『強盗童話』/1

ヘヴィロック・ミリオンダラーズ

第2話/1


  イギリス首都、ロンドン。

 そのメインシンボルとも言える、大英博物館……通称【時計塔】で、あるイベントが催された。


 “剣と魔法の博覧会”。文字通り中世ヨーロッパ遺品の大展覧会である。


 世界中はその舞台の話で持ちきりだった。


 けれど、出展された物が話題のタネではない。そこに現れた連中こそが、世界を大いに賑わせたのだ。


 厳重に敷かれた警備体制には、一般の警備員は勿論、イギリス直轄の警察機関、更には世界中の犯罪者を取り締まる為に連盟各国が結託し組織した【世界警察】。そして犯罪者を生活の糧にしている専業賞金稼ぎ【カラーズ】の面々。


 そんな、奪う側からしたら地獄の入り口そのものの、鉄壁の布陣を前にして、彼らは姿を現した。


 結果からすれば、犯罪者は大英博物館で展示された古代の遺産を手にすることなく、その場を去ったのだが。決して正義の味方が彼らを捕らえることに成功したわけではない。


 事件が終わっても尚、世間を熱狂に巻き込んでいるのは世界の八大劇場型犯罪者――【ミリオンダラー】に数えられる者たちである。

 

 すわ大捕り物になろうかという大事件だったが、熱狂の根源は更にタチが悪い。

 ――事実。そう事実だ。世界警察の一員であり、現場の指揮を任されていたサクライ世界警察本部警部は後にこう語る。


『誰もが空を見上げ、銃を構えたまま動けなかった。不甲斐ないにも程がある……展示品の無事を喜ぶことだけが、我々にできた事なんて』


 ミリオンダラーが動けば世界が動く。


 紙面、テレビ、インターネット、それから人々の口と耳。ありとあらゆる情報媒体が彼らの一大舞台を伝えた。


 ――ミリオンダラーの『二番』。【大強盗】OZ。その一員であるFPライダー、ドロシー。


 竜巻すら乗りこなすと言われたその少女が、自らの翼を手放してしまうことで、今回の事件は終結した。

 





 /第2話『ヘヴィロック・ミリオンダラーズ』






 大時計塔の見える裏路地に、レオはいた。


 ことOZに限ってなのだが……作戦という作戦は、そんなに綿密に立てているわけではない。


 たとえ警備が厳重で、たとえ強化ガラスに覆われたダイヤのある部屋に、レーザー監視システムが動員されていたとしても、やることに変わりはそんなに無いのだ。


 映画や漫画やアニメに小説、ゲーム。娯楽としてのそれらとは違い、奪い方は単純だ。

 


 ドロシーに言わせれば擬音だけで片付いてしまう程に簡単な作戦。


 どかーんとやって、びゅーんと奪って、ぶーんと逃走。

 

 訳したら以下のようになる。


 まず、スズが入り口目掛け、ロケットランチャーやらグレネードランチャーやらで入り口を根こそぎ荒野に変える。そこにレオがビートルに乗ったまま乱入。中にいる敵勢力を倒しながら道を開き、爆風に乗ったドロシーが目当ての品をかっぱらい、そのまま外に出て行く。


 外に残った敵の相手は、引き続きスズと、空からのダイレクトサポートでカカシが行う。


 単純すぎて話にできない、言葉の意味そのままの【強盗行為】なのだが、彼らは一度もそれをしくじったことがない。


 獲物の価値に、手段の大きさが比例していない。どんな人間も、銃に撃たれてはただではすまないし、どんな強固な守りも、それを超えるダメージは防げないのだから。

 


 ――いつの話だったか。その手口を真似た上に、自らを名乗った連中もいたっけなぁ。あいつら最後はどうなったんだったか。


 などと考えつつ。作戦までは少しの猶予があり、レオはその暇を煙草を吸うことで潰そうとしていた。


 真昼であっても日の当たらない、影絵のような裏路地で、煙草を咥えたところだった。


 ――すっと白い手袋が口元に伸びてくる。目を遣ると、ライターが握られていて、火が点いた。カルティエのライターだった。


「悪ぃね」


 煙草に火を移し、レオは礼を言うと、紫煙を吐くより先に、右腕を振り上げた。手には愛銃、レイジングブル。抜きながらにして撃鉄は起こされ、手袋の先の闇に向けて引き金を引く。一秒もなかっただろう。だが。


 ――やった、という確信も慢心も生まれない。背中にはべったりと死神がくっ付いて離れないような悪寒が残っている。


 銃の反動に任せ、撃ちながら後ろに飛んだ。


 コンマの間を置いて視認する。壁に弾痕が刻まれている……レオの放った一撃は外している――そして、レオの金髪が数本、舞った。

 

 ちきん、と僅かな金属音がして、影から人影が現れる。


 スペードのエースが描かれたトランプを一枚挿した、黒いシルクハット。

 

