第16話/9 エバー・グリーン



 ――だから。私は私の舞台に立つ。





 /





「陣形を崩すな! 数で押しきれ!」


 熱狂の最前線フロントラインせきとなっているのはたった二人の賞金首。それを攻めているのは<Mr.ジャスティス>サクライ警部が自ら指揮を執る世界警察本部の屈強な警官たち。


 墜落し燃え上がるヘリコプターをバリケードに、不思議の国ワンダーランドのマッドハッターとホワイトラビットは結果の見えた戦闘行為に興じ続ける。


「やはり銃は好かん。まったく当たらないではないか!」


 やけくそ気味に軽機関銃を投げつけては、お返しとばかりに掃射される銃火をヘリの後ろに戻ってやり過ごすマッドハッターに、手の中の懐中時計――爆弾ではなく本物の――で時間を確認していたホワイトラビットがやれやれ、といった風情で息を吐いた。


「市街戦ならともかく、こうも開けた場所ではさすがにな……あぁ、アリスたちは楽しんでいるかな」


「まったく、実況頼りとは世知辛い。後ろも上も見上げる余裕くらいは常に用意していたかった……ところでホワイトラビット?」


「どうした。奇策の一つでも浮かんだか」


「いや、まったく関係がなくてね。anywaysとにかくというのは、ニッポン語で『兎に角』と書くのだそうだ」


白兎オレ角兎ジャッカロープへ転向しろ、と?」


「それで活路が見出せるのなら或いはどうか」


「――ク。どうしたどうしたイカレ帽子屋マッドハッター。お前らしくもない、童話に似合いの滅裂さだぞ」


「そうだな、存外疲れたらしい。私の剣も、斬り伏せる敵に届かない」


「弱音はあの子らには黙っておく。……それに、オレの方も気になっていることがひとつあってな」


 残る武装……懐中時計型爆弾のストックを確認しつつ、サクライ警部の『前進!』という号令を耳に入れ、ホワイトラビットは胸中を明かす。


「……それはこの状況で思うに足る重要な案件かね?」


 あぁ、と不思議の国の白兎は小さく頷き。




「出掛けに確認を怠ったのが今に響いている。――


 真面目くさった顔で隣に言った。


「…………ふ、」


 マッドハッターはそれを聞いて、俯いたまま肩を振るわせ、


「ふ、ふふ……はっははははは! なるほど? それは確かに気がかりだ! !」


「そうだろうそうだろう! たとえ此処で果てようとも、気になって仕方がないのだ! これではおちおち棺桶で眠ることもできない!」


 下らん冗談だ、と吐き捨てることもなく乗っかって来たマッドハッターの笑い声。絶体絶命の状況から来るヌルい諦めゆうわくを、同じく笑って踏み潰す。


 ――背後の空ではまだ決着が付いていない。アリスが「任せる」と言ったのだ。言われた以上、先に根を上げるわけにはいかなかった。


「……それでは華々しく往くとしよう。ガスの元栓、でひとつ浮かんだ。乗るか、ホワイトラビット」


「是非も無し。スズの言葉に沿うのは癪だが、今日ばかりは一斉処分だ。全ての在庫を吐き出そう。火薬も命も大判振舞おおばんぶるまいで」




 /


 ヘリの後ろからホワイトラビットが躍り出る。彼が世界警察の本隊へ向けて駆け出すのと同時に、バリケードの役を担っていたヘリが突き上げる火柱によって高く跳び上がった。


 一度限りの投石器。燃え盛るヘリコプターが前線を砕かんと黒煙のアーチを引きながら本隊に迫る。


「散れッ! 苦し紛れだ、回避後に突入するぞ!」


 サクライ警部の率いる本隊は士気が高く、また彼の指揮は的確であった。


 世界警察において『ミリオンダラーを捕まえる男』という評価は過大な期待の産物ではない。間違いなく、彼こそが世界警察――正義の中核だった。


 雲の上の上役など知らない。またその首がすげ変わろうとも彼等には遠い話だ。


 サクライ警部がいるからここにいる、という時代錯誤な。彼等が夢見た『正義の味方』は<最強>のカラーズではなく、愚直で不器用なこの警部だった。



 ――だから、は賞金首に似合いで、かつ何よりも有効に作用する。


 電車のレールのように、二本の炎がホワイトラビットの両脇から走り出す。残る火薬の全てを注ぎ込んで、平原を燃やす赤い道はサクライ警部と彼の傍にいた二人を本隊から孤立させた。


