第5話/3

 専業賞金稼ぎは【カラーズ】という名で呼ばれる。


首輪をかける者カラーズ】。賞金首に怯える人間たちから、ありったけの期待と。賞金首たちから、ありったけの憎悪を込められて、呼ばれる名だ。



 閉塞感のある――実際の閉塞が生み出した薄暗闇の中で、愛器の調整を行なっていた【海賊】カーミン=J=フックは想う。



 誰の首に、望んで首をかけたのかを。



“……オレは降りるぜ、エル。この空を。”


 その言葉に、現在まで……未来までも間違いは起こっていなかった。


“私は飛び続ける。私達にとっての空は墜ちたが、未来まで閉ざされたわけじゃない。”


 その言葉も、まだ潰えては居なかった。



『船長』


 回想を、スニーからの連絡が断ち切った。


『目標、補足。エリアに入りました』


 ヘッドフォンに手を当てながら、眼帯のついていない、右眼も閉じた。


「わかった。――オレは、夢を喰らうぜ、友よ」



 瞳を開く。



 薄暗闇が裂ける。入り込んだ陽光に、カーミン=フック以下、戦闘員の二人が目を細める。


 地上から見上げる遥か上空に獲物を見つけた賞金稼ぎと。


 上空から見下ろした大地に天敵を見つけた賞金首の、互いの視認は――どういうことか、完全に同時だった。



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「クーク……ここはどこだ?」


 憔悴しきった顔で、“運び屋”<ブレーメン>のリーダー、メルは問う。



「ニューデイズ・ストリート。……これからどうしようか、リーダー」


 そうだ。これからどうすれば良いのだろうか。


 あの、罪を断ち切る天使のような冷たい翼から、


 けれど、ブレーメンには更なる試練が待っている。


 ――積荷を捨ててしまった。自らの命をとって、自らの仕事を放棄したのだ。


 クライアントはもはや、彼らを生かしておくまい。


「いっそ、別の国に行くのも良いかもなぁ……」


 現実逃避気味に、結果としてそれしかない行き先の目処を、光の粉と一緒に、空に蒔く。


 幸いにも、空を渡る翼だけは、手放してはいなかったのだから。



 犯罪者に身を落とした彼らとて、憬れはあった。


 かつて見た、空の高さを。


 御伽噺おとぎばなしとしか思えない存在を。



 けれど、その御伽噺はいきなり終わってしまって、今や“伝説”は“伝説の賞金首”になってしまった。


 その事実は、狭く深く知られている。


 空を飛ぶ少年少女の誰もが、口を閉ざした。


 だからあの、欧州で世界を大いに賑わせている【大強盗】のリーダーと言われている少年の正体は――かつて空に憬れた全ての少年少女にとっての、伝説の残滓だと知る者は、同じく空に心を奪われた飛行症候群FPライダーたちだけの、申し合わせずにも一致した秘密として――その他大勢の人間にとっては、謎のままだった。




 ――知れず、メルは自分の胸を押さえた。


 伝説。そう、伝説だ。



 かつて、空が楽園であった頃。


 その頂点に、一番近かった、伝説以前の“二大最強”。



 その一人が。憧れていた一人が、今さっきまで自分達を追っていたのだ。



 在りし日のFPライダーチーム<シルバースノウ>のリーダー。エルと呼ばれていた、少年少女が大半を占めるライダーの中で、空を飛び続ける男に。


 ――もう一つの最強のその後を、けれど誰も知らない。知っているのは、その人物は自ら翼を折ったというニュースだけ。


























 ――それを知るのは、今この時だった。





『警告。飛行賞金首の皆様は、速やかに着陸、武装解除をした後、抵抗せずに首輪をはめてください』



 見下ろすビル郡から、そんな声がスピーカーに乗って空に届いた。



「――――は?」


『こちらは、専業賞金稼ぎ、カラーズ、です。称号は、【青】――<パイレーツオブネバーランド>。ご連絡はわたくし、副長のスニー、がお送りしております。皆様、どうかご理解の上、ご投降なさって、くださいませ』


