第22話 最後のお仕事は明日の準備

明日の準備。

明日の準備がある。

「魚の解凍~。ルン♪ルン~♪ルン~♪」

大田は整備室へむかった。

ポンプやモーター音が鳴る、裏方な場所。

意外と、ここが好きだった。

メカニックな機械がある場所、人目がない場所。

そんな場所を,

こよなく愛するのだった。


「しっかしぃ~危ないところがった~お気に入りのぬいぐるみを買われるところだったな~ぁ~。ヤバ、ヤバ」

手に持つ、紙袋には、お気に入りのピラルクのぬいぐるみが入ってある。

守り抜いたかわいい子ちゃん。

「今度は、すぐに印(付箋)を、つけておこう~っとぉ」

たくさん、あっても、どのぬいぐるみちゃんたちも、ビミョーに顔が違う。

ここがポイントだ。

仕入れて、箱から取り出すときに、ジッと眺める。

それができないこともある。

昨日みたいに、お土産がバカ売れしている日は、補充しながら、売店に立つので、うっかりしたら、取っておいたもんまで、売りさばく危険がある。

「ヤバ、ヤバ!気をつけよう」

大田の目はいつになく真剣だった。


頭のなかで考え事をしているときは、一点集中型なので、薄暗い廊下も、避難通路と書かれた緑のライトも、ちっとも怖くなかった。

怖いのは、お気に入りを取られそうになった。こと・・・と。

分厚い眼鏡のあのガキ。

あのガキの目つきは、昔の大田を思い出させた。


「ふ~ん。フガフガ」考え込むと鼻息は強くなる。


紙袋を揺らしながら、分厚いドアを開けた。

ポンプ室は相変わらず、にぎやかなモーター音が鳴っていた。

整備担当の合田さんの姿があった。


「ごうださん~。おつかれさまで~すぅ」


大田の大きな声で、器械の点検をしていた合田は、顔をあげた。

この道30年のプロ。

ネズミ色の作業服を着た合田は、退職後も、嘱託としてここで働いている。

やせた体と、色黒だけど、肌つやのよい顔をしていた。

「ブオオオオオオオオ~」時折二人を遮るようにモーター音が響いた。

物静かな男だった。

ネズミのようによく動く男だった。

まえに聞いたことがあるが、「ネズミ年」だった。

どうりでネズミぽかった。


とくに話すことはない。

ただ、合田の目をみると伝わった。


「ポンプの調子?どうですか?」

「・・・いいんでないかい」

「そっすか。」

「だけどぉ~。連休すぎたら、水槽掃除、やらんとなんないぞ。」

「ハイ」

「水質検査もたのみますね」

「ハイ」

「ちっと・・。にごっとる」

「ハイ」


そう話すと合田は、「ゴォオオオオオオ」となるボイラーの配管を調べた。


機械室を見まわしながら、大田は大きな声で話した。


「ごうださん~。仕事が、落ち着いたら、上がってください~」

「ハイ。わかりました」

そう話し、大田は、隣にある魚のえさを作る部屋へ向かう。


合田の私服は見たことがなかった。

朝も早いし、夜も遅い。

いつ帰って、いつ来るのか?

