第5話/2
【海賊】カーミン=J=フックは賞金稼ぎである。
何故、賞金稼ぎに【海賊】などという犯罪者的な渾名が付けられているか。
今回、その鉤爪に掛かった賞金首たちの、何が不幸だったのかと言えば。
【五色】に狙われたことでもなく、罪を犯したことでも勿論なく。
――ひとえに、その由来を知らなかったからだろう。
ツイてない、そう空を逃亡しながら“運び屋”<ブレーメン>のリーダー、メルは考えた。
簡単な仕事だった。とあるマフィアから、そう重くもない、自分達みたいな犯罪者からすれば金の成る木そのものの粉を運んでくれと言われただけ。
ポストからポストへ。言ってみれば郵便配達のような仕事で小金が稼げる。
それだけの、イージーな仕事だったというのに。
どんな改造を施されたパトカーとて追いかけて来られない空を走り、地上を這い蹲るだけしかできない狗どもを嘲笑っていた彼らの前に現れたのは――
「“
――自分たちよりももっとずっと幼い、少年少女だった。
「綺麗な紐には気をつけて」
「物売りに絞め殺されてしまうよ」
――少年少女は全部で七人。
「綺麗な櫛は買っては駄目よ」
「頭に刺さったら死んでしまう」
――それぞれが、みんな赤いジャンパーを着ていて。
「綺麗なリンゴにご用心」
「一口食べたら、王子の接吻け無しには夢の中」
――それぞれの足に、光の粉を撒き散らすボードを履いていた。
先頭に一人。くの字を象った陣形で、赤い賞金稼ぎが、立ちはだかった。
『こと、空において逃す獲物なし』と謂われた――全員が、自分達と同じ……否、自分達よりも、文字通り遥か高みを飛ぶ【
【赤】を冠するカラーズ。渾名は【翼】。
彼らの目の前に現れたモノが、他でもない、世界<最速>の賞金稼ぎ、チーム【クリムゾンスノウ】と直感した瞬間、何の迷いもなく疑いも無く、ブレーメンのリーダーは、運び屋として最も尊重すべき、自らの『荷』を捨てた。
仲間達は突然の業務破棄に文句を言わない。彼らとてそれが最善だと知っている。
積荷は運び屋にとって命より大事なもの?笑わせるな。
自分の命以上に大切なモノなんて、あってたまるか。
――速度を求めるに辺り、最も原始的かつ、今なおもって最も効率の良い方法。それは「軽量化」である。それを文字通り、身にしみてわかっているからこそ、鳥たちは自らの骨の密度を減らし、FPライダーたちの多くが“夢”より多くの荷物を持たない。
皮肉な話ではあるが、矛盾は無く――FPを配達手段とする“運び屋”<ブレーメン>の最高速度は、荷を捨てた今であった。
「クーク、“チャフ”だ!」
「合点!」
――上空で光の粉が舞い散る遭遇戦。そこにまるで、霧の中にガラス片をまぶしたような視覚障害。メルの一声により両者の視界が煌くスモークに隠される。
撹乱と混乱を期待するが、果たして通じるか。自分達を一流のならずもの、と称する彼らブレーメンが、客観的に見ても二流ではない理由。
目の前にいる相手を、初見ながらに超一流であると認めた、その潔さこそが、彼らが二流ではない最たる理由だろう。
矢の先のような陣形を、チャフグレネードの効果でおぼつかない視界のままに突破する。衝突すらも覚悟の上で。
「――――ッ!」
目の前いっぱいに、青空が広がる。決して楽観はできないが、まずは最初のデッドゾーンを越えたことに、メルは息を吐いた。
まるで大好きなバンドのライブを最前列の席で見ているような動悸。
吐く息は熱く、鼓動は速く、けれど身体を巡る血液は、氷のように冷たい。
陣形を突破する中、聞こえた会話。
それが、鼓膜に張り付いて離れない。
“鏡よ鏡よ鏡さん、世界で一番高い場所を飛ぶ鳥は、だぁれ?”
歌うような声だった。見てはいない。矢の先のような陣形の中心に居たであろう、その声の主を。
――チーム【クリムゾンスノウ】のリーダー。
“今となっては。貴女の他に誰がいようか……
罪を述べるような声だった。見てはいない。矢の先のような陣形の中心に居たであろう、その声の主を。
かぶりを振って、頭の中の声を消そうとした。
そして気づく。
隣を、後ろを飛んでいた仲間が、一人足りないという事実に。
そして、後ろを振り返る。
「そうなのよ。
自分達のやや後方にして上空。
太陽を背に。七人の小人に、綺麗な紐に、捕まってしまった仲間を。見てしまった。
見てしまったのだ。仲間ではなく、その、歌うような……けれど、死人の肌のように冷たい怒りを孕んだ声の主と、
「……夢は覚めた、と友は言う。だが汝の夢は、まだ覚めていないのだろう? 姫」
届かないモノに抱く憧れと、それでも手を伸ばし続ける、己の愚行をこそ殺したがっているような声色で彼女を宥める、もう一人の人間を。
その足に履かれた、唯一無二のFPボード。
<バッドアップル>を履いた美女『朱雪姫』と。
“マーダーエンジェルスシリーズ”。
モデル<ジャッジメント>という名の銀十字に乗る、顔に紅い十字架の刺青を刻んだ黒髪の男、エル。
恐ろしいのは、恐ろしいのは恐ろしいのは――チームを率いている朱雪姫ではない。
その隣にいる、通称“魔法の鏡”と呼ばれている、エルという男だった。
「貴方がそう言ってくれるのだったら、わたしはまだ夢を見ていられますわ、お兄様」
愉しげに微笑む姫君に、軽いため息を吐く男。
「…………」
その、銀のように冷たい視線がメルに向けられた。
「あっ」
「「「「「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」」」」
それからのことを、メルは。ブレーメンの生き残りたちは、誰一人よく覚えていない。
広い空を飛びまわり、感情以外の何でもない声を光の粉よりも多く撒き散らしながら逃げた。
そうして、風を受け続けながらも少しも引かない汗と、まったく冷えない身体を使い切って、なんとか自我を取り戻した時。
クリムゾンスノウという最速の賞金稼ぎたちはどこかに消えていて。
今回の運びの依頼も、つい“今”まで起こっていた全てが夢だと思ってしまうように、ずっと忘れていた呼吸を再開させた。
どこかの街の上空に、自分達は居た。
そして、それが。
――本当の悲劇の、始まりだった。
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