第20話 夕暮れ時は、さよならの時間

キラキラ日に照らされた海が光った。

楽しい時間もやがて、終わりが来る。

人は終わりに近づいている。

今日より若い日は来ない。

そして、今日の楽しい日は戻らない。


雪を含んだ冷たい風も消え、やがて季節は春になり,

緑が燃える。

笑顔の写真も、時間がたつごとに色が焼けていく。

過去には戻れない。

楽しいひと時を過ごした思い出の場所にも、時間がたつと夜が来て、静かな眠りにつく。

また、再び、優しい朝を迎え眠りにつく。

夕暮れのときは、美しく、私たちを包む。


明美は悲しそうな表情をしながら、380キロの巨大トドを見ていた。

高い台から飛び込む巨大トドが、野太い声をあげて、大きな体をしなやかにさせて跳ぶ。

醜いからだをあらわにして、たくさんのお客の前にたつ勇気に胸を打たれた。

「気持ち悪い~。」

「こっわい~」

「まさか?跳ぶの?」

と・・。言われても、前に出てジャンプする。

(あなたは・・。すごい)

明美は風であらわになる。細い顔を気にかけずに、夢中でトドをみていた。

未来の扉は、勇気で開く。

隣に立つ男性は、明美に勇気をくれた。

引きごもりがちの日常。

高校卒業してから、ずっと勤めている会社。

煙たがれて、容姿が悪いと、悲しい思いをした自分。

そんな自分を受け入れてくれた会社の社長。

地味にコツコツ。タンタンと毎日を過ごしてきた。

希望も、ときめきも、薄くなった。

輝く季節も、風になびく大きな鯉のぼりも見ることはなかった。

そんな自分にひとひらの光があたった。

数十年ぶりの水族館。

嫌な思い出の悲しい場所。

ここに来たのは、ある日、突然、誘われたことがきっかけ。

健司の勇気である。

彼は明美の隣で、巨大トドを見ていた。

「すごいな~でかいな~」と感心しながら、「ウホウホ」と笑い声まであげている。

その姿は、エネゴル君のようだ。

そんな男を、明美は優しく見つめた。


水槽の中を泳ぐ魚。

スットンキョンな顔をしたカワハギ。


小学5年生の研修旅行。

当時、明美は、同級生にバカにされた。

「おまえに。そっくりだな」

赤ずらの小太り男子が、大きな声で話した。

引き続き、ほかの男子がその声に賛同する。

しまいにリーダー格の女子までが、「本当だ~!あはははは~!」と笑い始めた。

きわめつきは、仲良しの女子が「・・ちょっとだけ、似てる、だけ、だから、気にしない方がいいよ」と話した。

「気にしないっ方が、いいよ」の一言が、一番、キツい。

小声で話す友の表情がいまも記憶に残る。

あれ以来、トラウマが残った。

成長するほどに、人前をさけて、日陰を歩く。

鉄くずを分ける廃品業の事務員は、明美にはぴったりの職場であった。

出入りする業者は背広姿の男性はなく、歯のかけた汚らしい作業服をきたオヤジばかりだった。

そんななか、齢を重ねるごとに、同年代の男性も出入りしはじめた。

そこで、驚きの再会をした。

カワハギとバカにした男子が、廃品を届けにきたのだ。

金属のグラムを計ったあと、伝票をもって来た男が同級生だった。

彼はくたびれた中年になって見えた。

ブリーチのとれた髪の毛。

襟の擦り切れた作業服。

膝のつきでた、よれよれのジーパン。

しわくちゃの顔と、首にまであるシミ。

それなのに、笑顔は、小学生のまま、面影があった。

違いは、昔と違い、優しい男性になっていた。


「久しぶり。」

「あっ・・・」言葉がでてこない。

ただ、ただ、頭を下げて、「どうも・・・。どうも・・・。」と、オドオドした。


「ここで働いていたんだ。」

「・・・ハイ・・。ハイ・・。どうも、どうも」

「また、来るから」

「は・・。ハイハイ」

「それじゃぁ」

「・・どうも。・・・どうも・・。」

明美はひたすら頭を縦にふり、机に顔をつけた。

伝票には、鉄くずがつき、ザラザラしていた。


同級生は、それから、ひんぱんにやってきた。

小学生だった頃。

カワハギに似ている明美をバカにしてた奴・・・。

「女の中には、美しいという漢字が、名前の中に、あるのに、醜い奴がいる」

明美を指さし、嫌な顔つきでけなした男。

その男が、30年の時を経て、笑顔で挨拶するなんて・・・。

人生・・・何がおきるか、わからない。


「スゲ~ナァ~。トドって跳ぶんだ~ホ~ホ~」

健司は興奮していた。

あんな巨大な体で、ジャンプ台から飛び込むなんて、すごい。


子供みたいに、はしゃぐ健司を見て、明美は初めて素直に笑った。



「俺の友達を紹介するよ」と彼に言われた。

「どうも~」と軽い口調で話すヤンキー風の男が健司だった。

「・・・。ハイ、はい、どうも・・・。」明美はひたすら頭を下げた。

