第16話/7 幸運の四葉


「……そうかよ」


 立ちはだかる新たな障害。自分たちに向けて突きつけられたロッドの先端を見、【海賊】カーミン=フックは苦い顔で唸った。


「何考えて此処を選んだかなんて知らねえが、このオレを“カーミン=フック”と理解した上でのご登場だよな、あぁ? FPライダーピーターパン


 倒れた棺を立たせる。死者の寝床に描かれた髑髏。その虚ろな眼孔がジャックに向けられた。


「ふん縛ってやるからこうべを垂れろ。エルはおしおきだ。マリアは説教だ。チビどもは残らずケツを引っ叩いてやる。いいか、坊や。オマエは出てくるを間違えた」


 告げられる刑。程度はさておき、七人の小人が「あびぁ」と素直に怯えた声を上げる中、「では」とマリアージュ=ディルマが両手を合わせて微笑んだ。



「――、また空を飛んで頂きますわ? お姉様。もちろん、スニー様もリリィちゃんもデイルちゃんもご一緒に。うふふ。ええ、まるで夢のよう!」


 場の緊張感にそぐわない、まさに夢見がちな子どもピーターパン然とした言葉。ただ、言葉だけだ。助太刀が入ったところで【青】と【赤】のパワーバランスに変更はない――相手がFPライダーである限り、あのパニッシャーの吐き出す黒い光の粉は、何人なんぴとも空へと逃がさない。


 それでも一歩たりとも退く気はない、と。エルが銀十字ジャッジメントを肩に乗せ、マリアージュがドレスの裾を開き、己の武装――馬上鞭を引き抜いて構えた。


 ジャックは地面にロッドを突き立て、コートのポケットからシガレットケースと、それよりも大きな……ウィスキーの携帯瓶スキットルほどもある金属を取り出した。銜えられる煙草。口の前に構えた金属は、どうやら乗ってきたFPボードと同じく、のライターらしい。


 蓋を開いて点火する。それは、ライターというよりもいっそ、拳銃の撃鉄を起こすものに近い、ガキンという重たい音だった。瞬間的に発生した火の大きさはもうライターの火種どころではない。顔さえ焼きそうな火柱にしかし、ジャックは少しの怯えも見せることなく過剰な火力で煙草に熱を移す。


 まるで、とでも言うような。少なくとも、火というモノは彼を怯えさせる要素たり得ない。


 深く肺に入れたその痛みさえおくびにも出さず、表面上は落ち着き払って紫煙を吐き出す。


「ふーっ。……オレはFPライダーについて、そんなに詳しいわけじゃないんだ」


 そして、その一連の動作ポーズによるハッタリは見事に作用した。


「だけどボード自体については明るいと思う。ヘルゴスペルズシリーズの<パニッシャー>。大人を飛ばすだけの出力を誇るFPの名機だ。その力の全てを、貴女は他者を飛ばさないモノに造り変えた、そうだろ? 【海賊】のカラーズ。――」


 煙草の灰が風に攫われる。その中で、冷静を武装したジャックは礼を言い、その言葉にフックは眉をひそめる。


「……空は残酷だ。飛び立つことはできても、そこから鳥たちは空の高さに敗退し、いつかは地に墜ちる。貴女のAFPは閉じ込めるための檻ではなく、守るための籠だった。多くの飛行症候群ピーターパンはそれを嫌って、貴女を天敵と」


 彼女ジーナの動機。自らの羽を手折たおってまで、他者の翼を守ろうとした。そこに惜しげのない感謝を告げ、その上で――


。きっとオレも、彼らも我侭なんだ。いずれ墜ちた痛みを知ることだってあるだろう。それでも空を求めてしまう心だけは、今は――好きにさせてやって欲しい。だからオレはこちら側に立った。FPライダーの……カーミンフック海賊団を止めるために」


 自分は、選んで敵に回ったことを宣言する。


【赤】の面々と同じように。


 出てくるは此処で合っている、と回答した。


「……そうか。いいよ、そういう覚悟があるなら上々だ。その首にいくらの金が懸かってるかも、まぁ気にしないでおいてあげるよ、坊や」


 瞳を閉じ、開く。


。オマエはどうかな――精々足掻け、飛行症候群ピーターパンッッ!」


 殴りつけるように起動させる<パニッシャー>。悲鳴のように吹き出す黒い光の粉。展開されるAFPのカーム。煙草の灰を攫う風は死に絶え、垂直に落ちる。


 絶対不可避の無風空間。この結界の中で飛べるFPライダーは存在しない。


 合わせてジャックは両手で地に寝ていた自らのボードを立てる。あらためて冗談じみた長大さ。彼の身長など超えて余りあるその長く幅広い白金プラチナのFPボードを、迫り来る災厄へ立ち向かう大盾のように構え、同じように起動させた。


