第12話 貝がら風鈴とサンドイッチ
「早く~撮って~。」
「ハイ!チーズ!」
「ガシャッ・・。」
デジカメのシャツター音が響いた。
撮ったものを再正すると、妻の睦子と、こぶた姉妹の娘が、満面な笑顔で映っていた。
三人はピチピチ。
丸々太った固太りデブ。
毎日、豚肉ばかり食べているので、「豚」の化身のようだった。
マルマル顔で、ピースをしていた。
「次はどこへ行こうかな?」徹が話す間もなく、三人はドタバタと怪獣プール目指して走りだした。
(懐かしいな~)デブらの後ろにある大きな岩肌を見上げると、徹はつかさずシャツターを押しまくった。
「パパ!早くぅ~こい!」輪ゴムを手首に巻いてる?と、思える肉あとくっきりの手首をフリフリして、睦子は叫ぶ。
「ハイハイ」優しい声で、徹はいつものように従った。
海とつながった怪獣プール。
お天気のいい午後。
日の当たった岩の上で、体の大きなトドが寝ていた。
茶色のつるっはげ、充血した赤い目。
そして何より、デカすぎる体。
巨大トドは、一般トド(どういう言い方だ!)とは、別の絶壁の下にある深いプールの中にいた。
フェンスの下をのぞくと、それは、それは、巨大なトド集団が、餌を求めて野太い声をあげて叫んでいる。
仮にですよ、もしも、このさび付いたフェンスが外れて、人間が落ちてしまったら、ありですよ。あり。
食われるかも?しれません。
そう思うと、徹は足がぶるぶる震えてきた。
そんなのこともお構いなく、デブ三人は、仲間を見るかのようにはしゃいでいた。
「パパ!写真とれ!」と話すとポーズを決めた。
ときどき徹は撮った後に、削除した。
(写真に残すには、しのびないほどのブス)「いや~SDカードが満員で~ね。消去!」ということだ。
ひととおり三人は、仲間を観察した後、睦子が鼻をクンクンさせた。
甘じょっぱい、ホタテやイカの焼いた匂いだ。
「パパ!おかね!」
「なに?」
「だから、お金って言っているでしょ。財布!」
「あ~ハイハイ」
徹は睦子に背負わされた斜めかけのカバンの中から、キラキラ光るキティちゃんの長財布を引っ張りだした。
睦子はそれを奪い取ると、鼻息が荒くなった。
彼女の髪は栗色、体はデブなのに、髪は肩まで長くして縦まきに巻いている。
なんぼ、金かかっているか?わからない。
ちなみに徹は15分,
千円の散髪に通う!
この大イノシシは、朝起きると、ご飯支度の前に、必ず化粧した。
家の中はゴミ屋敷。なのに、顔だけきれいに作る。
ブ~と化粧品。埃ぽい部屋。
ゴミ&あくび。
デブ・イコールスローだと、思ったら大間違い。
口だけは、機関銃!弾丸トーク!
武器になろうであろう弾力のある腹。
年々縦に伸びるお腹のお山。
最近じゃ~手のひらも成長した。
年々ハンバーグは、大きくなる。
何もかもが大きく成長している。
それでも[しまむらの大きい服コーナー]があるので、おしゃれに敏感だ。
余計な服も増えている。
徹は、金使いの荒いデブ3匹を養っていた。
公務員なので、出どころは、税金だ。
(トホほほ~)
睦子が大きなお尻をゆらして、あまじょっぱい香りに誘われ、売店に入って行った。
子豚たちは、すでに席についている。
「なぎさ~のバルゥ~コニーで、待ってて~♪らべんだぁ~のぉ~♪よあけぇの~海が見たいのぉ~♪そして秘密~ぅ♪」
徹は詐欺にあったのである。
被害総額は、いままさに、現在進行形で、年月とともに積み立てられている。
(あ~あの頃は、かわいかったよな~)
革の小さなポシェツトを斜めにかけ、松田聖子ちゃんカットの、睦子がいた。
初めてのデートはたしか、ここの水族館だった。
徹は市役所に勤め始めて10年目。
20代後半になっていた。
同僚はすでに多くが結婚していて、焦った徹の前に、偶然、臨時職員で入ってきたのが睦子だった。
仕事は二の次。
若くてかわいいなら、誰でも、オッケー!だった。
むっりスケベの男の目にかかった、20代前半の彼女。
