第6話 貝殻店の野口さんとウーパー君


「アザラシ、ペンギンショーが、午前11時から~始まりますよ~!会場はこちらです~!」

大田館長は、イルカ館の中から出てくるお客さんを、野外の「海獣館」へ誘導していた。

気持ちはハラハラドキドキ。

「オイ!こらぁあぁあぁ~!イルカはどうした~?」と、怖そうなお兄さんに舌巻き口調で質問されたら、どうしましょっ)と思っていた。

内心はブルブル。

(ここは練習。僕は館長さん・・)

「申し訳ございません。イルカプールの中に落下物が入りまして、点検のため。午後一時からのショーに変更させていただきます。大変、ご迷惑をおかけしますが、ご了承ください。」

と・・・話をしよう。

(落下物だ。オタリアでない。)

(ご。迷惑のごは、強調しょう)

その方にお子さまがいたら、

「大丈夫だからね!またやりますからね」

(フレンドリーすぎる)

「もう、少ししたら、始まるからね」

(したら、は、おかしい)

「落下物って~!なんぞえ?」

「オタリアです」

(いいや。ちがう。正直はダメだ。うぅ~うぅ~)

大田の唸り声は、心の叫びを通り越して独り言になっていた。

「うぅ~うんこか?」

「・・・・・は?」

人ごみの途絶えたイルカ館前に、誰かの声が聞こえた。

大田はあたりを見回したが、人はいない。

気をとりなおして、向かいにある休憩所に入ると、自動販売機のランプを見た。

見ているうちに、また、「ふぅ~」と大きなため息がでた。

さっきした下痢のあとの、お尻の拭き残しも気になる。

休憩所には、古くて、統一性がない食卓テーブルとイスが置かれていた。

たくさん並んだ自動販売機のなかには年代物のお湯入れできるカップラーメン販売機もあった。

販売機のメーカーと中身が違うものもあった。

UCCコーヒーの自動販売機に、リボンシトロンなんて、ありだった。

昭和の時代にタイムスリップ。

ここだけ、時間がとまる空間。

お客さんの波は、ショーの時間で動く。

この場所は、たいていお昼でなきゃ人がこなかった。

パチパチ光る自動販売機の明かりを眺めながら、大田は「はぁ~」と今度は息を吐いた。

すると「はぁ~わぁ~ゆぅ~?」と聞こえた。

「はい?」

大田はあたりを、見回すが、誰もいない。

視界にみえるのは、三年前に制作した「水族館へいこう~」と笑うイルカの色あせたポスターが貼られていただけだ。

午前10時から開催のイルカショーが中止となって、大田の心境は心臓バクチダンサーだった。

(震えた)

この手の震えは、次のショーで挽回させなくては止まらないだろう。

それにしても、オタリアのピノの奴。まったく、困ったもんだ。

そのくせ、意外と人気者だから、どうしょうもない。

海獣館へ誘導するお客さんは「あのオタリア君、可愛かった~♪」「また昼の部もみよう~ね♪」

などと、話している。

なかには「イルカなんていいから、オタリアみたら、帰りましょうよ。」なんて話すギャルもいる。

(なんだかな~)と大田は心で唱えた。

すると「な~」と聞こえた。

「なに?」

振り向くと誰もいない。

いるとしたら、水槽に入る「ウーパールーパー」だけだ。

(このウーパー君が、話すわけない。)

時代遅れの「ウーパー君」に興味を示すのは、ごく一部のマニアだけであった。

おしっこのついでに、(イヤ、)お手洗いに行っている彼女や家族をトイレの前で待っている男が、

たま~に、水槽をのぞいた。

「懐かしい~」だけの時代のオトシゴだった。

「こんなところに、まだいたの?」という出会いだった。

そんなピンク色のいつでも裸のウーパー君が、話すわけないでしょ。

大田はうすら笑いを浮かべ水槽に指をつけた。

(それよりオタリアのピノだ!あいつをなんとかしないと。)

「ね。ウーパー君」

「はい。」

「・・・・?いま、なんと?」

「そうですね」

ウーパー君の透き通った体から、声が聞こえた。

「ギヨエ~!」

大田は耳を疑った。

冷たい水槽を触る手を離し、目をまるくしてウーパー君を見つめた。

するとお手洗いの前からしゃがれた女性の声がした。

「話すんですよ。」

「ギョエ~そういえば、今日は出番でしたね~!」

現れたのは、「貝殻細工お土産店1号」売店販売員、野口節子さん(63歳)