 懇切丁寧に。まるでショッピングモールの迷子呼び出し連絡のように、ゆっくりとした、聞き取りやすい声。


 確かに迷子になったようなもんだ、と自分達の境遇を一瞬、どうでも良く考えるメルとその一行。


【青】のカラーズ。


 世界に五つ存在する、賞金首の天敵。


 そう、はっきりと宣言されてすら。



「ふッッッ! ざッ! けんじゃねええええええええ!!!!」


 配信場所不明の声に、メルはあらん限りの怒りを乗せて叫び返した。


 確かに仕事は失敗した。


 確かに格上のライダーに手も足も出ず、仲間を捕らえられた。


 確かに運び屋として、荷を手放し、矜持もクソも無くなった。


 だが、それがどうした。


 まだ、俺たちは空を飛んでいる。



「【青】だ!? 【カラーズ】だ!? 【海賊】だァ!? ふっざけんじゃねえ! ふざけんじゃねえぞ……! 空も飛べないてめぇらが、俺たちを捕まえる? やってみろよ【海賊】が!! 腐っても……腐っても腐っても!! 俺たちはFPライダーピーターパンなんだよッ!! 俺たちを捕まえたいっつーんなら――!」



 そう。


 一様に彼らFPライダーをピーターパンと呼ぶのは、それが全てだった。


 空を飛んで何を為すか、


 まさに、空を飛ぶことを止めたら、死んでしまう。彼らは“飛行症候群ピーターパンシンドローム”なのだ。



『…………。警告はしました。これより、武力による制圧、捕縛を行います』


 僅かな沈黙の後、降伏勧告をしたスニーは、あっさりと宣戦布告を受け入れた。



「やってみろよ……地を這うことすらできねぇ狗どもが…………そこだなぁ!!!」


 血走った目で見下ろす。


 一際高いビルの屋上ヘリポートに、どこに行くつもりなのか。


 一台のコンテナトラックが停まっていた。



 言葉に呼応するように、ハッチが開く。



「高度を上げろ!突っ切るぞ野郎共――!!!」



「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」


 怒りと興奮がリーダーから伝染し、ブレーメンの生き残りはいきり立って歓声を上げる。



 互いの距離は100m。高度差、20m。


 戦慄わななく車輪のように光の粉を撒き散らし、ブレーメンは空を駆け抜ける――



『それでは――、お客様』


 あべこべなエレベーターガールのような言葉で、スニーは夢の終わりを口にした。



 コンテナの中には、三人の賞金稼ぎが居た。


 中心に立つのは『船長』カーミン=J=フックである。


 その手は、しっかりとスタンドマイクを握っていた。


 大きく息を吸い――



「ごっ……ちゃごちゃ五月蝿ェんだよクソ三下共がぁぁーーーー!!!」


 大音響のハウリングがニューデイズ・ストリートに広がった。


「…………ッ!!!!」


 その爆音に耳に痛みを感じた時。









 彼らの翼は、空を駆けることをやめていた。



「なっ」



 驚きを禁じえない。それは、ブレーメンの誰もが同じだった。



 自らの翼――FPフェアリーパウダーの機構が、光の粉を吐き出していない。


 空を自在に走るためのそれは、今やタダの板切れになっていた。



 墜落する。



 墜ちていく。



「何も知らねぇ若造共がッッ!! がどうして空を降りたか……今になって何で、テメェらに馬鹿にされながら飛行機なんぞに乗ってるのか……がその隣で飛んでるかも知らねぇくせに!! 格好ばかりの飛行賞金首の真似事なんぞしてんじゃねぇぞッッ!! そんな糞餓鬼どもは、一匹残らずこのオレがッ!! フックが叩き落とすッッ!! 舐めてンじゃねえ!! ――ッッ!!!」


