『強盗童話』/0

足無しカカシと【鉄と火薬の魔女】

第6話/1


『――アンタ、面白いね。ウチの子にならないかい?』


『同じような誘いは八年前に受けたんだ。その時の台詞の方が、もっとスパイスが利いていたよ』


『へぇ? ますます面白い。……なんて言われたんだい』


『……“頑張ってぼくを殺しにおいで。その代わり、ぼくの家族は手ごわいよ。”』

 

 僕は紅茶を飲み干して、ジノリのカップを置いた。

 彼女はまた、笑った。



 /『ミリオンダラーの二番』



 

 二年前のその日、僕らは囲んだ丸テーブルの上に紙を広げて、各々の希望を出し合っていた。


 イタリアはフィレンツェの西……斜めに建った塔で有名な街の、更に西側。【九月二日】という少し洒落の利いた川沿いの通りにある、集客数の良くなさそうな店。


 そこがバー【ロッソー・エ・ネーロ】であり、レオが僕よりも小さい頃から入り浸ってる店であり、僕ら【OZ】の当面の隠れ家である場所だった。

 今回の作戦自体はとっくに決まっていて、後に控えた問題をこうして片付けている最中、というわけだ。

 内容はひとつ。【僕らの家】はどうあるべきか、だ。どんな外装、内装にして、大きさはどれくらいだの、部屋の数は幾つにしようか、とか。

 ドロシーはまず『暖炉がある家がいい!』と言い、

 レオは茶化すように『俺らのアシ入れるガレージ無いと話になんねぇだろ?』と言って、

 スズは『……トトの小屋も必要、だ』とワインを一口飲んでから、言った。

 僕はため息をついた。

 三人の視線が僕に向いて、意見を求めてくる。

 三人の希望を文字と図で描いた、まさに夢の設計図には、けれど僕の意見だけが書かれていない。正直に言って、そんな希望、ないのだ。

 ドロシーが言うとおり、暖炉があって煙突がある家で構わないし、レオの車やスズのバイク、それからレイチェルの入るガレージはあるべきだ。スズの言うように、トト――今の時点ではドロシーと僕が飼っている犬だ――の小屋は必要だろう。

 僕は自分の部屋があればそれで良い。最低限のライフラインが確保されていればそれで良い。

 僕にはそれで、十分なのだ。

 空がある場所なら、僕はどこだって構わない。

「……皆がいるなら、僕は良いよ」

「…………」

 何でドロシーが涙目になるのかがわからない。

「あ、あはっ!」とドロシーは何かを誤魔化すように両手を顔の前で振って、笑ってみせる。

 照明の少ない、暗闇の割合のほうが多い店内で、僕は飲みかけのコーヒーを見た。

 ランプの明かりと一緒に、自分の顔がゆらゆら揺れている。

 一気に飲み干す。熱くはなかった。ただ、この苦味はいつまで経っても好きになれなさそうだ。

「カカシってホントに不味そうにコーヒー飲むよね。あたしみたいにお砂糖とミルク、いっぱい入れたら良いのに」

「姫の味覚はお子ちゃまだからなぁ?」

「なによー!」

 ドロシーとレオが喧嘩するようにふざけ始めた。

 僕は、もう一度ため息をつく。

「まっ! ガキが背伸びするようなもんだろうよ? なぁ坊、坊は早くオトナになりたいんだよなぁ」

 レオは迫るドロシーの顎を手で押さえながらこっちを見て笑う。

「……ピーターパンだって、いつかは大人になるからね。僕は他の連中よりそれが早かっただけだよ」

 背伸び。そうなのだろう。僕の背はお世辞にも高いとは言えなくて、レオやスズみたいな長身が羨ましくない、と言えば嘘になる。もっとも、背伸びをしたところで、僕の背は二人に届かないのだけれど。

「……フック」

 スズが、ナイフとフォークを置いて、一言。この状況で自分の食べるスピードは一向に落とさないという、ドロシーやレオとはまた違ったマイペースさんだった。

「あ? カラーズの【青】か?」

 レオが煙草を咥えながら小首を傾げる。

 専業賞金稼ぎ、通称カラーズ。その中でもトップの五組はそれぞれ赤、青、緑、黒、白の色をつけられている。

 その序列関係なしの二番目。賞金稼ぎにして【海賊】の二つ名を持っているのが、青。

 その青のリーダー……いや、【船長】か。彼の人物の名前が確か【カーミン=フック】だ。そのことだろうか。確かに、強盗をやっている僕らにとって、無視はできない存在だけど。


