第2話 海風にひゅるり~らら
「もう~2台?」
「3台?え~?」
「も~う~5台?」
「イヤヤヤヤ~まだ来る!」
「もう、いいでしょ。」
「早い。まだ、三時間、まえだよ?」
海風が大きな旗を揺らしていた。
[ダダダダダ~]
旗の布が音を立てて風に舞う。
空は青空だ。
笑顔のイルカが描かれた旗が、生き物のように風に踊る。
「アラララアラ~」
高台の水族館からは、海が大きく広く。
絶好のお天気。
地平線がなく、海と空が同じ色にみえる。
そんな、美しさなんか、どうでもよかった。
水族館駐車場に続くS字カーブには、次から次へと、色とりどりの車が並んでいた。
今日は、祥子の代わりに、水族館館長の大田英樹(36歳独身)が、屋上から旗を揚げていた。
旗の持つ手が「油ギッシュ!」
目は火花が散っていた。
ギンギンギラギンにさりげなくなんて、できない。
「やばい。昨日より、続々、お客さんが、やってくるぞ!」
大田はお腹を押さえ震えていた。
「こわっす。こわいいぃいいすぅ」
「ヒュフゥウウウウウウ~」
声なき声は風と共に去った。
ゴールデンウィーク最強の「子供の日」
本日の売上なんか、どうでもよかった。
タダ、ただ。
ヒゅるリー。ヒュルリーララ~だった。
「今日は、ゴールディンウィーク」
「で、真ん中の「子供の日です」
「お客様が、多オオ~く、いらっしゃるかとぉ~おもいますがぁ~。」
「じぃこの。事故がないように・・・・。」
「またぁ。・・またぁ、来たいね!と、よろこんでいただけますようにぃ。」
「従業員いちどぉで、がんばっていきましょうぅ。」
「ハイ。以上ですぅ。」
「はい。以上です。」は早口だった。
旗を見ながら、大田はこれから話す朝礼のあいさつを練習した。
なにせ、口下手。
なんたって、国立の工業大学出身の(数学なら、まかせてね!)のオタクさんである。
化学分析の研究職をしていたのだが、35歳を機に、大好きな「水族館」で働くことにした。
できれば、館長じゃなくて、売店でペンギンのぬいぐるみを売りたいだけだった。
なんか知らないけど、自然にこうなってしまった。
思ってもない、行先は、とんでもない責任感がある、立場なのです。
人前で話すのが、100倍?
イヤ?
宇宙一?
苦手なのに。
だから、なんとか、話し終わったところで、必ず、長いこと勤めている祥子さんの助け船に乗った。
アルバイトや従業員含めて、50人余り~いや、以上かも。
(ゴールディンウィークだけの、アルバイトさんもいるし・・・。)
朝礼では、大田が話すと、空気が変わった。
(怖いんだょね~あの人たちぃ~)
独り言は、いつもデカかった。(オイラも、従業員も・・・・)
とくに、イルカ担当の若い連中が、大田は苦手だった。
普段は狭い事務所で、パソコン作業していた。
あんまり事務所からでることはない。
しいていれば、ペンギンを見に行ったり、新しいぬいぐるみが入荷すると、率先して陳列をすることだった。
ときどき、こっそり、イルカ君を見に行くこともあった。
お客様のクレームも、超~ぉ~苦手だった。
そんな緊急事態が発生すると、祥子さんはじめ、長く勤務している窓口の真由美さんに助けてもらっていた。最近では、お掃除の武井さんが頼りになった。
「バタバタ」と旗の音が風に舞い鳴るたびに、プルプルしてきた。
(早く家に帰りたい。「どうぶつの森」のしずえに会いたい~な~ぁ。一日一回のUAOキャッチャーやりたいな~。)
駐車場に続くS字カーブには、蛇のように、黒塗りの車や、最近では同じ車種の車仲間が開演を待っていた。
昼になるとバイク仲間もくる。
ちょうど、ドライブも兼ねた目的地になっているらしい。
この旗は目印にもなる。
(あ~旗を下げたい。くんな!(来るな!))
