第21話 今日はおつかれ~♪旗イルカ

「疲れたよな~」

「俺もヘロヘロ~」

「はぁ~もう、つっかれたぁぁぁぁぁ~」と叫ぶと、松田は自転車で坂を下った。

スピードがあがり、「ヤバっヤバっ」と、今度は速さに恐怖を感じていた。

午後を過ぎると、気温が下がってくる。

少しだけ日中の暑さの余韻がアスファルトに残る。

駐車場のおっさんに、こき使われ、広い駐車場をダッシュしていた松田は、すっかり、体が熱く火照っていた。

良太は逆に、寒い。

プールに、飛び込み、ずぶ濡れ。

替えのパンツもなく。

ノーパンの上にジーンズである。

「制服、濡らしてスイマセン。」

「いいんだよ、おいていけ。」と、先輩たちに優しく言われた。

「いいっすか。」

「いいの。それにしても、今日はお疲れ様でした」

「はい!すみません!」

直立不動に良太は頭を下げた。

「また、ぜひ、お手伝いお願いします」

イルカ担当の堂下は笑顔で良太の肩をたたいた。

「はい!」

大きな声をあげて良太は返事をした。

多少、唾もとんだ。

それでも堂下は笑顔だった。


(すごい奴だ・・!)その横でバイト君は呟いた。

良太の鼻から自然に鼻水が流れた。

流れていることすら、気が付かなかった。

鼻の下のレールに、大量に流れ込み、口元まで達した。

それでも、何振りかまわず、

「ありがとうございました。」

鼻水が吹き飛ぶ。

その様子も(かっこいいな~)と、バイト君は思った。

「今日は、本当に、お世話になりましたぁ!」

大きな声は、コンクリートの壁に、反射して響く。

(素晴らしい・・・。)バイト君は音を立てずに拍手した。

良太は、丁寧に、頭を下げる。

生臭い魚の香りと、指についた鱗が、初めてのバイトの勲章だ。

(本当に、おもらししなくて、えがったぁ~。)

ただ、それだけだった。


夕暮れの海は金色だった。

坂の上から自転車で下ると、最高にきれいだった。

松田の背中が、青春のシルエットだ。

大きな声でさけぶ。

「売店のお姉さん~ん~♪ああああああ~んんん♪」

松田は日に焼けた顔してた。

鼻の穴は真っ黒な埃が付いていた。

「あのあの!アノ、クソジジジィいいいいいい!」

そう話すと松田は、「クソ、くそ、おやじぃ~。エロおやじ。ハゲ!タコおやじぃ~!」叫びながら自転車を飛ばした。

その後ろを、良太は自転車で追いかけた。

(パンツなしは寒いな~。風邪ひきそう)

太ったお尻は自転車を押しつぶしていた。

「おねえさぁぁぁぁ~んんん♪」と叫ぶ松田の絶叫が坂の道に響いた。


日が暮れる。


暗くなる。


受付の前に「今日はおしまいです。」の看板。


「たのしい水族館」のお菓子。

イルカのイラストが笑っている。


カリスマ健司は、車を運転して、睦子は子ぶたと帰る。

徹は走る。

みんな・・帰るんだね。

お家にね・・。





「みひなさはん・・。ひょうは、ほんとうにぃ。おつかれへさまでしゃぁ・・・」

「・・・。」

「はい。」

「いひるかしょーも、無事におわりぃました。ほんとうにぃ・・。無事に終わってぇよかったです。」

「・・・・。」

「ハイ。」

「スェ~トホォ~。スーっ」

「・・・。」

「ハイ」

「ヒジョウデッス。オツカレ、はま、でしたぁ~。」

「・・・・。」

「ハイ」

大田は、「ホぉっ」と、していた。

祥子もまた、「ほっ」と、していた。

オタリア担当の佐々木は、「ブルブル」していた。

売店の穂香は「ボ~ぉ」と、していた。

三強警備の花田は、穂香の香りに「ポー」としていた。

新しくなった「フウセンウオ」の水槽を見て、ウパールーパーのウパー君は、「ウゥー」と唸った。

みんな疲れ切っていた。

(早く帰りたいよ~)ペンギン担当の佐藤君は、ぺんぺんしていた。


「で・・・。おしまはい、でっす。」大田は鼻汗をかきながら話した。

足元には、お客の子供に奪われそうだった、ピラルフ(世界最大の淡大魚。大きな口で餌をパクリ。受け皿なお口がかわいい~♪)のぬいぐるみが、紙袋に隠されていた。


(さぁ~帰るぞ~帰るぞ~♪)