(ここに住んでいるんでないかい~?)と思えるほど、合田はこの部屋にいた。

もしかして、どこかに住んでいるのかもしれない。

へたすれば、ネズミの化身なのかもしんない。


合田の私生活は、興味がなかった。

ただ、ここに来ると、「ごうださんがいる。」というだけで、安心した。

男っていうものは、たいてい、そういうものである。

人のことはあまり興味ない。

仕事は仕事。

家がどんな豪邸に暮らしていようと、家族がいようと、いないと、関係ない。

仕事にきている職員同士なので、深入りしない。そんなもんだ。


「明日のえさ~♪えさ~♪さかな~さかな~♪」

鼻歌をうたい大田は移動した。

帰りが近づくと、嬉しい。



えさの魚は、自然解凍して使う。

飼育員は自分の担当の魚たちのえさを、前の晩から準備しておく。

冷凍庫には、「ホッケ」「イカナゴ」「イカ」「エビ」「アジ」「ホタテ」「オキアミ」などがある。

体の大きい魚にあわせたサイズのバケツに振り分けて、あすの準備をする。

餌の食べ方が、健康管理の重要なポイントだ。

魚たちは話せない。

だからここを気をつけてみる。


大田は、魚臭い作業所にはいると、すぐに巨大冷凍庫の扉を開けた。

万がいち、ここに人が入っていたら大変なことになる。

冷凍人間になる。

そんなんで、

帰る前はかならず、点検した。


「おぉおおおおお~いいいい!だれか~いますかぁぁぁぁ~!」


なぜなら、以前、大田が閉じ込められたからだ。


重いドアが前の人が閉めた反動で、閉まるときがある。

おっとり僕(大田)は、初日に、閉じ込められた。

そして、合田さんに救出された。


冷凍庫をあけて、叫んだが、返事なく。誰もいない。

(さぁ~帰るかぁ~。)


そうして僕はドアをしめ、今日も、いちにち、無事に水族館のお仕事を終了するので、あ~ります~るぅううううう。


ハイ!おしまい。

とはぁ・・・・。簡単にいかない。

夜の警備の人と引きつぎ、事務所に戻って、パソコン作業。

帰るときには、心が軽い。

お客が引けたこのポンプ室へくると、安心した。

お気に入りのぬいぐるみも、手に入ったし、(ルンルンルン~♪)足取りかる~いい。薄暗い廊下を歩いていると、前方に人影がある気がした。

(なんか?やばい?かんじ?)

抱き合う人影がパノラマ水槽に見えた。

(でるの?)



ハイ!おしまい。


貝細工売り場の野口さんは、酎ハイを飲み終えた。

凹んだ、500ミリの缶の底を見ながら叫んだ。

「やっぱりぃ~惠ちゃんは最高だわ~」

そう話し、演歌界のアイドルの写真集を眺めた。

「けいちゃ~んん。」

「やっぱ。いいね~」

野口さんは、貝細工でできた、菓子皿から柿の種(チョコ)をガブガブ食べる。

その唇で、惠ちゃんのほっぺに、チューをした。

「フンガフフフっ・・・・・。」

貝細工売り場の売り上げ、本日、一万円ほど・・。マズマズダナ・・・。


そのころ・・・・。

ウパー君は、去年きた、フウセンウオの風ちゃんの水槽をみていた。

(ちょっと、かわいいからって、いいきなもんよ)

風ちゃんの水槽は、桜の飾りがつけられ、華やかになっていた。

しかも、風ちゃんには、家族がいて、水槽は賑やかだった。

ウパー君は相方は、ずいぶん前に亡くなった。

それからずっと、独りぼっち。

(野口さん、どうしているかな~?)

いつも声をかけてくてれる、アイシャドウが青すぎて怖いおばちゃん、売店の野口さんを思い出していた。

(あんなんでも、仲良しさん。こんど、山内惠介の歌でも披露してやろう。)

そう思うと、元気になった。





空にお星さま。


海に月が映る。


また、あした。

あしたも、今日と同じ幸せな日が、来ますように。

おやすみなさい。


さようなら~♪

旗イルカの旗は、夜風に吹かれて、パタパタ鳴った。


「また、あした。またね~」と手を振るように・・・。


また、会おうね~。


水族館でね。


良太は風呂の中で眠ってしまった。



数日後、水質検査の結果、イルカのプールからアンモニアだ基準値より多く検出された。

「なんすかぁ~。」


「どうりで・・・。変な味がしたもんだぁ~」イルカのイーグルは、プールの水をなめながら話した。

そのとき、オタリアのピノは、寝てた。


旗イルカ~おしまい。ジャン!ジャン!


                             




                              (おわりっすぅ)                                    完
















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