仕事ができることをいいことに、何かにつけて、睦子に近づく。
睦子は聖子ちゃんを意識した様子で、なにかと、大きな口に手をあて「え~っ。そうなんですか~キャハハハ」と無駄に大きな声をあげて笑った。
あとで知ったが、同僚の女性職員からは嫌われていた。
仕事はできない。無駄話は多い。派手。
しかし、どれも当時は、かわいく思えた。
あれは恋がみせる幻想だった。
上司という特権を生かした初めてのナンパ。
睦子とのデートが成功。
失敗は成功のもと。
成功は失敗のもと。
失敗の数が少なすぎる場合は、成功もすくない。
ブルンブルン~揺れるお尻の肉の先には、おいしいものがあった。
たしか、彼女は20年前、この食堂で「サンドイッチ」を注文したな~。
シャツターをきる。
徹の頭の中には、いつしか昔の現像が、浮かぶ。
(こうなったら、過去を生きよう)と、もう、数年前から決めていた。
連写するシッター音は、岩肌の下に立つ古びた売店だった。
「なににする?」と話し、首をかしげて笑った睦子の席は正面にあるハズ?
お店に入るとガラスケースの中に、ペンギンとアザラシ、トドのぬいぐるみがあった。
「いらっしゃいませぇ~」と笑う金歯のおばちゃん。
貝殻の風鈴が優しい音をたててお出迎えた。
細い食卓いすに腰掛けると、細身の睦子は「私はサンドイッチで・・。」と話した。
「ここにはないのよ~。メニューはこれ」と、おばちゃんに、色あせた手作りメニュー表を手渡された。
顔を赤らめる睦子の姿に徹は「胸キュン」した。
「卵どんぶり」に変更した睦子の膝に、花柄の大きなハンカチがあったね。
「恥ずかしい」と顔を隠した姿も、ふわふわ揺れる聖子ちゃんカットの茶色い髪もぉ~(可愛すぎて~)俺はテレまくっていた。
パンフレットをみるフリして、ゲタゲタ意味なく笑っていた。
バカだった。
大馬鹿野郎だった。
28歳になった俺は、ちょっと仕事が慣れてきたせいで、威張っていた。
調子づいていた。
5年払いにした白のファミリアに乗って、遠出したデートだった。
(そうそう。忘れちゃいけない。はずかしいけど・・・。初めてのキッスわぁ~ね、水族館の帰り道♪)
帰りの車で、自動販売機にコーラを買いに行き、戻ってきたら、睦子から「キスしてもいいのよ~♪」と、話してきた。
「いいの?いいの?」
(いや~ぁ~はずかしい~)
興奮した徹は膝をつきながら、シャツターを切った。
売店にむかう。
思い出すごとにニヤつきながら、徹は売店を撮影していた。
(なかの椅子も変わってないようだから、あれも撮っておこう)
シャッターを切るうちに、視界にデブ三匹が入ってきた。
わざと外す。
あいつらは宴会が始まっていた。
ちびデブは、二本も串刺しを口に入れバクバク食っている。
早速買った大量の焼きイカや、つぶ、おにぎりジュース、ポテトフライがテーブルに並んでいた。笑顔いっぱいの奴らは幸せ真っ最中。
なかでもリーダーの睦子は昼からビールを飲んでいる。
「かわいい~かわいい~」と餌を与え、気がついたらこうなっていた結果だ。
「いいんだよ。気にしないでいいよ。」と、甘やかせた結果が家事もろくにできないイノブタを育てた。
もう遅かった。
気がついたら徹は奴隷だった。
仕事帰りにお菓子や、弁当を買ってくる。
酎ハイや、ビール、買い物だって、子育てが忙しいからと買ってくる。
子供がどんどん成長しても変わらず、睦子は動かない。
働く気もない。
睦子は幼すぎる。
子豚たちと知能変わらず、それ以下だ。
でも。いまさら見捨てるわけにもいかず、こんなありさまだ。
「お待たせしました、ホタテで~すぅ~。」
「はい~!ありがとう~フガフガ」
網焼きのおばちゃんは、愛想よく甘たれをたっぷりつけたホタテを睦子へ手渡した。
「おいしいよ!」
「は~い~!」
丸い顔面笑顔!「しあわせ!」
わんこそばの競争でもあるまいし、(食うな!食うな!)