商談成立。

ゴールデンウィークは、水族館デートになった。

明美は、怖かった。

30年ぶりにカワハギと対面する。

そして、ご対面。

カワハギはあいかわらず、明美そのものだった。

悲しい現実だ。

知らない子供たちに、笑らわれた。


しかし、カワハギと対面した明美を健司は「どんな美人だって!挨拶できないようなら終わっているし最低だ」と、強い口調で言い切った。

人は見かけではない。と、吹き飛ばす、健司の姿に、グラっときた。

(このひと・・・。いいひとかも・・・。)

明美は次第に、健司に興味を示してきた。


ヒールの先にはクレージュのマークのロゴが光っていた。

20年も前に買ったきりの靴。

そしてバッグ。

ミニスカートも、紺のブレザーも、時代遅れかも・・・・・・。

明美は、まわりにいる家族連れや、女性のファッションが、急に気になり始めた。

いまどきのファッションとは?

こんな自分を飾るなんて、考えたことがなかった。

つよく巻かれた細かいスバージュも、家の近くにある馴染みのパーマ屋さんで、かけてもらっている。

なのに・・。

ひとの服装が、気になるなんんて・・・。

何十年ぶりかも・・・。

恥ずかしいけど。

ちょっぴりだけ。

淡い恋のはじまりの予感。

(こんど・・。ユニクロにでも・・行ってみようかな~。)

明美は「ウホ~ウホ~」笑う健司の横顔を見ながら思った。

(今日は・・。ありがとう。)そんな言葉が、風に消えた。





健司は、最後のショーに興奮していた。

笑い。

はしゃぎ。

楽しむ。

今日という日は、二度と来ない。


夕暮れ時は、「さよならのとき」

いよいよ終わりが近いのを感じていた。

明美は自分のことを好きにはならない。

自分も・・たぶん、同じ。


健司は女性と一緒に水族館へ来れただけで、充分に満足していた。

ショーが終わると、デートも終わる。

これでいいのだ。

これ以上は望まない。

すぐに女の子を好きになることもないし、特別、彼女をほしいと思わない。

ようは、あきらめている。

ただ、久しぶりに休みらしい過ごし方をしたかった。

今日は本当に楽しかった。

二人で食べるご飯。

二人で見るアトラクション。

帰りはお土産にぬいぐるみでも買って、明美にプレゼントしょうと決めていた。

送り、そして、手を振り別れる。

もう、会うこともないだろう。


明日からは、現実が待っている。

時間に追われて過ごす。


夕方、集荷に行って、夜中のフェリーで苫小牧から本州に渡る。

それからは、また、日本一周の旅。

九州、関西、関東、北海道。

また、仲間と会い、フェイスブックで「お疲れ様でした~ぁ」

道の駅の写真や動画のアップ。

健司は眩しい水しぶきを、見つめていた。


「楽しかったぁ~久しぶりの~水族館!」


巨大トドは、大きな鮭を、丸呑みして会場を沸かせた。

お兄さんの元気な最後の挨拶。


「みなさん~今日は~色彩水族館へ来ていただきありがとうございましたぁ~!

また、会いましょう~。バイバイ~」

トドも手を振る。


「バイバイ~」

「バイバイ」

「またね」


健司は、嬉しさと、寂しさで、感無量だった。

大きな拍手と、手を振る飼育係のお兄さんの姿。

そのよこで、醜いながらも、手をふるトド。

みんなが、お客さんを、楽しませようとしている。


「ありがとうございました~。また来てね~」


ショーは終わった。

これでおしまい。

健司は、散らばる観客のなか、転ばぬように明美をエスコートした。

明美は、前の女性が着ている水色のスカートが気になっていた。

白いヒールも、かわいいな~と。



トドは、鮭を食べれたことに、大満足していた。

離れた隣のプールでは、ペンギンの「うみ」と「ゆり」が、その様子をうらやましく見ていた。


「さけ・・。」

「食べてみたいね」

「うん」

「イカナゴは嫌い」

「わたしも・・。」

2羽は顔を見合わせた。



夕暮れ時は、さよならの時。

みんな、それぞれの場所へ戻る。

また、さようなら~。

また、あした。


始まりのあとは、ちっぴり寂しいお別れの時。

必ず来るね、終わりの時間。

でもね。

思い出の扉は、いっだって心にしまってある。

すぐに、開けることもできるんだよ。


また思い出して、開きましょうよ。

始まりを、読みかえすように、また、はじめから。

いちページから読もうよ。

なんども、なんどもね。

いよいよ終わりの時間がきました。




















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