「警部!?」


「うろたえるな! 負傷者を下がらせろ! 連中の狙いは俺だ!」


 炎の檻の中から外側に激を飛ばし、前方――突貫工事で敷かれたレールの先にホワイトラビットの姿を認め、彼は一歩も退かずに、目前でをしたヘリコプターの起こす熱風を浴びてもなお退かなかった。


「粋な火薬の使い方だ、なあ? 犯罪者! 年貢の納め時は今だ。俺を離脱させんつもりだろうが、願ったりだ。首輪ではなく手錠を嵌めてやる!」


 ネクタイを緩めながらサクライ警部は怒号を飛ばし、ヘリの向こうに立っているだろうホワイトラビットに向けて踏み出した。


 ――瞬間、彼は百戦錬磨の自負があって尚、その展開に目を剥く。


 墜落したヘリから躍り出る影。すす塗れになり、火の粉を存分に纏いながら、マッドハッターの考えたは成功した。


「警部!」


 脊椎反射の域にまで達した警官のマニュアルが身体を動かす。事態の展開に思考が付いて行かなくとも、二人の護衛の身体は十全に稼動し、サクライ警部の前で盾となった。


「――――ふッ!」


 呼気、一閃。ステッキの鞘から抜き放たれる白刃。一歩で一人を。二歩でもう一人を切り伏せる。ミリオンダラー随一の剣技を誇る不思議の国ワンダーランドのアタッカー、マッドハッターは、三歩目でサクライ警部に肉薄した。


「貴様……ッ!」


 サクライ警部が銃を抜く。。この距離、このタイミングで不覚を取ったのは。後にも先にも二度目はない、と返す刃が首を刈る。



 間に合わない。思考の片隅で結論を出しながらサクライ警部はその未来を受け止めた。


 受け止めたうえで、目の前で刃を閃かせるマッドハッターを睨み付ける。


 一秒にとても満たない短い瞬間の中、恐怖に目を閉じることもせず自分を見続けた『正義』に、マッドハッターは嘲りではなく敬意からその目を細めた。


 切り取られた空間。最善手の打ち合いは此処に決した。


 ゆえに、この結末を変える存在がいるとすれば、文字通りの以外には在り得ない。



「づっ……!?」


 思いもよらぬからの打撃にマッドハッターの視界と剣筋がずれる。


 サクライ警部の首を刎ねる軌道で放たれた一閃は一歩分真横に走り、その首の皮を一枚分だけ浅く切り裂いた。


 マッドハッターが踏み止まる。刃をステッキに戻すこともせずに、彼等を分断したはずの、その乱入者を見る。


「君は……」


「貴様……」


 サクライ警部は、随分と懐かしい……そう思ってしまった背中を見ていた。










「……遅刻だ、減給処分だぞ。くそが。今更になって、出て来やがって」


「いや、ははは。言ったじゃないですか先輩。もしかして忘れちゃいました? 自分はほら、『正義アンタの味方になりたい』んだって。ウィル=シェイクスピア世界警察本部警部補、本日より現場復帰します!」


 成し遂げたものがあった。


 阻まれた高みがあった。


 その日、彼は――最後に過ぎったモノへの『憧れ』に、人生の最後まで演じるアクトを決めた。



「本当に、決まったと思ったが……やれやれ、最後の最後に出てくるのが君か、警部補。警部の後をまだ追い足りないかね?」


「おー! 舐めてくれるじゃないかミリオンダラー! おっかねェー!」


 元六番。【役者】アクターは一つのポリシーがあり、それは今でも作用している。


 彼は演じる役を逸脱できない。どれだけ彼自身が埒外のスペックを誇る、怪物じみた人間だったとしても、その『役』に徹する。これはもう、生きるうえでの他者に理解できない制約と同じだった。


 だが。


「自分はですよ? それはつまり、ってことなんだからなー! 甘く見ないでいただきたい!」


 ぐるぐるとトンファーを回して、怯えと覚悟を同時にたたえた瞳がマッドハッターを見る。


 自分の憧れた、たった一人の『正義』が誇るスペックは、全然そんなもんじゃない、と誇るように。


「ほら先輩! いつまで呆けてるんですか! カッコ良く来てはみたけど相手はミリオンダラーですよ!? フォローしたりフォローされたりしましょうよ! 自分一人に相手させるとか鬼ですか!?」


