第14話 イルカショーとオタリアのピノ

「たいへん・・。おまたせしましたぁ・・。あと10分ほどでイルカショーが、はじまりますぅるるるるる」

館内放送が響いた。

お客は慌てて、イルカプールの方へ小走りに移動を始めた。



ピノは、ムッとしながら館内放送を聞いていた。

ゆらゆら揺れるプールの波を見ながら、ダランと、手を広げる。

待機部屋はイルカとオタリアは別々だ。

飛んだハプニングで、飛び込んでしまったイルカのプール。

出番を待ちわびるイルカのイーグルのプールに飛び込み、イルカショーを中止にしてしまった。

なんとなく、悪いことをしたのはわかっている。

なんせ、担当の佐々木君が怒っていた。

「ピノ!」と・・・。げんこつのポーズをした。

イルカ担当の堂下率いるイケメントリオは、笑っちゃうほど、落ち込んでいた。

落ち込んだと思ったら、いきなり睨んだ。

なんか、青いバケツを床に投げていた。

ピノを叱れない腹いせに、足元のバケツに八つ当たりしていた。

(どうしょうもない奴だ・・。)

どいつもこいつもイルカにかかわる連中が大嫌いだった。

花形?と~んでも~ない。

ただの鼻の穴がでかい、ピーピーなく新幹線君だ。

と・・・。イルカの悪口いっぱ~い。どうだ!

ピノが嫌われたおかげで、前座の「オタリア学校」は中止となった。

いいあんばいだ。

オタリアのステージがないと、楽ちんだ。

ピノは赤ん坊の泣き声は嫌いだし、また、ポーズが決まった後の餌やりにも不満があった。

だから、いいんだぁ~。

会場は満員になってきた。

いいところ朝から来た人は、イルカのショーを見てから帰宅する人もいる。

午前からお昼にかけてが、水族館のピークの時間帯だ。

小さな子供は疲れがでてきて、そろそろ泣きたくなる時間。

ママたちは最後の踏ん張りで、泣き叫ぶ子供をあやしていた。

最近では、若い母親は赤ちゃんの面倒は見ずに、おばあちゃん、おじいちゃんが赤ちゃんをあやしている。

母。産みっぱなしである。

走る子供、野放ししているから、迷子になる子。

ちょうど、一人歩きが楽しくて、抱っこされるのを嫌がる子。

子供もさまざまだ。

狭い長椅子は満員になっていた。

アーチ形に座る席の前には、深く大きなプールがある。

天井には赤いボールが3つ吊るされている。

キュンキュン泣くイルカの声が、ピノは耳障りだった。

人気者はいつも特別扱い。

オタリア担当の佐々木君は、いつもイルカ担当の堂下君に叱られていた。

(ちっ)

不満たっぷりのピノだった。



そのとき、ドアが開き、大田館長がきた。

「よ!ピノ!」

「・・・・。」(.....ことば、話せね~よ)

ピノの黒い頭の上からのぞく。

「大丈夫か?ピノ?」

「・・・。」(何が大丈夫だって?)

「いろいろ、いじめられていないか?」

「・・・。」(いじめは、多少あるな)

「お前も大変だけど、頑張れよ!期待しているよ!」

「・・・・。」(何を?期待してんの?)

「フゴォ~フゴォ~フッフッ」

「・・・・。」(鼻息か?)

「え~とぉ。佐々木君はどこかな~?」

「・・・・。」(いま、裏の事務所へいったぞ)

大田は周りを見渡しながら、佐々木を探した。

探したがいないよう。

あきらめたのか?再びピノに話しかけてきた。

「ここだけの話。イルカは文句なく看板スターだけど、最近、オタリアも評判がいいんだよ。オタリア学校が評判がよくてね。アンケートでもけっこう人気あるんだよ・・。」

「・・・。」(まじ?)

「でね・・。オタリアの人気にあやかって、来月からオタリアのぬいぐるみなんか~仕入れようと思っているんだけど、どう?」

「・・・・・。」(いいね~♪)

大田は目をつぶるピノを見ながら話した。

「そのうち。君の時代がくるよ。」

「・・・・。」(だな・・・♪)

「ピノもジャンプできるか?」

「・・・。」(そうくる?)