 白いシャツの襟には、ネクタイではなく、細く黒いリボンが巻かれている。

 それを包んだ黒いタキシード。


 恐らく……そう、推察にしかなり得ないだろうが、レオの髪を……一瞬後れていたならば頚動脈を断ち切った……黒いステッキ。


 赤毛の三つ編が一房、左耳を隠している。


 片眼鏡モノクルのチェーンを、白い手袋に包まれた左手で軽く触って、くだらなそうに男は――レオとは違う、理知的な瞳の美男子は、言った。



「今のでチェック、と思ったが……さすが、と言っておこうか。御機嫌よう、【OZ】のアタッカー、レオ」


 ステッキを右の手首で一回転させる。


「……あぁ、ご機嫌さん。俺もまさかしくじるとは思ってなかったぜ」


 言いながらレオは距離を取る。


 それに合わせて、男が近づく。


「さて、OZのレオ。君とは初対面だろうから……あぁ、気にするな。私の方は、君がレオだとすぐにわかったよ。それで、私の名前だが……」


「――。噂にゃ聞いてたが、よくもまぁそんな格好が素面でできるぜ、ハッ」


「甚だ心外だな。服装のことで、君にとやかく言われるのは」


 距離を詰める前進行動よりも、言葉の返しの方が鋭かった。


 片やコスプレじみたシルクハットにタキシード。片や派手な薔薇柄のシャツに、黒い蛇柄のパンツ。どちらのセンスがまともか、というのはここに見物人がいたとしても、誰も答えられないだろう。


「で、どうなんだ? あいにくと俺は野郎の顔はそんなに覚えてらんねぇんだ」

 

 後ろに下がるレオの足が止まる。壁があった。


「……いかにも。ミリオンダラーが不思議の国ワンダーランド】の、マッドハッターだ」


 名乗りを受けながら、レオは撃鉄を起こす。

 

(……やべぇなぁ。)


 銃弾の速度は音速に迫り、炸裂する四十五口径の弾頭は相手が人間である限り、食らえばそこで終了だ。たとえ命が残っても、戦闘を続行できはしない。


 それでも、あのステッキに――恐らくは内部に剣を仕込んでいるであろうそれに対して、剣の間合いで先んじられるか。


 発射される弾丸は音速でも、それに至る時間が、この距離では足りなさすぎる。

 事実、出会いと同時に始まった一合目で、レオは仕留められなかった。マッドハッターもレオを殺すに至らなかったが。 


 無傷であるマッドハッターに対し、レオは髪を切られた。互いに挨拶代わりであろうとも、必殺だったその一合目は、マッドハッターに軍配が上がったのだ。


「そんで、その【不思議の国】が【OZ】に何の用だよ、あぁ? 茶会でもしようってか?」


 この状況で、この状況でこそ、レオは笑った。


「はは……君たちは【強盗】なんだろう? そして私たちは【怪盗】だ。お互い、欲しいものがあるに決まっているさ」


 マッドハッターは静かに笑み、ステッキを握る。


「茶会と言えば茶会だよ、レオ。……私たちの茶会は、記念日にやるものでね」


「今日が博覧会だからってか? やっすい記念日だなぁおい!」


 右手が振り上がる。今度は照準を合わせるのと、引き金が引かれるのはまったくの同タイミングだった。


「まさか」


 銃口から弾丸が飛び出る。刹那の時の中、影に包まれた路地で、銀色が閃いた。


 放たれた銃弾は、マッドハッターの眼前で真っ二つに寸断され、それぞれが顔の横を通り、暗い道の奥に消えていく。


 同時に、鮮血が舞った。額に走る痛みより先に視認した事実を受け止める。

 

(野郎、――! )


 見えた銀の光は一瞬。それ以上は姿を見せず、刀身は鞘に飲まれていた。


「私たちが【不思議の国】で、私が座る茶会の席ならば、記念日などは決まっていよう、レオ」


 現れた時と同じ、知性的な瞳に、冷たい殺意だけを宿しながら、ひどく静かにマッドハッターは告げる。


「祝うのは、何でもない日さ。君たちの獲物は何だって構わないんだ、OZ……私たちは喜んで君たちを迎えよう……ようこそ、不思議の国へ」


 その言葉を合図とするように、遠くで轟音が鳴り、つんざくような悲鳴が聞こえ、上空を飛行機の駆動音と、たくさんの光を撒き散らし、FPボードが駆けていく。


 切られた額から流れる血もそのままに、レオは獰猛な笑みを浮かべる。金眼が、まるで光を帯びるように、その意思を灯した。


「茶菓子はクソほどあるんだろうなぁ? イカレ帽子屋。ライオンは大食らいって相場が決まってンだよ」


 右手で握ったレイジングブルに残された弾丸は三発。

 

 ――ガンマンは後退を止め、剣士に向かって踏み出した。




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