 連携プリーズ! と威勢がいいのか悪いのかわからない声を上げるに、彼の時間が戻る。


「あぁ。……そうだな! 失敗は功績で取り返せ、ウィル! 此処で仕留めるぞ!」


 二転した戦況はここに覆る。


 世界警察本部が擁する二人を前に、不思議の国ワンダーランドの反撃はここで止まった。





 /エバー・グリーン



「速報でぇーす。……あいつらはっちゃけ過ぎだろ!? ミリオンダラーに返り咲いちゃってるじゃん!」


「こっちはこっちで大遅刻だけどなー! ごめんな、車回すの手間取って」


 いいえ、と首を振る。間に合ったところで自分ができることはない、と。


「さらにごめんねー! ほら、オレらってばこの表舞台に出たらアウトじゃん? だからもうアッシーにしかなれなくてさ!」


「登場した瞬間にぶっ殺される未来しか見えねえな! だから、こっからはお前さんだけでやるしかねぇ。イケるか?」


 はい、と頷く。心臓は鳴りっ放しで、手順一つ間違えただけで呼吸が止まってしまいそう。だけどしっかりひとつずつ。順番どおりにやれば、この身体はきちんと息を吸って吐く。


「……! 来た! 承認入った! これで『招待状』もばっちりだ! うっあー。我が事じゃないのにめっちゃ緊張するんですけどー! 準備良い? うっかり停車して顔見られないようにしてよね運転手さん!」


「OKOK任せろベイビー。逃げ足の速さには定評がある。……さあ、見えてきたぜの舞踏会!」


ァ!」


 変わらない遣り取り。思わず笑ってしまう。


「お、ご機嫌だな、期待できるぜ!」


「すっげえ肝の据わり方。オレだったら即座に明け渡すよ? その役」


「……いいえ。私は先生たちに恵まれたなーって」


 戦場が見える。銃を交えるチャイルド=リカーとOZのレオ。




 ――だから。私は私の舞台に立つ。








 /


 排気音おとも無く、最後の参戦者が現れた。


 世界でどれほどの人間がこれに乗るという栄誉に与れるのだろうか。


 最高級ロールスロイスのリムジンが、場にそぐわぬ優雅さで、今まさに決戦しようとするチャイルド=リカーとレオの真横で一度だけ停車する。



 それを見た人間がある人物を思い浮かべる。


 リムジンに乗る、紛れもない重要人物。この二人の戦いを一時であれ止めるに足る


 だから、開かれたドアから現れたその人物に、誰もが意表を突かれた。



 ミリオンダラーの三番。【ザ・ゴッドファーザー】アーサー=アルフォート。



 



 ただ、多くの人々が、拡声器を持って舞台に降り立ったその少女の容姿を知っていた。


 高校ハイスクールのブレザーに、真っ白な男物のフードパーカーを、ストールのように肘で羽織るという出で立ち。左手の親指には、イメージにまったく合わないシルバーの指輪がひとつ。


 まるで、赤いワンピースの少女がその飴色の髪を切ってしまったことに合わせるように、


 同じ色の瞳には、ありありと緊張が浮かびながら、けれどその身体には一切の震えがなかった。





 拳銃を向ける代わりに、右手に持った拡声器を口に構え、彼女――蓮花寺灰音れんげじハイネはあらん限りの声で主張した。



キィィィィスト、あれぇー!?ィィィィィイイン!」



 大音響で鳴り響くハウリング。彼女の「ストップ」という声は一切届かなかったが、彼女の「ストップ」という主張は見事に伝わった。


 片耳を押さえたチャイルド=リカーが冷め切った目で、公的な弟子を見た。




 /


「……おい。どうして来た、ハイネ」


 う。このお師匠様の目はアレだ。完全に敵を見てる目です。ヤバい。日々狩られる賞金首の皆さんはみんなこの視線を向けられているとか凄い。眼力で止まりそう。だってミラー加工のサングラス越しでわかるとか普通じゃないです。