「練習してろよ」

「・・・。」(ウっす)


重いドアが開き、佐々木君がきた。

「館長・・。」

「佐々木君。探してたよ。そろそろイルカショーが始まるから、」

「はい」

うつむく佐々木に、「気にするな」と大田館長が話した。

佐々木はうつむいたまま、目がしらに手をあてた。

ピノは二人を眺めながら、鼻の穴を膨らませた。

「さぁ~イルカのショーが、はじまるぞ。佐々木君。お客様の誘導、お手伝いお願いしますよ。」

「はい」

「いきますか?」


「ふぅ・・・はい!」


そう話すと、二人は部屋をあとにした。


(いっちまったな~)ピノは天井にお腹をむけた。

(どんでもいいから、佐々木君をイジメる奴はゆるさない・・。)

いつもイルカ担当の堂下のやつは、ピノをバカにした。

イルカは水族館の花形スターをいいことに、自分たちだけで稼いでいると思っている。

どこの担当もそれなりに頑張っているのに・・・・。

朝のミーテングでは、必ず最後。

「水族館のスターはイルカです。今日も一日、彼らとエキサイティング~♪」と話した。

(なにが?エキサイティングだぁ~!)

(セイウチだって、隠れた怪獣プールにいんだぞ!)

誰にもみつからないお土産店の裏手にひっそりいるんだぞ。

トド爺さんも、毎日稼いでいるゴマフアザラシの権太も、み~んな~頑張っているのに・・・。

うぅ~くやしい。

ピノは意外とみんなのことを考えていた。


イルカショーを中止にしたのは反省する。だけど、お客さんはどうだ?

クレームがあったか?

ね~だろう。

オタリア学校だけでも喜んでいるんでないか~い?

天井を見上げ考えていると、大きな鉄のドアが開いた。

オドオドしたデブちんがいた。


(なにしにきた?)


(おそらくアルバイトだな。)


彼はオタリアの待機所だと知り、青い顔をした。

困っている。

オドオド落ち着かない。

目も泳いでいた。

何かを探していた。

隠れる場所を・・。

まさか・・・・。トイレ?


ここは小さなプールと床だけで、何もない。

人間のトイレなんて、あるわけない。

(用足すなよ~)


コロンとしたデブは、大きく顔を動かしながら、隠れる場所を探した。

目はかなり真剣だ。

(やばい。やるかもしれない・・。)

(このプールに近づいてきたら脅してやろう。)

(手をパンパンやってやろう。)

(おしっこ・・・漏れるぞ!)

しかし奴も考えたらしく、あたりを見わたした後、つらい顔をして唾を飲んだ。

どうみても、きれいに掃除されたこの場所で、黄色いおしっこの水たまりが浸透する場所はない。

ましてやプールにでもしたら、ゆるさないぞ!

ピノたちがするのとは訳が違う。

俺らはプールの中で用を足す。

人間たちは臭い便所で用を足す。

知っているぞ!そのくらい。


デブちゃんは、あたりを見わたすと、ドアの横で用足そうとした。

(こりゃ~ヤバい!)

ピノはとっさに「ゴォーゴォー」と声を上げた。

すると鉄の扉が開き、若い青年がでてきた。


「出番!」と叫んでる。

デブちゃんは用足しに失敗した。


(ウシシシィ・・・・。)

ピノはニヤけた。


再び誰もいなくなった。


ふたたび一人になった。

安心満点。

ドアの外では、お客が大勢入場してきたのがわかる。

ザワザワっとした気配。

子供たちの声や、お客さんの声が聞こえてきた。

これから始まるショーへの期待が感じられる。

満員の厚い熱気が鉄の扉の向こうは、熱気がムンムンだ。


さっきからイルカ担当の堂下君らの発声練習も聞こえてきた。

その声を聞いて、イルカのイーグルは興奮して声を上げている。

リーダーのイーグルとは対照的に、残り二頭のイルカたちはクールだ。

こういってはなんだけど、クールでなくては、やっていられない。

興奮するほど、見せ場で失敗する。


ショータイム!


俺らはプロだから、プロ意識をもって取り組んでいかなくてはならない。


なんぼ人気があったって、それぞれのポジションで、頑張っている人がいるのに、自分だけ頑張っていると思うのは大きな勘違いだ。

と・・・。ピノは自分なりにポリシーがあった。


とたんに、再び鉄のドアが開いた。

興奮する人がいた。

大田館長だ。

「はぁ~ふぅ~。はぁ~ふぅ。」と息を整えている。

胸を押さえて何度も息を吸ったり、はいたり。

「緊張しない。大丈夫。心配しない。大丈夫」

独り言を言っている。

(なんだかの~?)

「やっぱ。ダメ」

とたんに大田は、床に腰を下ろした。

そしてまた胸を押さえて「ふぅ~ふぅ~」息を整えだした。

とたんに、ピノと目が合った。


(・・・・・なんでしょ?)