彼女は前歯の一本が、銀色さし歯だ。

そのさし歯を隠すように鼻の下を伸ばして笑った。

「話すの」

「え~?うっそ?」

「本当です」

「え?・・マ、ジ、カ」

笑顔の野口さんの目の上のアイシャドウがスカイブルーだった。

ウーパー君がここにやって来てからだからの長い付き合いの野口さん。

「館長。話すのよ。たまに」

「あぁ?」

大田は、マジ、マジ、ウーパー君を見つめた。

熱い視線を感じ彼は動かなかった。

その様子を野口さんはニンヤリみていた。

あずき色の制服は、ピチピチ身が詰まっていた。

目の上真っ青。唇はくっきりとピンクの輪郭をかいていた。

トイレ向かいの、(イヤ、)化粧室向かえの貝殻細工のショーケースに座る野口さん。

昔は毎日、働きにきていた日もあったらしいが、最近では、土日祝日のみ勤務となっていた。

この地味な空間で、ウーパー君とは、いつしか通じ合う仲になっていたのだろう。

姉妹店の「貝殻細工お土産2号店」は、海の近くの「海獣コーナー」にある。

同じ店なのに、ここのパートさんとは仲が悪かった。

普段は、祥子さんがここのお手伝いをしていた。

「も~ずっと、ここで働いてきたから、今はこづかい稼ぎ!」と野口さんは笑った。

水族館の開演以来勤務する「生き字引・野口さん」である。

お土産店のスペースは、ガラスのショーケース二つほど。

通路に添って、飾ってある。

貝殻の人形やアクセサリー、網に入った貝殻の詰め合わせ。売れないもんだから600円のところ、「半額の300円」になっている。

貝殻フクロウに、貝殻灰皿。売れ筋は、なべしき。

初夏から夏にかけて、貝殻風鈴が人気だった。

どれもたいてい、外国製だが、ときどき日本製もある。

野口さんは、何年もこのショーケースの後ろに座り、お客さまを待っているうちに、ウーパー君と話せるようになったのだろう。

「たまに話すのよ」

野口さんは、大田が、ウーパー君の方に近づくと、いきなりキンキン声で話した。

「ハイ。はなしてごらん!」

どこみているか、わからないウーパー君は、背をむけて泳ぎだした。

大田には「うるせーばばぁ」と聞こえた。

「ハイ。お話よ。ほれ。」

しつこい野口さんは、何回もウーパー君の水槽をコツいた。

日に照らされた二人の顔を見ながら、大田は長い歴史のひとこまを見てる気がした。

地味すぎるスペース。

(ホームセンターの方が、最近では立派でないかい?)の熱帯魚コーナーを通りすぎて、

「イルカ館」やトドやペンギンが暮らす「海獣」コーナーへと、続く流れ作業の通りすぎるだけのスペース。

売れないであろう貝細工みやげ。

たぶん、新しいものだけど、相当古い在庫だろう?商品。

バラバラの食卓テーブルに、中身と違う自動販売機。

どれを見ても古い。

けど、こころを込めて、毎日清潔に掃除している。

レトロ好きには、たまらない。そんな、歴史のある水族館なのだ。

「館長!」

「今日は、これ以上!話さないわ!」

野口さんはお茶目な顔つきをした。

「そうですね」

仲良しのあいだに入るのは忍びない。

大田はついこんなことを話した。

「ほかにも、なにか。珍しいことありますか?」

すると野口の顔が輝いた。

「うふふふふ・・なにか?ね~」

意味深な顔つきで話した。

「でるんです。」

「・・は?」

大田は(ブルっ)とした。

(聞かなければよかった・・。)

野口の顔が近づいてきた。

大画面がドアップで・・・。

「でるの。あれが・・・」

そう話すと、野口さんは手を前にダランとして、幽霊ポーズをした。

その顔は、しわだらけ、細い目は、亀のようだった。

(まるで亀ですね)

野口さんの目は爬虫類化していた。

ウーパー君は、ヒョイヒョイ泳ぎながら「やべ~ばばぁ。」と話した。



















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