 でも、私はビビリですが、困ったことに恐怖ソレでは身体を竦ませない。


 本当に怖いし、おなかいたいし。


「ここは指定席だぜ。手前様みてえなヒヨっ子が来て良い場所じゃあ無い。さっさと帰って勉強してろ。卒業できるかどうかヤバいってこないだ言ってたばかりじゃねえか」


 はい。実は二月になっても足りない単位があるんです。ぶっちゃけどころか本当に卒業が危うい。でも来ました。ごめんねミカちゃん。今日だけは、譲れないんだ。


「此処が……」


「あ?」


「此処が、私の最前線なんです、お師匠様」


「駄目だな、赤点だ。手前様に二年やるっつったが、現れたこいつらが悪ィ。期限を破ったのは後で謝るよ。だから下がれハイネ=レンゲジ。っつってンだよ」


 にべも無い。取りつく島もない。寧ろ賞金首であるレオ様が待ってくれてるとか何か皮肉っぽい。


 ――駄目だ。駄目だ。駄目だ。そうじゃない。争いの音が聞こえる。まだ、私は何もしていない。


 笑え、灰音。


「……ふ、」


 うわあ引きつってる! でも良い。怖いけど、怖いままで良いから。


「ふふ! ……なぁーにを仰るかと思えば! お師匠様、『情報は鮮度が命』って教えてくれましたよね?」


 うん。そう。その調子。


 そういう私に、なれ――!


。情報が古いんじゃないですか? お師匠様……いえ、



『――領収証、受け取ったんならな』





 はい。あの時の借りは、今ここで返す!


 深呼吸。一回で良い。今度はボリュームもきちんと大丈夫。拡声器を口に当てる。



















「銃を下げてください。追うことも許しません。ミリオンダラーの二番、【大強盗】OZはこの私――】、蓮花寺灰音シンデレラの獲物です!!!!」



 私の声が戦場に響く。自分から「シンデレラ」と名乗るのが死ぬほど恥ずかしいけれど。彼らとこれからも付き合っていくのならば、せめてこのくらいの度胸は標準で装備しなくてはいけないだろう。


 残響が消える。カラーズの五色の名が持つ【力】は、お師匠様の言った通り。


 なりたてほやほやであっても、この舞台で皆さんに銃を下ろさせる程度には作用したのでした。


 空を仰ぐ。


 ごめんね、ドロシーちゃん。私はそこまで駆けつけられない。私にはこれが精一杯なんだ。


「頑張って」


 私は私の物語をハッピーエンドにはできなかった。


 だけど、魔法使いに助けられてばっかりだったけど、せめてこのくらいの魔法はかけてあげたいんだ。




 /


 蓮花寺灰音の登場。これにより最後方――チャイルド=リカーとOZのレオとスズによる争いは止められた。


 そしてまた、彼女の登場が残った歯車を全て動かす。



 まずそれは、遥か上空で作用した。



『はいもしもしー。なんでフツーに電話してんですかアンタ。は? カメラ? いや回ってますけどなんです? 見ろ? いやどれですか。って。――――、』


 アヤ=ハイドラジアがモニタの一画面に釘付けになる。


『びっくりした。写真で見た時と全然違うっすねあの子。で? は!? 何言ってンですかヤですよそんなの! 大人しくしようって誓ったばっかりじゃないですか! いやアンタはもうちょっとはっちゃけて良いと流石に思いましたよこの落伍者め! せめて一回くらい飛んでください。……えぇーマジっすかぁー。それ出されると弱いンですけどぉー』



『頼みます。できませんか? 


