第15話 イルカショーはじまる
「タ~テン~。おぉほぉ~ま~た~へぇ。しや~したぁ~。」
「イィ、ルゥ~カあ。ハ~ショウーのはじまりで~すぅ」
「・・・・・。ブツ。」
「はノ、しンデ、クハサイ、ネェ~。」
「さ~はひまり、ひぃ。ですぅ~」
「どうぞ!」
「なんて?言ったの?あのひと?」と睦子が口を尖らせた。
「さあ~ね。」徹が眉間にしわを寄せて話した。
二人の子ブタの口の中には、ブドウとイチゴのキャンディが、二個入っていた。
味がシャッフル。
お口の中で、ミックスされていた。
会場は人で、人で、溢れていた。
細長い椅子も満員。
すでに、会場にいるひとの不快指数は100を超えていた。
肩が触れ合うほど、他人に近いと、ストレスが増す。
ショーがはじまる30分前に来て、早々と座っていた客も、あとから来る小さな赤ん坊や、足の悪い年寄りが来ると、自然に席を譲らなくてはならない気になった。
本当は、誰だって、早くからきていたのだから、譲りたくない。
しかし、自然と、世間の目は「譲ってあげたら~」の不陰気になった。
「どうぞ・・・・。」
と、泣きたい気持ちを押さえて、席をゆずったところで、あたりまえの顔をして座るあくどい年寄りもいる。
なかには、わざとらしいガキんちょもいて、「ママ~座りたいよ~」と駄々をこねて泣く。
「どれ!みえないから肩ぐるましょうか?」と、後ろにいる人のことも考えないで、子供を肩に乗せる若い父親もいる。
みんな自己中心で、イルカたちを待った。
入場料を払ったからには、ここはかかさない。と強く思った母親もいた。
会場は超満員だった。
そりゃ~そうだ。
水族館は基本、つまらない。
ただ、水槽の中で泳ぐ魚を見たところで「不思議な魚がいるもんだ」と納得するだけで、魚の生態や特徴など、いくつか、読んだら飽きてくる。
それこそ、魚好きなら別だろうが、字の読めない子供たちは、アトラクションの方が楽しい。
大人だって、おんなじ。
魚の特徴を読んだって、家に帰ったら、忘れている。
思い出すのはアトラクションだけだ。
大田館長の頬は赤くなっていた。
さっき話した、言葉が、会場にいるたくさんのお客さんに、伝わったのか?
が?心配だった。
カンペでは・・・。
「たいへん、お待たせしました。イルカショーの始まりです。
イルカたちは、みなさんに会えるのを、楽しみにしていました。
今日は、ゆっくりと、楽しんでくださいね。
さぁ~はじまりです。どうぞ~!」
・・・・・と、話したつもりだった。
会場にいたお客が、大田が、はなすほどに、怪訝な顔つきになった。
「はやく~はじめろよ!」と口パクする若い男性もいた。
「イライラするぅ~なに?」と眉間にしわを寄せる細い女性もいた。
100パーセントの人が怒っていた。
その中でも、前の席の革のキャップ帽をかぶった、ヤンキー風の男性は、優しそうな顔をしていた。
それにしても。
なんとか、大田の役目は、無事に終わった。
次は、本家本元。
イルカたちの出番だ。
あとは、任せられる。
(ヤレやれやれ・・・・。)と、大田は背中を丸め、会場の入り口へと歩き始めた。
「キュンキュン」泣くイルカたちの声が大きくなった。
入場にあわせた、ディスコテックな音楽が、会場に流れている。
テンションを上げる演出は、イルカへの期待を膨らませた。
いよいよ、ショータイムのはじまりだ。
「まだ?入れますか?」
「どうぞ!」
「ありがとう、ございます」
目じりを下げた女性は優しそうに、頭を下げた。
黒いリュクには素敵な花の刺繍がついてる。
品のよさそうな風貌だった。
大田はガラスのドアを開け、満員の会場へと案内した。
女性は何度も頭を下げ、館内へ入っていった。
会場は満員だった。
朝から来たお客さんは、このショーを楽しんだら帰るかもしれない。
お昼を食べないで、ショーを見終わってから、食事をする人がいるかもしれない。
空腹イライラ状態で、ショーを待ちわびるケースもある。
小さな赤ちゃんは、刺激がありすぎて、夜になったら夜泣きするかもしれない。
イルカをみたいのは、赤ちゃんではなく、親だったりする。
大田はたくさんの人の背中をみて想像した。
この日を楽しみにきた人たちがいま、ここにいるのだ。
(あ~それを想像すると、腹が痛くなってくる。考えない、考えない)と呪文のように心で唱えた。
イルカショーの舞台裏では、恒例の円陣が組まれていた。
「いいですか~ぁ?♪~ハリキっていきましょう♪」
「さぁ~あ~今日も~テンション、マックス!マッド・マックス!」
「フゥエリィーヒィ~!」
「ゴー!」
「ゴー!」
「ゴー!」
イケメン三人トリオと、担当助手のお姉さん、アルバイト学生二人は、大きな声で気合をいれた。
イケメン堂下君も、その仲間も、テンション、マッドマックス!