徹はカメラの横からその姿をみていた。
幸せそうな笑顔で睦子は、串についたホタテを平らげた。
「うぅめ~ぇ~」
子ブタ二人も12歳と10歳になろうとしているのに、おしゃれより食い気だった。
親ブタが試食した後、続いて食べた。
シャツターをきるび、徹はため息をこぼす。
あの頃の彼女はどこへいったんだろう。
いつしか俺はあの頃の彼女を探している。
ときどき、睦子とは、別人のような気がしていた。
彼女との思い出を確かめたくて、あの頃の、あの景色をみると思い出すような
気がして、シャッターを切る。
景色は几帳面にアルバムに収めて保管している。
いつしか昔の睦子の影ばかり追う自分がいた。
情けないが、ここまで支配社会が成立していると、人間。自分を守るために、よりどころを求める。
趣味がジミでいいじゃな~い。
「ちょっと・・。こい」売店の中から睦子の声がした。
「・・・はい・・・。」
睦子に呼ばれた。
小走りに走る。
走らないと叱られる。
席に着くと、彼女は言った。
「飲め!」
「ビールはだめだよ。車だし」
「おもしろくね~のぉ」
睦子は酒癖も悪かった。
「あんまり、飲みすぎないでよ」
「うるせ~なぁ~」
「まぁまぁ~」
睦子は透明のコップに入った生ビールを二杯も飲んでいた。
子ブタたちは食事を終え、トドの餌やりを見に行った。
酒癖が悪くなると、逃げ出す仕組みだ。
それにしてもレトロなお店だ。
売店内にある食堂は昔と、まったく変わっていなかった。
貝殻風鈴、ハート型のかわいい貝殻ペン立て。
ガラスケースに大切に入れられたぬいぐるみ。
再び、ハートのイヤリングをつけた、当時の睦子が思い出された。
ついつい言葉がもれた。
「睦子。覚えてる?」
「なに?」
「むか~し、ここに来て、ご飯食べたよね。」
「は?」
「だから、睦子の注文したサンドイッチが、メニューになくてさ~しかたがなく、卵どんぶりにしたんだよね」
「は?」
「覚えてない?」
「しらね~よ」
「は?い?」
「何言ってるのバカ!来たことね~よ」
「え?」
「おかしんじゃないの!前から思ってたんだよね。キモイ。あんた、なんの写真撮っているの?」
「え?」
「私はここにぃ、初めてきたの!わかるうぅ?」
「え?」
徹は店内を見まわした。
「だって?睦子じゃなかったの?」
「違うよ!夢見ているんじゃよ!ばか!」
カラカラ~と貝殻風鈴が優しい音を立てて風に揺れた。
前に座るカップルは、やばい不陰気に背を向け聞き耳をたてた。
テーブルを拭くおばちゃんは亀のような顔をしていた。
お昼のサンドイッチをお尻で踏んでしまった穂香は、「いやぁ~だぁ~」と声を上げた。
セロテープを補充しながら、改めて武井は祥子を尊敬した。
たくさんの車に囲まれてアルバイトの松田はパニックを起こし草わらに逃げた。
屁をこき、音響室を臭くした良太は、スマホを眺めながら、ロッカー室へ歩き出した。
イルカは鉄柵からオタリアを睨んだ。
オオカミ魚と写真を撮った石倉は、笑顔いっぱいだった。
小銭バックを抱えた花田の額から油ギッシュ汗が噴き出した。
「イルカ、まだやらないの?」と綾子は看板に文句を言った。
そして,
大田館長は走っていた。
イルカオタリアがいるプールへ全速力。
「夜になると出る」と聞いて、なお、興奮して、お尻がゼンマイになっていた。
「はふぅ~イヤハバハイ~トリャハ~」意味不明。
徹の時間は止まり、三杯目のジョッキーを注文する睦子の胸の谷間を見てた。
「本当に?」
「そうよ。来たことないもん」
そう話し、睦子は、おにぎりを食べはじめた。
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