第16話/8 ライク・ア・フェアリーテイル
『さあさあ地上の激戦も目が離せねェが今回のメインは此処! 空だ! 現在トップは
遥か上空――ゴールである飛行船から降り注ぐ声に応えることはない。障害は三人。そして道は一本。ドロシーはそう、自分より高いところを飛ぶFPライダーを数え、一列になってアリスらを追走する三人にまず、肉薄した。
『おおっとぉ、トレインの最後尾に加わるのか!? なんだからしくねェなドロシー、んなッ!?』
DJマシィの実況が驚愕で途絶える。アリスとハンプ、ダンプが振り返る。
そこには、陣形を崩されたばかりか自らの走る空さえ失い、海に向けてドロップアウトしていく、自分達を追っていたはずの三人のライダー。そして本来三人が走るはずの道に、抉るように刻まれた螺旋状の光の粉。
『~~~~ッッ! 鎧・袖・一・触ッ! 言うならば“ライドオン・FPライダー”かッ!? ランスロットの
「アリス、先に行ってよ」
「うん、ハンプの案に乗るぜボクは。アリス、アリス。今日のドロシーはやっぱり怖いよ。
今回は過去の比ではない、と同じ姿の双子が同じ事を促す。
「……そう。そうね、そう思うわ?」
それでもアリスは先を急がず、くるりとその場でターンをした。気流を捕まえて緩やかに上昇する。双子の先に、此方を見上げるドロシー。だが視線が交わらない。……彼女はもう、ティーよりも、そして自分よりも上を射程に捉えていた。
「ふぅ……まったく、嫌になるわね」
ため息にも似た深呼吸。言葉はドロシーに、そして自分に対してのものだ。直感している。
「どっちが先に?」「じゃんけんで決めようか」「明日の朝になっても決着着かないだろ」「それじゃあ臨機応変に!」「乗った!」
アリスを中心として、ティーが両翼に大きく散回する。完全な
『さぁ、出たぞ! ドロシー必殺の――トリックトゥ・カットイン! <ヴリューナク>だぁぁぁぁ!! この空気を切り裂く快音! 空に撒かれたフェアリーパウダーはまったく綻びを見せないパーフェクトな一本線! この瞬間ばかりはオレにも空に道が見えるってもんだ! 駅なんざ不要の
一本の槍のように上空へと突撃するドロシー。否が応にも視界に入った、壁のように立ち塞がる二枚のボード。その面に描かれている、鏡合わせのジャバウォック。その向こうにはアリスがいて、それより高くに飛行船が飛んでいる。地上は騒がしくて、それでも他人事のように遠くて、レオが、スズが、振り返りなんてしなかったけどきっと足止めをしてくれている。マリアもエルも、あの幼い七人もそうで、それで、衝突まであと二秒。思考が散り散りになる。だから、ああ。求めた
「――邪魔を、」
<サンデイ・ウィッチ>のエッジを蹴る。弾丸のように回るボード。双子は激突の衝撃を覚悟する。
「しないで――――ッ!!」
その瞬間は訪れ、そして鮮やかに過ぎ去った。
『――――――――』
DJが
双子のティーは走馬灯のようにスローモーションで展開された視界に、矛盾を垣間見た。
予想されていた激突による衝撃は到来せず、背中を<サンデイ・ウィッチ>が自分達のボードをギリギリで回避して駆け上がって行ったのを、見た。
そこにあるべきライダーの姿はない。ボードだけがこの壁を通過して行った。
ロンドンでの邂逅を、二つの脳が同時に再生する。あの時もそう、ドロシーはボードだけを射出して、どうなった……?
墜ちたというのなら、なぜ眼下に赤いワンピースの少女がいない?
回想が黒く塗り潰され、それが、自分達の頭上に落ちた影だと理解するのと、思考が現実の速度まで戻ったのは同じタイミングだった。
この快晴、いったい何が自分達に影を落とすというのだろうか。
((こいつ――!))