 溢れる怒気を抑えようともせずに、フック船長がマイクに叫び。


 勢いあまって隣の装置を振り払うように殴りつけた。






 ――その全てを見て。メルは。ブレーメンの生き残り達は、悟った。別段、彼らの察しの良さが際立っていたわけではない。


 一目瞭然、というやつだった。



 おそらくは現在、彼らから飛行を奪った装置。



 血黒いカラーの本体に、腕を胸に組んだ真っ白な骸骨をあしらった、柩状の板。


 あれは紛れもなくだ。

 見覚えがあるなんてものじゃない。

 ――確かに、そのボードと、それに乗っていた人物に憧れていたのだ。


“ヘルゴスペルズシリーズ”。モデル名<パニッシャー>


 茨の牢獄のように数々のケーブルに繋がれ、飛行推進機構から空気を貪欲に喰らい、黒い光の粒をステージに吐き出しているソレは、酷く醜い――かつての最強の末路。


 誰もが空に憧れを抱き、それが可能だった時代には、頂点――“ランスロット”と呼ばれた少年の他に、二組の最強チームがあった。


 現在は【赤のカラーズ】、クリムゾンスノウの一員であるエルが率いた、チーム<シルバースノウ>。


 そして。


 現在、が率いていた、チーム<クリムゾンナイト>。



「リリィッ! デイルッッ! 一匹たりとも逃がすな! ひっ捕らえろ!!!」


「はい、船長」


「はい、せんちょ」



 次々に……言うならばその機構はAFPアンチ・フェアリーパウダーだろうか。その結界に入り込み、落ちていく鳥を定めて、ネバーランドに住む、唯一の大人は命令を下す。



 あざなは風を殺す『カーム』。



 二度と空を飛べない代わりに、永遠の夢を、戦い続けることで守る。ピーターパンにとって、最初で最後の、最大の仇敵。


 それに自らの名を一文字。


 賞金稼ぎ【海賊】カーミン=J=フック。それが、その名と生き様の全てだった。






 その役を自ら買って出た、かつての最強ライダーに対し抗う術はなく。





 ブレーメンのは、ここで終わった。






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「懸賞金付き非合法配達集団<ブレーメン>の換金が終了しました、船長」


「お疲れスニー。上がっていいよ」


「はい。……あ、エル様からご連絡が」


「はぁ? またエル? なんだって?」


「落ち着いたら連絡が欲しいそうです」


「…………スニー、酒」


「はい、船長」


 仕方がない。面倒だ。何度もそう言いながらフックは私用の携帯電話で連絡をかける。




「なんだよエル。オレは今から仲間と打ち上げなんだけど?」


『そうか。時間を取らせるつもりは無い。お疲れ様』


「ぶっは! なんだよエェェェェル。皮肉か? 皮肉なのかソレ? 獲物を奪われたから? いいねえいいねえ、歓迎さ、大歓迎さ。そういうのは!」


『ふん。汝もそういうことは判る程度に、人間味というのがあったのか』


「おいおい、落とすぞ?」


『まぁ本音はさておき――姫がな、汝を欲しいと言っている』


「…………は? なんだ、頭に花でも咲いたか? テメェの妹」


『華があるのは何時もの事だが。……そのまま伝えよう。“もう一度、私の隣で、お兄様と飛んでる貴女が見たいの、お姉様”」


「……………」


。汝の覚悟は知っている。……カカシと、ドロシーの事も、わかるつもりだ。彼らとて、ランスロットの――』


「オレをその名で呼ぶな。気安くの名前を呼ぶな。殺すぞ」



『――そうだったな、。ではまた、どこかの天と地で』


「あぁ。早めに死ね、マイプレシャス。お姫様によろしくな」










「……せんちょ?」


 携帯電話を畳むと、傍で己を見上げる幼い瞳と目が合った。


「…………」


 眉間を親指で揉んで、深呼吸を一回。







 そして。




「あぁぁぁぁデイルはぁぁぁぁぁいなぁぁぁぁ! 大丈夫大丈夫! スニー! 始めようか!! 打ち上げだ!! ジャンジャン酒を持って来い!!! ――今日は、最初にリリィを潰そう(ニヤリ)」




 吹っ切れたようにデイルを抱き上げ、フックは立ち上がる。



 大人になった。


 思い出と後悔を酒で埋めてしまえる贅沢は、全てを捨てた彼女の、仲間と並ぶ数少ない特権だった。



 第5話『首輪物語/3』Avenge THA “Blue” 完。

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