『でーきーまーすー。やーりーまーすー。ホント無茶振りばっかしますねってばー!』


 アヤ=ハイドラジア――もとい紫陽花あじさいテキストはしぶしぶツールを動かした。



「いやもう、マジで賞金かかっちゃったらごめんっす。マシィさん」



 ハッキングが行われる。魔術師ウィザード級ハッカー、<レイニィ>の指先が電界ネットワークに介入する。


 DJマシィに答えた、電波放送のジャックは一回線分。それは、ある意味な悪事だった。


 電子の速度でネットワークに降り注ぐ彼の『雨』は、およそ文化圏に存在するネット回線を用いた全てのテレビをジャックする。


 放送中のバラエティ番組も、退屈なニュースも、アニメも映画もなにもかも。


 全てのネットチャンネルが、この一大舞台に参じたシンデレラの姿と、空で行われているFPライダーの決戦を映し出す。




 /


 転寝うたたねをしながらアリスの活躍を音声だけで聴いていたところに届いた、ぽーんというメール取得音に億劫ながらリズは目を開けてメールを開封する。


 差出人は不明。内容はまでもなく無害な住所アドレスの記載だった。


 なんだこれ、と思いながら聴き寝に戻ろうとしたところで、やけに空白が長いことに気付き、メールを下までスクロールする。



『ドロップアイテム無しはさすがに興ざめかなと思って。テレビ見てる?』


 なんだこれ、と思いながら微妙に回らない頭を回す。


 ゴーグル越しに見ている電脳世界で、とりあえず適当なテレビチャンネルを開いた瞬間――彼女の意識は完全に覚醒した。


【人魚姫】の思考が高速で回転する。


 ハッキングを行って通話する? 駄目だ、ネットに繋がっていないとその手は使えない。。ならどうする、決まってる。援軍はいないし、自分が向かうしかない。


 なんのお膳立てか、それとも偶然の産物か。


「くそっくそっ! 何の嫌がらせだ、<レイニィ>! ボクは肉体労働なんて絶対しないと決めてたのに!」


 こうして、本気で自分は蚊帳の外の観客気分だった人魚姫は、とある場所に自分の足で走って向かう羽目になった。


 記載された住所アドレスに覚えはない。一年越しのリベンジだったら何が何でも電脳死させてやると心に誓いながら、運動嫌いの人魚姫は、陸の世界で溺れそうになりながらを目指す。






 /


 逆転した形勢。サクライ警部を逃がさんと展開された炎の道は今、不思議の国ワンダーランドの二人を捕らえる檻となる。


 阿吽の呼吸で攻め立てる警部と警部補。マッドハッターの剣をもってして後退を余儀なくされ、ホワイトラビットと共に捕縛――あるいは死亡の危機に立たされていた。


「しぶとっ!? だけどまぁ? ここで年貢の納め時ってやつだなミリオンダラー!」


「はぁ、は……『年貢』とは何か、わかるか? ホワイトラビット」


「く、いや、まったく見当がつかんな」


「先輩、ところで『年貢』って何です?」


「日本史でも学べ。お喋りも終いだ。疲弊してくれて助かった。これなら殺さずに捕らえて良さそうだ」


「……!? ちょ、先輩あぶなっ!?」


 ウィルが咄嗟に襟を掴んで後ろに引く。そこに、銃弾か槍かと突き立つ、誰の物とも解らないがあった。



「…………賞金首に加担する、という考えで良いか?」


 マッドハッターとホワイトラビットの更に後方。FPボードを放った男へ、サクライ警部は静かに問う。


 同じだけの静かさで、その男は――



「できれば勘弁して欲しいものです。私も本当は、我が身が大事でして」



 登録FPライダー名<ラストフライト>こと、ディッセン=アルマトールは苦笑した。


「いえ、本当に。【海賊】の参戦で、飛ぶことを早々に諦めてしまって。他にすることはまぁ、観戦で良いかなと思っていたのです。いたのですけれど」


 その背後には、数々のボードが並んでいた。


 その全てが、彼と同じ飛ぶことを諦めたFPライダーのボードであり、彼は『どうせもう飛ばないのなら。けれど、現状に不満があるのなら。私にお譲りしてはいただけませんか。もちろんお金は後で払いますので』とその全てをにして、この場に現れた。


