陽に照らされて海の波も光っていた。
キラキラの外をを見ていたらバイト君が来た。
「遅くなって、スマン。」
「はい」
「休憩場所は、基本ロッカー。荷物置いた場所だから。」
「はい」
「お昼持ってきた?」
「あっあ!はい~。はい!」
「そ」
「はい」
良太の返事をきくと彼は目を伏せた。
二人は魚が置かれた場所を過ぎ、奥の階段を下りてロッカールームへ行った。
魚の生臭い香りがする。
室内は室内プール特有のにおい。
細い廊下のさきに従業員のロッカールームがあった。
イケメンたちも使うのであろう。
彼らの私物もむき出しにあった。
ざっと眺めたところ、高そうなウエットスーツやら、ゴーグルやら、サーフィンの本やらがある。
良太は私物をよけて、壁側にある細いロッカーの扉を開けた。
誰が貼ったんだか?ザ・ペンギンズのシールが貼ってある。
隊長の歯が「ニヤリ」と笑う。
ごそごそ中を漁ると、緊張して、ぶち込んだジャンバーと肩掛けカバンがあった。
その中から、今朝、ローソンで買ったおにぎりとお茶の入った白袋を取り出した。
もちろん、カバンの中から携帯もとる。
スマホがなければ、場が持たないだろう。
バイト君は、すぐに、500ミリのペットボトルの水を飲んだ。
ガサガサ良太は、白袋から、おにぎりを取り出そうとした。
「ここで食うのか?」
「・・へ?」
「ここで食ってもいいけど、上にいっか。」
「はぁ・・・はい。どちらでも・・。」
バイト君は、コンビニの袋をもち、良太の前を歩き出した。
たしかに雑然としているこの場所で、食事をするのは、しのびない。
お客さんが入っているならともかく、一時中止を受け、まず、二時間は、仕事はないだろう。
すべて知っているこのバイト君。
バイト歴も長いのかな?
イルカ担当のバイトは、良太も含めて4人いる。
他の二人は友達のようで、仲が良かった。
しかし、前を歩くバイト君は、一目で、暗~い男であった。
背は低く、やせ形、顔はきれいな顔立ちをしていたが、なにか?事情がありそうな、そんな感じに見えた。
彼が歩く後ろをついていく。
鉄のほそい階段を上ると、そこは、音響室だった。
イルカのショーには欠かせない音楽。
こじんまりとした小部屋だった。
細い窓からはお客さんの座る、細長い椅子が見える。
「すっげ~」良太は興奮した。
バイト君は、音響機材を眺める椅子に座った。
にやにや笑っている。
「すごいっすね」
「うん。」
彼はそういうと眩しそうに光るプールを見た。
そこには格闘するイケメン飼育員がいた。
上から、もめている現場を見ると、面白い。
まるで神様が下界を見ているようだ。
(バカな人間どもめぇ~)
彼は白袋からおにぎりを取り出すと、口に入れた。
良太もあわせて、おにぎりを取り出した。
食べながら話した。
「長いっすか?」
「・・あ~。3回目」
「え~?」
「4月から。」
「そっすか。スゲ~」
意味なくすげ~と話した。
「面白いっすね。」
「ま~ね。」
「オタリア?よく、プールに落ちるんすか?」
「落ちないよ。だけど、あれは、予想してたみたい。あのオタリアバカだから!」
「バカ?」
「そう。バカ」
「は~あ~」そう話し良太はまた、プールを眺めた。
プールの中には黒い影が素早く行ったり来たりして泳いでいた。
イルカがオタリアを追いかけてるのだ。
その様子を見た後、正面にある迫力の赤ボールをマジマジ眺めた。
天井につるされた3個の赤いボールが、手が届くくらい近くで見える。
「このボールすごいですよね~」
「ふぅん。」
「こんな近くで見れることないっすよね」
「まあな」
赤いボールの先はイルカに蹴られ、傷だらけになっていた。
良太はおにぎりを一つ平らげ、話をつづけた。
「これ?取り換えるのかな?」
「だろうな」
バイト君もおにぎりを、食べ終えると、携帯を眺めた。
いまどき、珍しいガラ携だ。
良太はなんとなく、彼は年下な気がした。
自分はこう見えても大学生。
一年生なので、ま~大した変わりないが、彼は幼い気がした。