なにせ、満員ランプが赤く点滅しっぱなしである。
「さぁさぁ~いきますかぁ?」
「ヨッシャー」
「エイエイオー!」
気持ちが高まり、つい、学生アルバイト君の良太は、叫んでしまった。
しかし内心、心配事にあふれ、辛かった。(いろいろな・・事情あり。)
会場は熱気ムンムン。
イルカたちも、そんな不陰気を感じ、テンション、アゲアゲである。
ガラスドアの入り口前に立つ大田は、そろそろ「入場できない」と、お客に告げないと、いけない危機に直面していた。
これ以上、入場させると、将棋倒し等の事故の危険がある。
しかし、お断りすると、必ず、怒るお客がいる。
ここが…難しく、怖い場面である。
「満員」と書かれたボードと、「次のショー開始は午後3時30分から」のボード2枚を手に持った。
入り口めざし、前から、若い女性と、やせたヨレヨレの男が来た。
(あの人たちなら、断れそう。おとなしそうだから、)
若い女性は太い太ももをむき出しにする短いスカートをはいていた。
男はブリーチがところどころ取れかかった、フケが肩にのる髪。
どういった?関係か?知らぬが?カップルだ。
大田は意気揚々と早口で話した。
「現在、満員となっております。」
「申し訳ありませんが、次のショーに、お越しください。」
地味なカップルは、大田の顔をジーとみた。
目は真顔だ。
メ・ハナ・クチ。てん。
「・・・・・・・?。」(はて?聞こえないかな?)しばし沈黙があった。
やせた男の鼻はピノキオのようにトンガっていた。
顔は日焼けしていた。
髪も肩まで伸びていた。
「フっ・・。」
「はい?」
ふくよかな大田の顔のほっぺがプルプル~りん。
「テメ~このやろぉおお~」
「は?・・・い?」
細い腕でふっくらした大田の顔を引き寄せ、胸倉をつかんで、目ちからで威嚇した。
「なんの?」
「コンヤロ~!はいれね~だとぉ?」
彼は、巻き舌だった。
男の顔が大田の甘い(さっき、隠れてハイチュウ~食べたでしょ!)の唇に近づいた。
「ちょっとぉ~お客様~。~やめてください。」
「うっせーこの野郎~!こっちは金払ってるんだ!時間もね~だぞ!入れろ!」
近くでみると、このやせキタキツネの目は、イカレテいた。
体のにおいは、埃臭かった。
襟元も汚れていた。
長袖の袖が破れていた。
(殴られるかも・・・。)と大田は目を閉じ恐怖を感じた。
(こんな、展開になるなんて・・・・。)
(祥子さんにSOSを出したくとも、だせない。たすけて~佐々木く~ん。)
声なき、声。
出せないSOS.
佐々木君は、別の入り口前にいるので、気がつかない。
(だ・ず、げ、でぇ・・・・)
イルカショーが、はじまったらしく、会場では歓声や音楽が聞こえていた。
誰もこの危機に気が付かないだろう。
(・・・・たすけて・・・・。お客にやられるぅ~。)
瞬間、神が降臨した。
大田のうつむき、目をつぶりかけた視界に、青いデニムのスカートと、白いヒールが目に入った。
「やめなさい!なにしてんだ!~コラァァァァァ!」
高い澄んだ声!