「ちょっと・・いいですか?」

「なに?」

イルカ担当のイケメントリオが、険しい顔をしていた。


「問題は!オタリアのピノです!」

「・・・・。」

(どぉ~堂下くぅ~ん。また?・・・ふりだしに、もどるのお~?・・・・)

「指導を強化して、オタリア本来の良いところをのばして、いかないとダメです。佐々木く~んんん!わかりますうう?」

「・・・。」

「佐々木君?」

「・・・・。やばいっす!」

「なに?」

「アレ・・・。」

「ハイ?」

「アレ・・・。」

佐々木が指さす方向にシャークエイが、泳ぐパノラマ水槽があった。

「なに?言ってんの。なにもいないじゃん。」

「まじっ?オレ、しか、見えないの?」

「ホレ!いた!」

堂下の首に女性の指が巻き付いた。

ちっとも感じない彼は「なに?」と怒り始めた。


佐々木と大田は、顔を見合わせ同時に話した。


「あした。その件についてゆっくり話しましょう」


「そっか・・。」そう言いながら堂下は、「なにみてんの?なんにもいないじゃん!」と、また、後ろを見ながら、プンプン口を尖らせた。

穂香は細いヒールのかかとを、鳴らし、(飽きた~♪あきたぁ~♪)の、退屈ポーズをした。

隣に立つ三強警備の花田は、穂香の香りにドキドキ。

空気を一杯吸いすぎて、クラクラしそうだった。


「だから~館長!聞いてください!」堂下は続ける。


その声にイラついた祥子は、ようやく口を開いた。

「いい加減にしな!もう、今日はここでおしまい。帰るよ!」

「ハイ」

素直にうなずく堂下だった。


穂香はそんな祥子を、またまた尊敬した。

(かっこいい~)


「帰るよ!ヘロヘロ~!お腹が減ったよ~!」

「ハイ・・♪せんパぁ~いィ♪」

穂香はカチカチヒールを鳴らし祥子の後についていった。


「かわいいっす~♪」

穂香の後ろ姿をみてとろける花田だった。

その後ろから、冷たい指が首に巻き付いた・・・・・気が?したぁ。



「憧れるね~あのお部屋・・。」

「そうね~。いつか素敵な彼と、ここで暮らしたい」

「うん」

ペンギンの「うみ」と「ゆり」は、ペンギンの新婚が暮らす部屋をのぞいていた。


「憧れるね」

「うん」

白いコンクリートの壁。

小部屋には、若い新婚さんが暮らしていた。

ペンギンも夢をみる。

またあした。

また、あした、佐藤君のお手伝いをしょうね。



(まったく~イライラ。)

ゴマフアザラシの権太は、ゴマ蔵の悪さを思い出していた。

外は暗くなった。

オレンジ色の街頭が照らす黒い海。

波の音が聞こえる。

そのうち、眠くなり、記憶は消える。



「お父さん。タオル出しておきますね」

「おお!」

「今日はお客様、入ったの?」

「そうだな~。満員だ!」

弾む声に武三の妻は、嬉しくなった。

「お父さんは、忙しいときは、いきいきしているわね~」

「なに?」

「なんでもないわよ」

畳んだ部屋着をかごにいれ風呂場の戸を閉めた。


今日も一日、お疲れ様です。

「旗イルカ」かたずけましょうね~。

大田は、暗い廊下を歩き、屋上にある旗をしまう勇気がなかった。


「でるんですよ~」と話した貝細工売り場の野口さんの顔を思い出した。

(ど~して~こんなとき、思い出すの~。)

(そうだ!今日はこのまんま、お天気も悪くないし、帰ろう~っとぉ♪)


潮風に吹かれて「イルカのイラスト」が描かれた旗は、プルプル~風に吹かれて暴れていた。
























  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る