だからイチかバチか聞いてみた。
「高校生ですか?」
バイト君の携帯が閉じられ一瞬、顔が曇った。
「だな。」
「そ。俺、大学生だけど、こんな俺より、ずっと、しっかりしてますね。」
「・・・。」
「あ~ごめんね。なんと、言っていいか、俺なんか、初めてのバイトなんっす。緊張しちゃってね~。ダメダメだ~。アハハハハっ。」
「ふふふ・・。」
彼はようやく笑顔を見せた。
良太はボンボンだった。
わがままいっぱいに、今日まで生活していた。
ここまで来るのに、腹いっぱい両親におんぶにだっこだった。
いまだに、脛をかじり学生生活をスタートしている。
スマホは、中学から持ち、塾に行かせてもらい、行きかえりの送り向かい。
ただ勉強すれば、いいってもんじゃないだろう。と、いうものだ。
「週末は水族館でアルバイトする」とメールしたら、母から「涙」のメールが届いた。
「偉いね。母さん、助かるよ。お兄ちゃん!頑張れ!」
母はそのあと、祖父母へ連絡したらしく、喜んだ祖父が「連休は、良太のバイトする水族館を見に行こうツアー!一泊二日温泉旅行を計画」しているとメールが来た。
とんでもない。
「恥かしいから、やめてくれ!」と、怒りのメールを返信した。
そんなボンボンとは対照の、先輩バイト君だ。
指先のササクレの血の固まったあとが、痛々しかった。
話かけにくい、そんな不陰気を察することはできなかった。
ノー天気。幸せボンボンな良太は、中学時代「空気をヨメね~やつと」バカにされ、イジメも経験したが、根っこの優しさ、かわいがられて育った性分は変わることはなかった。
イジメに負けない、育ちの良い性格だった。
シーンとした空気の中、また、話し始める良太君。
「毎週、来てんですか?」
「あ~。週末や連休なんかきてる」
「そうですか、偉いですね。俺もしっかりしなきゃ。」
「そ。」
「はい」
彼との会話は続かなかった。
良太はしかたがなく、おにぎりを、また食べだした。
おにぎり二個。お茶。メロンパン。
バイト君は、おにぎり一個と、水だった。
話す言葉もないまま、彼は、また、携帯を取り出した。
良太はキョロキョロしながら、口を動かした。
気まずい思いは、学校でもある。。
男同志は、こんなもんだ。
良太もスマホを取り出し「ワンパンマン」を読み始めた。
つい読むうちに声を出して笑ってしまうのも忘れて。
シーンと静まった音響室に無線の音が聞こえだした。
「ぴ~ぃ~ひゅるぅ~。とぅううううゅ~大田館長~どぉそぉ~。」
「ぴーひょ~ロロロロ。」
「ツ~う~ツー。」
「通じないみたいだ。」
「ツ~ぴひょろろ~。」
「・・・・・。ハイ大田です・・。」
「えぇ~とぉ~ぉ。オタリアゲート入りました。十三時スタート間に合います。」
「ツツッツツ;ツ~。ホォ~イイイ。オッケーポン」
「オタリアのピノは、ど~もなんね~バカだ!ヤベ。無線入ってた。」
「オタリアは~?オッケ?ですぅね~。オッケーポン。わかりました」
「ツー・・もう・・返事はしないぞ。」
「ブー」良太は、ゆっくりした屁をした。
ついつい夢中になり「ワンパンマン」を読んでいた。
引き続き「ブ~」となる長い音の二回目のオナラハは、強烈に臭かった。
「メタ・ブタン」と読んでいる。
メタブタン二回目。
スマホで漫画を読んでいても、自分のにおいに鼻をふさいだ。
「アハハハハ」と声を出すと、大きな三回目がやってきて「ブハあ~」と、周囲に異臭を放った。
自分のにおいにやられる。
便秘がちなお腹がグルグルなる音が響いた。
しかし漫画の世界に入ると、周囲が目に入らなくなる習性あり。
そんなのお構いなしに、硬い腹肉をたたみ、良太は笑っていた。
その様子をバイト君は、ザワッと、しながら見ていた。
臭いし、一人で笑っているし、(終わっているなコイツ)
「イヒヒヒヒヒっ」と笑う声と悪臭に小部屋は汚染され、バイト君は、ひそかに部屋を後にした。
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