神の声だった。
「コラァァァァァ~」と叫ぶ女性の声は巻き舌。
「だれ?祥子さん?」
仁王立ちになり、腰に手をあて、立っている細身の女性。
見知らぬ女性。
そして、その後ろには、クリーム色のポロシャツを着たハゲの男性がいた。
おそらくお客様だろう。
キツネ顔男は、大田の胸倉を離した。
そして彼女をみた。
すると女性は、床に落ちた「満員」と書かれたボードを持ち上げ、
「こりゃぁぁぁぁ」と、床に投げつけた。
怒り収まらぬ、と、言った感じだ。
ついでに持っていたバッグをグルグル振り回した。
一瞬、場の空気が静まり返った。
いったい、誰が??
なにをして?
なんで?
こんな展開になったの?っていう感じだ。
キツネ顔男の隣にいたピンク色のセーター、ミニスカ女性が、それを見て、泣き出した。
「え~ん。え~ん」
我に返った男は、彼女を抱きしめ、「ごめんね」と話した。
優しく髪をなでている。
怒りおさまらず、救世主の女性は、キツネ男に歩み寄ろうとした。
瞬間、連れの男に引き止められた。
「小松さん、行きましょう」
そう話すと、クリームポロの男は、女性の肩をつかみ、落ち着かせようと、抱き寄せた。
「なに?なんなの?あのひと?」
女性は、従業員に殴りかかろうとしたキツネ顔の男の行動が、納得いかない様子だった。
クリームポロ、ハゲ、薄毛男性は、女性が投げ捨てたバッグを拾った。
落ち着きを取り戻した、女性は、抱き合うカップルたちの背中を見つめながら、大きな独り言を叫んだ。
「イルカショーは、満員だから、次のショーまで、ご飯食べようね!」
「石ピー!」
「かわいい~ペンギンをゆっくり~みるチャンスよ~!ね~」
「ワタシタチ~ラブ~ラブ~だからぁ~ね。」
「ラブラブだから、なにがあっても怒らないし・・・。」
そう話すと、男性は笑顔で女性の後ろについて歩き始めた。
彼女の白いヒールが左右に揺れながら歩き始めた。
まるで、酒を飲んで歩く、忘年会帰りのOLのように。
「館長~!大丈夫すか~。」
大きな女性の声を聞きつけ、佐々木君がきた。
「大丈夫!」
と、話すと、佐々木は白いヒールの女性の背中を睨んだ。
佐々木は完全に、勘違いしていた。
悪いのは、目の前にいる銅像カップルのキツネ顔男なのに・・・・。
真横で、大田にかかってきた男性が目を閉じ、若い女性と抱き合っていた。
祈りのポーズである。
奇妙なカップルである。
佐々木は、へんなカップルをみながら話した。
「なんすか?あれ?」小声で話す。
「・・・・やばい」大田は、小さな声で話した。
「なにが?」
「・・・。いいから。やばい」
「なにが?」
「・・・(わからないやつだな)・・いいから、やばい」
佐々木は空気が読めない男で有名だった。
それはオタリアのピノも感じていた。
鼻毛は出ているし、髪の毛は毎日、シャンプーしないし、冬場はパジャマを脱ぐのを忘れて服着るし。
ヤバいの意味をわからない佐々木なので、大田は、ここは佐々木に任せて、向こうの入り口に行こうと決めた。
「佐々木君。ここ~の入り口は、お願いします。」
「はい。わかりました。」
「わたしは、向こうにいきますから、たのんだよ・・・。」
「はい」
「満員」のボードと、「次のショーの開始は午後3時30分から」のボードを、佐々木にあずけ、大田は移動した。
「現在、イルカショーは、満員となっています~。」
明るく話す、佐々木の後ろに、抱き合う凶暴男性と、ピンク女性が見えた。
大田は鼻の上に脂汗をかきながら移動した。
(しっかしぃ・・・・。いろんな人がいるもんだ~。こわっこわ。。)
(こわ・・・こわ・・・こわ・・・・)と話しながら、気を落ち着かせるために、ポケットから、ハイチュウ(イチゴ味)を取り出し口に入れた。
すると、じんわり広がる甘い香りに、ホット・・、ひと息。
(あ~あ~。はやく、館長をやめて、お土産やさんの担当になりたい・・・。)とぉ・・。
思うのであった。
「テンション上げ!あげ!ショ~」
イルカショーの盛り上がりが、会場外にも聞こえていた。
(たのむよ~。オタリア君~。)
(たのむよ~。館長~。ぬいぐるみ作ってくれ~(by オタリアピノ)
なんだか、わからないけど、会場は危険な不陰気になっていた。
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