「……いや」とスズは首を横に振った。


「スピルバーグの映画、だ。……ロビン=ウィリアムスが主演の、だ。……大人になったピーターパンが主人公で……彼はネバーランドの暮らしを一度捨てる、そんな話、だ」

「へぇ……」と二人が感心したように相槌を打つ。


「で、スズ。それがどうかしたの?」一応、僕の話だろうから聞いてみた。


「忠告、だ。歳を食った誰もが同じことを言うが、だ。……無理をして大人になってもロクな事にならん、だ。……肥満の中年ピーターパンが、ダイエットに励む姿は、胸にくるものがあったが」

 スズはレオと同じように煙草を咥えて、火をつける。レオは笑っていた。ドロシーもその、ダイエットをするピーターパンを想像したのか、くすくすと笑っている。

「……レオもスズも、どうして煙草を吸ってるの?」

 僕は疑問を二人にぶつけてみた。

 レオは心底おかしそうに、スズは息を吐くように、笑った。どちらも、自分をネタにしてのような笑いだった。

 そして二人とも、同じ事を言った。


「「ガキの頃やった背伸びのツケを、今になって払ってんだよ」」

 だ、そうである。

 わかったことは一つだけ。

 コーヒーは苦いのが良いのではなく、僕にはまだ苦いというのが、良い事らしい。

 大人になるのは大変だと思った。


「じゃ、アジトの件はこれで良いか」

 レオは乱暴に紙を筒状に丸めて、テーブルから外す。


 そして、今度は確かめるような視線で、僕に訊いてきた。


「で、坊。とっくに決めちまった作戦だが、。本当に良いのかい?」

 その言葉に、ドロシーが眉を寄せて見上げてくる。スズは、いつものとおりの無表情で、僕を見ていた。

「うん、まぁ。僕がリーダー、なんだろうし。そういう責任で、そういう存在で、こういう事には様式美ってのがあって、良いと思うよ」

 僕は席を立って、裏口のドアを開ける。六十歳過ぎのマスターは僕を見て、少しだけ微笑んだ。

「あのさ、カカシ……」ドロシーが声を投げてきた。

「なに?」

「責任とか、そういうのさ。重くて飛べなくなっちゃうよ? もっと楽にいこうよ」

 僕は答えず、ドアを閉めた。





 ロッソ・エ・ネーロの裏手には、河が流れている。そこにレイチェルを停泊させていた。

『おかえりなさいませ、マスター。お一人ですか?』

 極小の起動音。AIのシステムが目を醒まし、レイチェルが僕を迎えた。

「ただいま、レイチェル」

 乗り込んで、夜空を見上げる。

「……重さとか、ひとつも無くたって、とっくの昔っから、僕はひとりじゃ飛べないに決まってるじゃないか」

 呟きにレイチェルは答えない。ピピ、と電子音を鳴らしただけだった。




 ――世界最大の八組の劇場型犯罪者。彼らは【ミリオンダラー】と呼ばれる。

 カラーズ同様、順番に序列のない八組はこの時、二つの空席を残し、六組が世界中の悪の頂点になっていた。


 結論だけを先に記すなら――当時まだ無名だった、とある犯罪者グループは、二十一世紀になってもまだ色褪せない物語を再現することで、世界に名を轟かせた。


 違っていたのは、彼らもまた、世間から見ればどうしようもない悪人だったということだけ。



 /




 セシリア“ウィッチ”=デュンゼは部下からの報告を聞いて、息を吐く。落ち着いたな、と。

 アドリア海に浮かぶ――地図上では無人の――島に、彼女たちのアジトがある。

 完全にライフライン――電力、水道、ガス――を自立させ、ドーナツの穴のようにくり貫かれた浜辺の周りを取り囲む高地に生い茂る木々が、鳥の視線からすら家屋を隠し、海上から三百六十度一面しても、その島は成る程、背の高い崖がひとつあるようにしか見えない無人島。

 まさか岩と岩の間にある僅かな隙間こそが、入り口だとは誰も気付かない。おまけに高地の緑には、生い茂る緑に隠れて配置されている迎撃用の機関銃を抱えた固定銃座が、たとえどこから敵襲を受けたとしても迎撃できるよう、いくつも設置されていた。

 それが遠隔操作まで可能だから手に負えない。まさに海にそびえる難攻不落の、発見不能の要塞だった。

 セシリアウィッチは受注のたっぷり書かれた紙束をテーブルの隅にやり、紅茶を淹れるための湯が入ったポットを持ち上げたところで、どたどたと騒がしい足音が聞こえて、面倒そうに目をドアにやった。

 ドアを開けたのは案の定というか当然というか、彼女の部下だった。



「報告のし忘れなら後でいいよ――ってなんだい

 あからさまに訝しげな視線を部下に遣る。

 

