第4話 オタリア・イルカショーの行方
オレンジ色のおそろいの帽子をかぶった幼稚園児たちが、カラフルなハーモニカ椅子に座る。
胸には折り紙で作った鯉のぼりがついていた。
「まだ~?」
「プール?スゴイ!」
独り言や、おしゃべりが飛び交う。
ベビーカーを引いた若い母親が、歩き始めた子供と一緒に歩く。
汗をかいた子供を、しかめつらで見るヤンママ。
大きなトートバッグを肩にかけた、若い父親は、茶髪の若い女性の足を眺めてた。
つきあい始めた青いカップルたちは、肩がふれただけで、電気が走った。
社員旅行らしい酒臭い一行。
大きな声で笑う声。
オタリアのピノは、おおぜいの人の気配を感じていた。
でも(ど~でもよかった~)(※ 館長と以下同文)
満員御礼のステージのはじまり。
ざわざわした会場で、大音量で音楽が流れた。
「さあ~みなさま~おまたせしました。」
「おまちかね、オタリア君の登場で~す」
お兄さんの掛け声で、三匹のオタリアが黒いお腹を滑らせて登場してきた。
ツルリとした黒いお腹を武器に、ハイスピードで登場する技は会場を湧かせた。
いつもと変わらないステージに何も考えずピノはやってきた。
三匹の中でピノは中ぐらい。
濡れた尾びれを使ってブレーキをかけて、ピタリを止まる。
立ち止まって「ハイ!」
頭を下げて「挨拶~!」
大きな黒い前ひれを会わせて自分で「パチパチ」
オタリア君のその動作にお客様は大盛況。
「かわ~いい~」
黄色い声が飛び交う。
芸をするたび大きな拍手と笑い声。
すると、ピノの口に小魚が突っ込まれた。
「ゴックン」
無理やり入れられた二匹目の魚に、ピノは吐きそうになった。
(なんか?..ビミョウ~に、不満)
ピノの気持ちとは裏腹に飼育員の佐々木君(24歳)のテンションは上がっていた。
なにせ、満員だからだ。
「オタリア学校」の次は、花形「イルカショー」。
いわゆる、これは前座だ。
「大きい方から~紹介します~!」
「ドン!」
「ピノ!」
「ハナ!」
「お~オ~ォオオオオオオ~」
大きな拍手と一緒に、オタリア達も尾びれを会わせて拍手のポーズをした。
お客様は喜び、そして、ピノの口に魚が、ほおり込まれる。
ピノは呆れていた。
いつもこんな感じ。
(ホントは、ゆっくりと、食べたいのに・・・)
ピノはモヤモヤしていた。
お兄さんの指先を見る。
鼻先が触れたら次の芸。
首をフリフリ「イヤイヤ」のポーズ。
会場は割れんばかりの拍手と笑いにあふれた。
再び小魚。
「ゴックン」で終わるお楽しみ。
(ゆっくり~食べたいな~。しかも、いっぺんに食べたいな)
ピノのモヤモヤは止まらない。
デカイ体のドンは、おバカだから、お兄さんの言うことを聞いていた。
小さいハナは、まだ小さいから「わからん!」右にならえだ!
ピノは唾を吐いて興奮しているダンガントーク佐々木君の足もとの青いバケツを見た。
(ゆっくり。ガツガツ。まったり。食べたい。たくさんあるぞ!あの中に、魚!)
しかし稼ぎが(芸)ないと、もらえない。
お兄さんの指先を見て、鼻先と指の動きの合図がないとダメ。
(わかっているよ。そんなこと。)
佐々木君の目が光る。
「次は数学の時間で~す」
ドンが、鐘に頭をぶつけて、授業のスタートの鐘を鳴らした。
ドンは魚をもらうと、フガフガ飲み込んだ。
鼻息が伝わる隣で、ピノは青いバケツの魚のお腹を見ていた。
佐々木君は、ピノの視線の先を見ていた。
ピノはときどき、目をそらす。
鼻を触る前に芸を始める。
バケツを目で追う姿も気になった。
しかも、他のオタリアよりも向上心が強かった。
(俺が、俺が、)と、積極的な傾向もあった。
ドンとハナは素直に芸をして、魚を口に入れると喜んで飲み込んだ。
(だが、ピノは違う・・・。)
「次は、オタリア君たちの算数の時間です~。さ~足し算ですよ。」
「ガーンガーン」ドンが黒い頭で鐘を打つ。
「パチ!パチ!」オタリア達が手を叩き、会場を沸かせた。
大事な場面なのに、ピノの手のたたき方が、早かった。
(・・・・・なぜに?早い?)佐々木は睨んだ。
(アドリブ、アドリブ)
「どうしたの~?、ピノ君?、そんなに喜んで?」
すると、ピノは、ピタリと止まり、前びれで顔を隠した。
(・・こんな、芸?、教えてね~ぞ。)
お客さんは、この掛け合いに大爆笑した。
(アドリブ、アドリブ)
「恥ずかしいの?」
すると、ピノは、また「パチパチ」した。
会場は「かわ~いいい」という声がした。
(うけているようだ)
先輩の内田さんをみると、(餌やれ!)のポーズをしていた。
しかたがない。(餌だ)
ピノは、ドンやハナより多く餌を食べれたことに満足していた。
さっきもらった魚は、いつもより大きかったこと。
お兄さんにうける(笑われる)と、稼ぎが増える。
(ウシシシシ~)前から思っていた。
とくに会場にガキどもが多く入る日は稼ぎがいい!