「あすは期待していますよ」
昨日の本社メールの最後の一文を思い出した。
そんなのどうでもよかった。
(それよりも怖そうなスモーク車のお兄さんがクレームつけてこないといいな。)と、心配した。
歴代の事件簿では、「昼1時・開演のイルカショー中止」があった。
(午後1時が中止でも、午後三時にも、行われる予定だったのに~待てないお客のクレームだった。)
「おいおい館長さんよ~俺らね、遠いとこから来てんの~。五時間以上もかけてきてんのさぁ!わかるう~?」
「はい。そぉ・・・・そぉ・・・・そうで、ございますか」
「で?彼女がねぇ~イルカ?見たくて、来てんの!わかるぅううう?」
「はぁ、ハイ。も~ぉ~申し訳ございません」
「でぇ?これ!」
「は?」
「これ!」
細い指には銀の豚の指輪が三個つけてあった。
「これ?(豚?)」
「そう!これだ!」
お椀型にした手のひらに、大田は?、目をパチクリ!首をかしげた。
すると、祥子がやって来た。
「お客様。申し訳ありませんが、事務所の方にお越しくださいませんか。」
品のある笑顔で丁寧に話した。
男は口を斜めにしながらニャリと薄笑いを浮かべた。
横にいる痩せた女は、腕組みしながら、長いパーマの髪を触ると、コンパクトで自分の顔を眺めた。
男の紫色の長そでシャツが、売店を通りすぎて消えて行った。
大田はホッと、した。
たいてい、これで解決なのだ。
出てきたときは、顔を赤らめて、さっさと帰っていくのだ。
案の定。
祥子に連れられて、3分でご帰宅になった。
また、ある時は「イルカショーで、水をかけられた!この責任をとれ!」と怖そうな若い兄さんに怒鳴られた。「ヒェ~」と声をあげて、かけつけると、イルカ館でガンガン大声をあげる男がいた。
「もぉ~し~わ~け~ございません」と大田が話すと、相手は酒に酔っているのが?ベロベロの状態で殴りかかってきた。
すると祥子が現れ、男の腕をつかんだ。
「お客様。事務所の方にお越しくださいませ。」
酒に酔いながらも、祥子の目をみると、男は一瞬、動作が止まった。
祥子さんは何者なのか?
さっぱりわからないが、大田はどうでもよかった。
助けてくれる素晴らしい方なので尊敬していた。
さて、この祥子さん。
今朝がた、早く電話があった。
「すみません。館長。きょうは少し遅れていきます。実は息子の用事で、送ってから行きますので、30分ほど遅れます。よろしくお願いします」
「ハァハ・ハ・ハ・ハイ・。はい・はい。お気をつけて来てください」
「ガチャ」
受話器を置きながら、大田は頭を抱えた。
(こんな人出が多い日に、頼りの祥子さんが遅れてくるなんて、最悪だ~あああ!)
実はパートタイマーの祥子さん。
勤務時間は切り売り時給なのだ。
文句もいえない。
立場が立場なのだ。
普段,頼りすぎていることが悪いのだ。
でも、つい、たよっちゃう大田君なのだ。(実は館長なのだ)
なにせ、オタリアに問題があった。
オタリア担当の佐々木君によると、芸をしたあとに「さかな」を口に入れてもすぐにプールに入らず、「ジー」と、佐々木君の手をみて動かない日もあるとか。
他の3頭はプールに飛び込み、ひと泳ぎしてから、再び飼育員の所に来て指示を待つことに対して、ピノは嬉しそうに手と佐々木君を交互にみつめる。
いつまでも動かず。指示以外の事を考えている。
オタリアが「イルカショー」の前座。
「オタリア学校」が終わらないと、次の「イルカショー」が始まらない。
水族館では、「イルカ」が花形スター。
旗も看板も、み~んなぁ「イルカ」が宣伝に使われてる。
それを考えると「イルカショー」の中止は致命的だ。
「オタリア君!ちゃんと、やってくださいよ」
たまに大田が声をかけても黒いオタリアは知らんぷりしてる。
「とくに・・ピノ君!たのむよ!」
「イルカ君たちのダイナミックショー」を見て、お客様が感激する。そして、また来る。
(もし、イルカショーが中止になったら)考えただけでお腹が痛くなってきた。
3本の旗は「ハタハタ」と潮風に揺れていた。
温かい初夏にむかう風に嬉しそうに舞う。
大田は眩しそうに眺めた。
(あ~今日は、陸奥湾の海もきれいだろうな~)