 セシリアウィッチの前に現れたのは部下である彼ひとりだけではなかった。十代半ばの、そこまで背が高くない少年が一緒だった。


「へぇ、侵入者です」


 自分でも疑問そうな部下の声。彼女も、思わず目を見開いて少年を凝視してしまった。

 やる気のなさそうな、だぼだぼの緑のフード付きパーカーに、スニーカーが隠れるくらいに丈の余った濃い色のジーパン。猫っ毛な紅茶色の髪が、目元を隠すくらいに伸びている。

 途中で片方、脱げてしまったのだろうか。スニーカーは左足だけに履かれていて、右足の先はジーパンに隠れて見えなかった。


 単純な感想として、侵入者らしくない、女と言っても通じそうな、線の細そうなガキだった。

 なによりやる気というか覇気というか、そういったものが感じられず、成人もしていないだろうというのに、どこか諦めているような、冷めた雰囲気があった。


 一応、部下は少年の頭に銃口を突きつけている。何かを諦めているという印象が正解だというのなら、彼は今、自分の命を諦めているのではないだろうか。


「で? 坊や……それともお嬢ちゃんかな? アンタ、何者だい。一応ここは、旅行のおすすめスポットにならないような場所を選んでんだけどね。遭難したってセンも、アンタ濡れてないからナシだ」

 セシリアウィッチは問う。

 少年は顔を上げた。紅茶色の髪に隠れて、深い紺色の目が、彼女を見上げている。そして少年は言った。

 

「……えっと、なんだけど……ここは【魔女】の隠れ家で合ってる?」

 ――瞬間。セシリアウィッチは目を細め、部下は引き金を引きそうになった。

 

【魔女】。確かにそう言ったか。


「魔女ねぇ……アタシがそんな風に見えるかい?」


 撃ちそうになった部下を、片手を挙げることでセシリアは制して、少年に問い返す。

「それに、強盗って言ったね。だったら普通に銀行でも襲ってなよ」


「それは……まぁ、うん。そう言われればそれまでなんだけど……その、【魔女】しか持ってないものが、あるし。……でも、違ったのかなぁ」

 

 少年はそう言うと、また俯いてため息をついた。

「違ったって、何がさ?」


「てっきり、お婆さんだと。相場でしょ? こんなに綺麗なお姉さんだとは、思わなかったから、違うと思ったんだ」


「――ク」

 彼女は一度、噛み殺すように唸って。


「く、く……あはははは! アンタ、面白いねぇ! 銃を突きつけられて、敵陣のド真ん中で、そんな事言った奴は他に知らないよ! おい、その銃を収めな!」


 心底、楽しそうにそう言った。


「いや、でも姐さん……」


「心配ないって! どうせチェックはしただろ? 何か物騒なもん持ってたのかい? それより坊や、お茶にしよう。丁度、一息つきたかったところなんだ」

 部下の不安を豪快に笑い飛ばして、セシリアウィッチは自分の隣の椅子を引く。

 椅子に座る少年を、彼女は長い金髪で隠れた片目で、窺う。


「まぁ、この界隈で【魔女】なんて言われてんのはアタシくらいだろうさ」


 ポットの湯をティーポットに注ぎながら、彼女は少年の質問に答えた。


「じゃあやっぱり、あなたが魔女――【ミリオンダラー】の、【鉄と火薬の魔女】セシリア“ウィッチ”=デュンゼ?」

 少年は顔を上げて確認を取る。

 セシリアは口角を釣り上げて答えた。


「いかにもそうさ、ちっちゃな強盗さん。武器が欲しいのかい? この家には在庫はないけど、発注なら受け付けるよ」


 そう言って、紅茶の入ったカップを少年に出す。


 ――【ミリオンダラー】の二番。【鉄と火薬の魔女】セシリアウィッチ=デュンゼとその一味。


 彼女たちこそ、世界中に武器という名の災厄を撒き散らす、現代の魔女だった。

 銃器は勿論のこと、重火器からナイフ等の刀剣類に斧や槍。果てはプラスチック爆弾まで。およそ武器と呼べる全ての物を、地球の裏側だって節操なしに売りさばく。


 顧客はそれこそ強盗にテロリストから賞金稼ぎ、武器集めが趣味の汚れた警察官や、果ては親を殺したい衝動に駆られた小さな子どもにまで。

 この世界には【世界の半分を手に入れた】と言われる男がいるが、【魔女】は言うならば世界の半分以上に武器を売った、と言っても過言ではない。

 その密売ルートは【世界警察】を筆頭とした各種機関が血眼になって調べているが、それはおろか、当然のように彼女たちの素性にまで辿り着くことは無かった。


 そこに、洒落のつもりなのか、強盗と名乗る少年がたった一人で現れた。警戒もするだろうが、それよりも上機嫌になってしまった。



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