黒い目の向こうでは(ウシシシ~)と笑う「勝ち組魂」が燃えていた。
(おバカのドン、小さいハナ。お前らなんか、眼中にないぜ。)
佐々木は困っていた。
算数の時間が終わったら、次はオタリア楽団の演奏会だ。
その前に会場のみなさんにご挨拶だ。
(あ~無事故。無違反。無事故。無違反。)
佐々木の願いはひとつ。
とにかく事故が無いように、ショーが無事に終わること。
(そんなのは、どんでもいい。)
ピノの頭の中は、オタリア楽団に使う次の餌箱だった。
ドラムの下にある緑のバケツ。
魚のお腹は、もう、すでに見える。
佐々木君が、「体が大きいから」と、ドンにばっかり大きな魚を多くあげるのを知っていた。
大・中・小・
体の大きさで餌の大きさを決めるのはやめてほしかった。
不公平。不平等。理不尽。
いまの世の中、どれだけ、お客様にうけるかの時代だ。
実力主義の時代。
笑いが稼ぎに反映される。
判断するのはお客様なのだ。
(ハリキって!つぎも!自分の出番を多く!)
ピノは向上心に燃えていた。
佐々木君の目が鋭く光った。
「数学の時間はこれでおしまです。」
「それでは、オタリア君が皆さんの近くにご挨拶に行きますよ~」
「きゃ~ホント~」
会場の子供達は、隣同士顔を見合わせた。
お兄さんはオタリア達の口にお魚を入れた。
(たのむぞ!ゴー!)
黒い頭が(オー)と立てに振る。
三匹はプールにもぐりグングン泳ぎだした。
むかった先は、お客様の近くにある「お立ち台。」
ピノはお魚目指して水の中、グングン体をくねらせて泳いだ。
うるさいガキんちょ!
大きな声で泣く赤ちゃん!
腹の出た若い父さん!目指してグングン。
お客様の目の前にある「お立ち台」に立ち「オゴーオー」と声をあげて「こんにちわ!」だ。
(さかな。さかな。ガブガブ食べる。魚、魚、モグモグ食べる)
ピノの頭は、お魚でいっぱいだった。
スルリ~スル~リ軽やかに、なめらかに、泳ぐ。
勢いよく水の中から上がり、「お立ち台」で顔をあげて「こんにちわ!」「オーオー」
「うぁ~」
まじかで見た子供達は目を丸くして驚いた。
「パチパチ」
大成功!
尾びれをくびらせ、お立ち台でポーズ!
決まった!
ピノは「お立ち台」で考えた。
(ここで、もう、ひとつ。)
体を立て直し「パチパチ」
「うぁわ~かわいい~」会場は大歓声だ。
佐々木君は凍りついた。
(やっぱり、やったな・・・)
一匹だけ戻らないピノ。
この様子をみてスタッフは凍りついた。
(このまま暴走をつづけて、万が一、会場に落ちたらどうしょう)
そう、二百キロの体重のオタリアが、お客様の上に落ちてきたら大変だ。
ピノは誇らしくお立ち台にあがり、「パチパチ」尾びれを会わせて拍手した。
「お~お~デカイ」とスマホで写真撮る大勢の人だかりの前で、ポーズをして吠えた。
歓声を浴びた後は、スルリと、プールへ飛び込んだ。
佐々木はホッと、胸をなでおろした。
そしてピノはお兄さんの元へ来ると口を大きく開けた。
(オ~お~。どうだった?オ~!)
「ほら。」
佐々木は、少し大きい魚をピノの口へ入れた。
ピノはご機嫌になった。
もう出番はない、このままお口に入れて、オタリアプールへ戻るとしょうか?
黒いお腹をすべらせて、ゆっくり食べようとステージ隅へと向かった。
あまりにお魚が大きくて、嬉しくて、スピードが出てしまった。
ステージも濡れていた。
リズムもついてた。
会場の音楽も大きかった。
「ドボン」
「大変だ!」
佐々木君の声がしたときには遅かった。
ピノはイルカプールへ入ってしまった。
「キュンキュン」
出番を待つ、ハイテンションのイルカのプールに転落。
イルカの「イーグル」は、ピノが嫌いだった。
芸どころじゃない、ピノを追いかけるイーグル。
リーダーイーグルなくては、イルカショーはできない。
「最悪」
「あ~あ~」
「ああ~あ~ど~の~した、く~ん」佐々木は、イルカ担当の堂下君の名前を呼び続けた。
こんな満員御礼の大事なときに、なんたることか?
「ど~のしたく~ん」
二階では先輩内田が、ムンクの叫びの表情をしていた。
「イルカ」のための赤いボールが3つ。
一瞬、ゆれた。
ぶら、ぶら下がった会場には、時間変更のアナウンスが響いた。
イーグルは宿敵ピノを、追いかけハイスピードで泳いでいた。
(やっばい。)
大田は、下痢の真っ最中、人気のない怪獣プールのトイレで大便をしていた。
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