抜かれた。
上空へと振り返る。そこには戦いを見下ろしていたアリスと――ついにそこに辿り着いたドロシーの姿があった。
あろうことか、ドロシーはヴリューナクのトリックの真っ最中、激突の寸前でボードから足を離し、翼を自ら手放し、立ち塞がる壁を文字通り跳び超えた。その、上昇のためなら墜落も厭わない覚悟に、遅れて全身が総毛立つ。だってそうだろう。空を走るための翼があっても、この空に道なんて見えないのだ。そのただ中にあって、FPボードを手放せる精神が理解できない。ましてやその後、一度離れたボードに再び乗るだなんて未来はどう甘く見繕っても見出せない。そんなイカれたヤツはFPライダーの中にいない。
いや、違う。まさにこいつがそうで、あいつがそうだった。
双子は、自分達のリーダーと相対する少女の姿に、在りし日に憬れた少年の後姿を幻視した。
/
「来たわね、ドロシー」
以前の邂逅では双子に任せた。だから、こうして同じ高さで競い合うのは――本当に久しぶりで。
あの、空が堕ちた日以来のことだった。
地上で【赤】と【青】が対峙している時を同じくして、この空中でも赤色と青色の少女が向かい合う。
「まだ、空は狭くて? ドロシー」
「……ええ。息が詰まりそうよ」
「まだ、カカシのことを?」
「ええ。胸が詰まりそうよ」
「なら、いっときの間は忘れさせてあげるわ。“ダンスの相手をお願いしても?”」
「ええ。“よろこんで”」
「……そう言うのなら笑いなさいな。駄目な子ね」
アリスはひとりだけで笑った。
構わない。ドロシーが見ているモノがなんであれ、構わない。この先に何を馳せているのかも問わない。
――ただ、この瞬間は誰にも譲らない。
地上で賞金首を捕まえようとする世界警察にも、カラーズにも。
そして、この空において未だに君臨しつづける、かつての伝説にも。
「さぁ、かかっておいでなさい、ドロシー。
言われずとも、とドロシーの姿が沈む。ヴリューナクの予備動作。馬鹿の一つ覚えと切って捨てることができるのならばしたいものだが、事はそう容易くは運ばない。ドロシーはことさらこのトリックを使い続けて来たが、それは今まさに必殺まで昇華している。他にないのではない。それさえあれば全てが足りるからこそ、必殺は必殺たり得るのだと、アリスはそれを良く理解していた。
張り詰める緊張の糸。
――横槍を入れてきたのは、不可視の第三者だった。
『突風ゥゥゥ!! 渾身のアタックの直前でプリンセス・ドロシー! 因縁の風を再び食らったァァァ!!!』
/
実況が木霊する。それに、地上の誰もが顔を上げた。
ジャックも、共に立った【翼】の面々も、力及ばずともまだ上を目指すライダー達も、地上で世界警察を倒し続ける大人たちも……立ち塞がる【海賊】も、<最強>のカラーズでさえ、その一瞬を見上げて止まる。
不可視の衝撃。フラッシュバックする心的外傷。……自分の顔の、目の前に落ちた、あの人の――
ぎり、と。ドロシーは歯を噛んだ。こんなところで終われない。こんなところで終わってしまったら、何も変わっていない事になる。
それは、とても嫌だ。嫌なのだ。だから少女は抗う。
短くなった飴色の髪に結ばれていた赤いリボンが風に流される。
――ドロシーはそれこそ直角に、横へと流れた。
此処が海ならば飛沫が立っただろう。雪上だったならば雪を散らせただろう。けれど、此処は空。無色の足場を、赤いワンピースと流れる光の粉が太陽を背に、大空を彩り咲かせる――!
童話に曰く。少女は竜巻に乗って現れた。
そこから取られた、かつて盛り過ぎだと嘲笑われた評判。その嘲笑ごと断ち切ったドロシーは今、誰の目にも最高のFPライダーとして映っている。
『トッ……トリヴュートッッ!! 信じられねぇぇぇ!! あの風を回避したぜチーム<OZ>! 我らがプリンセス!! さぁ! 時は動き出した!! 再びアリスを射程に入れたぁ!! 最後のアタック、成功なるかドロシー!!』
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