嬉しそうに館長はピノに近づき声をかけた。

「ピノ~ぉ~。たすけて~。」目が泳いでいる。

(・・・キモイ・・。)

「挨拶なんてできない~。あんなにたくさんの人がいるんだよ~。怖いよ~。も~ダメ~」

(・・・・。)

「なんで、イルカのショー前に、話をしないとなんないのさぁ~。もう~無理ぃ~。」

(・・・・。)

そう話すと、両手を合わせ今度は祈り始めた。


「どうか・・。無事に終わりますように・・。ア~メ~ン。」


(なんだ?そりゃ?)


大田館長はお祈りすると気持ちがスッキリしたのか?立ち上がった。


「よし!いくぞ!」

今度は、人が変わったようにしっかりしていた。

人間はわからない。

ちょっとしたことで、気持ちが変わる。


ドアの閉める音も変わった。


(アイツ。キチッテェ、いる。)

ピノはつくづく思った。


そして、また、誰もいなくなった。


天窓から青い空が見えた。

今日はお天気だ。


海は青いのかな~?


懐かしい海。

冷たい海。

ひろい海。

どこまでも泳いで、遊ぶ海。

自由な海。

人間のいない海。

強いものが力で勝つ怖い海。


ここでは優しいお兄さんに囲まれてのんびりと暮らす。

危険なこともない。

芸を学び、そして仕事をする。

餌に困ることもなく。

平日はひたすら芸を磨くため練習にあけくれる。


ピノは案外この生活が好きだった。

人間が好きなのかもしれない。


イルカのイーグルのことは、あまり好きではない。

どこが嫌いかというと、自分だけ威張っているところと、スター気取り。

朝の朝礼でも、イルカの担当者だけ、カッコつけているとこ。

佐々木君なんて、前歯は虫歯だし、ときどき鼻毛はでてるし、指の毛は長いし、目は細い。ときどき目くそつけて来る日もある。

若いのにな~んにもかまわず、ただ、オタリアの研究をしている。

毎日、オタリアノートの飼育帳に書き物をして、ピノの観察をする。

たまにピノが覚えたての芸を上手に披露するもんなら、喜んで涙まで流す。

仲間の大きい体のドンも、小さいハナも、みんな、佐々木君が大好き。

いつもニコニコ。

「おはよう」の挨拶も。

帰りの「あしたね」と話す優しい言葉もみんな好き。


なのに、あいつらときたら、佐々木君をバカにしている。


練習時間だって、イルカ中心で決めた。

たしかに、佐々木君は若い。

今年度からは、古い担当者がトドに移動になった。

だからイルカ担当のチームが掛け持ちでオタリアの指導もお手伝いしている。

口出しする数も増えた。


だからと言って、仕事のほかで、佐々木君をいじるのはやめてほしい。

佐々木君と大田館長が気があうことを、やっかんで、いるんでないかい?

(ブルプル・・・。ちがうか?)


イルカ担当者をギャフンと言わせ、午前最初のショーを台無しにしたピノは、佐々木君からの復讐劇を成し遂げた気分でもあった。

しか~し。

叱られて落ち込んでいる佐々木君をみると、反省する。

(悪かったな~魚という欲に負けて・・。)と大反省した。


嫌いなイーグルも、イケメントリオも、みんな仲間。

そう。。、

(・・・深く反省)するピノであった。


会場では大音量で音楽が流れ始めた。

「ブル~スカイ~♪」


イルカたちの声も大合唱している。

一番最初にプールに繰り出すのは誰か?

イルカたちはゲートを開くのを「今か?今か?」と、待ちわびた。


「さぁ~ぁ~今日もテンションマックス!」

「フゥエリィ~ヒィ~!」

「ゴ!」

「ゴ!」

「ゴ!」

イルカ担当のイケメントリオの掛け声も聞こえてきた。


悔しいけど、この声をきくと、ピノはなんだか、むなしくなった。


いつもは、オタリア学校でステージに立っている。

「最後に~、ステージにいるお客さんに、挨拶!」と言われ、泳いでお立ち台の上で手を振るポーズをする。


大きな拍手!

笑う子供!

写真撮影!


そんな大声援のなか、次のイルカたちのステージが始まる。

この掛け声は聞くことはない。


(・・・。)

ピノはゆっくりと、プールで飛び込んだ。

水の中からイルカ達の声が聞こえていた。


「今日は~満員!」

「スゲ~客!」

「いいとこ見せて!ヤロ~ぜ!」


「おぉおおおおお!」


ヒュウ~い。キュンキュン。


(チクショウ~。今度こそ、オタリアの人気をお前らに見せつけてやるぞ!)

ピノはメラメラ燃える向上心であふれていた。












































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