 フックを中心に、半球状に広がる『死んでいく空』を、ジャックは見た。


「みんな、飛べ――!」


 エッジから光輪が放たれる。ジャックを中心に発生した光り輝く半円はその規模を広げ、緑の大地を撫でながら走っていく。フックの放った不可視の半球けっかいを、それ以上はないと分断するギロチンのように断ち切った。


 このFPを見た者の誰もが立てた安直な推測は間違っていない。単純に、その出力はそれまでのFPを超えるものであるだろう、と。その通りに、それまで最大級の出力――故に誰をも飛ばさなかった<パニッシャー>のAFPを、それ以上の力で断ち切った。


 拮抗の余波はジャックより後ろで風を生む。奪われた合計の時間はたった数分のことであり、しかもそれは連続していなかったのに、ずいぶんと懐かしい――『空』の帰還に【赤】の面々……チーム<クリムゾンスノウ>の誰もが、初めてFPに乗った時の高揚を思い出す。


 ああ、自分は空を飛べるのだと。


「……船長!?」


 スニーの驚愕。自分達を縛っていた『籠』が消え失せた事を、未だ幼さを残す七人の小人たちは鋭敏に察し、呼吸の合わせさえ不要とばかりのタイミングで一斉に飛び立った。


「Magnificent!」「きた! メイン盾きた!」「あれ盾なの?」「細けえこたあいいんだよ!」「これで飛べる!」「エル! マリア!」「おれたちのたたかいはこれからだ!」


 そこには疑いようのない歓喜があり。


「おいおい、マジか坊や。クソが! いったいなんだい、そのボードはよぉ……!」


 いっそ楽しい、とでも言うように凶悪な笑みを浮かべて罵倒する。


「<クローバー・フォーリーブズ>……魔法使いオズの、最後の作品さ。びっくりしてくれたなら、あのくそじじいも喜ぶだろ」


 その笑顔と結界の圧力に負けじとジャックは腕に力を込め。


「……やれやれ、とんだジョーカーだな。ジャックというのはブラフか何かか?」


 ジャックの横に立ったエルはその横顔に、僅かなの色を見つけた。


「汝――」


「……いや、はは。その、コイツはとんでもないじゃじゃ馬でさ。フック船長には感謝したいくらいなんだ。気を抜くと、どこかにオレを置いて、どこかに飛んでっちゃいそうで」


 ――そう即座に察したジャックは口を回す。


「ここはオレが受け持つから。<クリムゾンスノウ>は競技参加者だろ? きっと、貴方達の腕ならまだ間に合う。ドロシー……OZも、アリスたちも競う相手が少ないと、きっと寂しいと思うし。違うか、張り合いがない? だから、エルもマリアも行ってあげて欲しい」


 煙草の味が残る苦い口を、笑みの形に吊り上げて、促した。




「――鏡よ鏡よ、鏡さん」


 エルと一緒にジャックを挟むように立ったマリアージュ=ディルマは歌うように紡ぐ。取り戻された風に、自らの愛機<バッド・アップル>を履くこともせずに。


「いま、この場にあって最も気高い者はだぁれ?」


 エルは悩む時間も要さずに答える。


「ジャックス=ハイドロビュートをおいて他にはなし」


「そうね、そう」


 会話は兄と妹の間。茶目っ気たっぷりの笑みを浮かべて、エルに言葉を投げたまま、フードに隠れたジャックの顔を覗き込む。




 戦場には変わらず銃火の音と喧騒が響いている。だというのに、遥か遠くの空で鳴った、キィンと空を裂くFPボードの奏でる音が地上で戦う者たちの耳に入る。


 一度空を見上げてしまえば、あとは見入るだけだった。


 特別な作用など関係なく、本来の大音量で実況がその瞬間を伝える。











『突風ゥゥゥ!! 渾身のアタックの直前でプリンセス・ドロシー! を再び食らったァァァ!!!』


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