なぜ、ここにいるのかわからない。
化学薬品の原子記号ばかり勉強してきた。
大学では、よく薬品実験でビーカーが割れた。
マウスの解剖では、「ぬいぐるみ」だと思い頑張った。
関数電卓は宝物。薬品がついて取れなくなった白衣。
「かわいい臓器!」と話し笑う矯正女子を「怖い」と思った。
なんで自分がいまここにいるのか?すべては自然の流れだった。
陸奥湾を望む古里、青森県浅虫。
家の近くには「浅虫水族館」があった。
母はここの売店で働いていた。
売れ残りのお菓子があると、母は買ってきた。
家には水族館で売っているお菓子がたくさんあった。
そして大好きな「ぬいぐるみ」は、成績が上がると買ってもらうご褒美だった。
かわいい水族館の生き物の「ぬいぐるみ」に囲まれ、幸せいっぱいの日々。
研究ばかりしていた冷蔵庫の中のような、殺風景な研究室も、まあまあ良かったのだけど。
髪を伸ばした髭面の仲良しの同僚。
「変わり者」と自分で話す女性。
下っ足らずの早口言葉と、笑い声。
これは、これで、別に良かった。
でも、夢は捨てられなかった。
(いつか・・・・、水族館で働きたい!ぬいぐるみに囲まれて。
35歳までに夢をかなえたい。)
自分らしく生きたい、かなりの勇気をもち、飛び込んだ世界。
右も左も、上も下も、わからぬ世界。
さかな、
さかな、
さかなクン。
たくさんの目が僕をみる。
パートさんや従業員。
忙しい休日は嫌い。
平日の雨降りが一番好きだった。
ゆっくり魚をみて話しかける。
「イルカ」
「ペンギン」
「トド」
「ウミガメ」
飼育員さんと楽しくおしゃべり。
売店のお菓子が入荷したら、率先してお手伝いする。
楽しみは新商品の入荷。
給料日には、かならず「ぬいぐるみ」を買う。
そんなのんびりが大好きだった。
だから「こどもの日」が、一年のなかで、一番苦手。
「そんな、不安も、なんの、その~ぉおおお」旗は歌っていた。
入り口には、掃除の武井さんが駐車場のゲート待ちの車に目を光らせている。
早くから来るお客さんの中には、ゴミを持ち帰らない人もいる。
汚物入りのオムツを、窓から捨てる若い親もいる。
駐車場には、三強警備の警備員が20人体制で待機している。
ものものしい警備体制だ。
自家用車ばかりではない、市営バス停もある。そして観光バスも入る。
真っ青な海が朝日をあびて、キラキラしてきた。
一瞬、ゴマアザラシの「ごん吉」の顔がうかんだ。
(あいつは、なにがあっても動じない)
ゴマアザラシの歴代ボス。
現在、一人暮らし。
ゴマアザラシ同士の噛みつき事件から、仲間と離され、現在は一人暮らしのプールへ。
人間にコビを売って餌をもらうことをヤメ、自分らしく生き続ける。
たまにお腹をたたく。
海水をお腹にかけてやると、ビミーヨーに喜ぶ。
(ごん吉になろう)
そう思ったら大田は勇気が湧いてきた。
耳につけているイヤホンから無線で連絡が入った。
三強警備の花田からだ!
「館長!並んでいる車が20台を超えました!駐車場へ誘導してもよろしいでしょうか?」
「はぁい。お願いします」
「了解しました。」
普通車600円。
大型バス1200円。
駐車場のゲートが、解放された。
いよいよ開演時間がせまる。
午前9時開演。
イルカショー3回
本日は、大型バス30台予約連絡あり、ほかにも学校、幼稚園関係の団体入る予定。
大田は深く息を吸った。
(まずは、朝礼だ!)
「今日一日、事故のないように」
(ドキドキする)
「「今日一日、アトラクションリーダーに従い頑張りましょう」
(違う気がする~)
「今日も一日、親切、丁寧、スマイル、楽しかったね~と言われるように頑張りましょう」
(カム)
「とにかく。頑張りましょう」
(これだ!)
「館長!どうぞ!」
「はい!そろそろ!朝礼です!開演前の点検もありますのでお願いします!」
「はい!今ぁ、行きます!」
大田は、両手をあわせ、「ヒュルリィ~ラララ~」イルカ旗にお祈りした。
(PS・もしよかったら、お次も読んでね♪by・saru)
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