「空の高みにも興味はなくて。あの、最新のカラーズにも肩入れする義理だって、ないんですよ」


 そう、場違いなほどに柔和な笑みで告げる。


「では何故」


 その問いの答えは――決して他者に理解されることのない、かつて狂った歯車を機能させた男と、その歯車たちに共通する行動論理だった。



「私は、私たちは。だけです」



 もう交わることの無い、十三番目の青年を偲ぶ。


 たったそれだけ。


 ディッセン=アルマトールは、蓮花寺灰音の姿を見た瞬間に、やっとのことで手に入れた安寧という宝を自らこの場に投げ入れた。


 後方から放たれる、FPボードという名の援護射撃。三転した最前線の形勢は、ここに初めての拮抗を見る。




 /


 そして中央。FPライダーの天敵を止めるマリアージュ=ディルマとエル、そしてジャックも彼女ハイネの参戦を見た。



「――鏡よ鏡よ、鏡さん」


 エルと一緒にジャックを挟むように立ったマリアージュ=ディルマは歌うように紡ぐ。取り戻された風に、自らの愛機<バッド・アップル>を履くこともせずに。


「いま、この場にあって最も気高い者はだぁれ?」


 エルは悩む時間も要さずに答える。


「ジャックス=ハイドロビュートをおいて他にはなし」


「そうね、そう」


 会話は兄と妹の間。茶目っ気たっぷりの笑みを浮かべて、エルに言葉を投げたまま、フードに隠れたジャックの顔を覗き込む。



わたくしは、それが我慢できないの。行ってくださいな」


「……え、でも」


「お姉様たちはわたくしたちが。助力に感謝しますけれど、やっぱり貴方の場所は此処ではないと思います」


「…………マリア」


「はい、マリアです。貴方にそう呼ばれることが、わたくしは嬉しい」


「エル、オレは……」


 逡巡、そして狼狽。



「まさか、とは思ったが。私の口からこのような言葉が出るとはな」


 エルは、ほんの僅かに笑みを浮かべて頷いた。


「お約束にも程がある。だが言おう。『我等に任せて先に往け』」


「完璧ですわお兄様! ……ねえ、ジャック様?」


 この場にあって、【赤】のカラーズはそれを楽しむように口にする。


「往ってくださいまし。。ふふ、一度は言ってみたかったの!」


「でも、オレは……」


 飛べないんだ、という言葉を続けることさえできない。


 規格外のFP。<クローバー・フォーリーブス>は一度とてジャックの思う通りに空を羽ばたいてはくれなかった。こうして、そのデタラメな出力で<パニッシャー>を封じるくらいしか使い道を見出せない。


 自分には不相応に過ぎるボード。まるで、スズメの身体にコンドルの翼が与えられたようなあべこべさ。


 風を切る音に俯いた顔を上げる。逃げ場を探すように振り返る。


 そこには、わくわくした顔で、ジャックの後ろに降り立った七人の小人たちの姿があった。


「……お願い、わたくしの愛しい愛しい小人たち。王子様をお姫様のところまでエスコートして差し上げて?」



朱雪姫しらゆきひめの仰せのままに!』


 完全に一致した七人分の言葉。光の粉が溢れて草原を黄金に染める。


 ジャックを乗せたボードが、身じろぎするように震え、光輪を放った。


「マリア、エル……ごめん、行って来る」


 はい、と言う返事を聞きながら、ジャックス=ハイドロビュートは天空へと舞い上がった。




 /



『おおっとぉ!? この期に及んで空に現れる挑戦者は――ジャァァァック!! ジャックス=ハイドロビュートだ!! <スノウ・クリムゾン>の七人の小人を侍らせて上昇、上昇ォーッ!! すげえ、完全編成だ!!』


 上空から降り注ぐ実況の声をまともに聞けない。苦肉の策で用意したロッドを突いて、気を抜くと暴れそうになるFPボードを諫めるようにバランスを取りながら、片膝をついた体勢で空へと昇って行く。


 その埒外な出力による走空をサポートするように――七人の小人が、それこそ翼のように彼の周りで陣形を組んで空を裂く。


『だが間に合うのか!? そこからアリスとドロシーのバトルフィールドには結構な距離があるぞ!? 決着したらもう終いだ! ゴールテープは一人分しか張ってないぜえええ!!!』


 それはひとつの巨大なやじりのように。あるいはたった一ツを放つ巨大な攻城弓バリスタのように。



「……ごめん、迷惑かけて。オレには返せるものがないや」


 遥か遠くに、決戦しようとするアリスとドロシーの姿がある。あの日見た空の遠さを、あの二人も――FPライダーたちも、見たのだろうか。


 、と七人の……紛れもない天才たちは笑って蹴飛ばした。


 陣形が変化する。


 ジャックを最後尾に、【翼】の<最速>が発動した。


「Kiss me!」「お代はラヴで結構!」「そしてこの抜け駆けである」「後でサインしてね!」「じゃあボクはハグ!」「天辺とったれ!」「いちばんしたのこがいちばんおすすめだよ」


 七人が順番に飛び出し、ジャックの前を往き、障害となる風を貫いては、やがて失墜していく。


 チームライダーの真骨頂。【赤】を<最速>のカラーズへと押し上げた必殺の多段スリップストリームが今、ジャックを最後の舞台へと導いて行く。


 大空に羽ばたく七つの羽。その中心で際限なく加速しながら、ジャックはその目にを見る。



『で、出たァー!!! 空中カタパルト!! なんとジャック一人の為に七人全員が一丸となって、いや一線!! 一閃となって散っていくぅぅ!! 花火のような儚さだが弾ける瞬間の感動は替えがたいぜ!! これなら届くか!? 届くのか!? ジャックス=ハイドロビュート!! 是非魅せてくれ! そのアホみたいなボードで参戦した意味ってヤツを!!! スネイクス・リトルクラウン、ここにマックスボルテージだぜ!!!』




 そして、彼は在るべき舞台へと、やっとのことで辿り着く。




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