第16話/6 チャイルド=リカー
『後退……後退ーッ!』
指揮官の悲鳴に似た声が飛ぶ。最後尾が前線を押し上げる。まるで尻を蹴飛ばすように荒々しく。
「だぁーから手ェ出すなっつったろうに……やれやれ」
薮を突いて蛇を出す――とは違うか。これは、巣の中から大量のスズメバチが出てきた場合と似ている、と思った。
数の上では此方の圧倒的有利。個々の錬度もけして低いわけでもない、が。
――火力の桁が違う。
定員二名の移動砲台。或いは攻城してくる砦、といったところか。
「次、二番」
「はーい」
ランチャー砲のオレンジ色が着弾、コンマの間を置いて爆発音。そして停止しているパトカーは炎上した。それから、渦中にいる世界警察の阿鼻叫喚。
もはや扉の開かれた武器庫で良いだろう、あの改造アメリカンバイクは。統率なんぞあったものではない。一度砲火を上げた重火器はそのまま無造作に棄てられ、次には新たな得物が引き抜かれては、その存在意義を堂々と証明する。
「四番。耳を塞いでいろ、だ」
バイクの走行が停まる。男の手に、後部座席に座った女から長大な銀色が回される。
ヴ――と唸りを上げるモーター音。次には秒あたり30発もの弾丸がガトリング砲の回転する連装銃口から吐き出され、丘に土柱を並べまくった。
優しさ、とは言われたものの、初手で愛車を木っ端微塵にされた今、あの二人の位置まで突っ込むのは些か無理がある。無事なパトカーに乗り込んだところで同じだろう。
そして、どういうわけか中央――蹴散らされた人員を除いて、たった一人で布陣する彼の前には、その最初の一発以来、砲火は飛んで来なかった。何とも火薬臭い露払いだ、と彼は。
「……ふーっ。この
――チャイルド=リカーは銜えた煙草に火を点け、紫煙を吐き出してから言った。
「ベガスで
鏡面のサングラス越し、目の前に立つ自分の相手――同じく煙草を吹かすレオに、微かな苛立ちを込めて言った。
「ハッ。茶会好きに天下のチャイルド=リカー様の相手させンのは酷だろ? 俺らだって本当ならもっと近くで姫の活躍を見てェし、部下のツケは上司に支払わせてェンだ。貧乏くじっつーやつだよ」
「あぁ? 何言ってンだ手前様。っつーかのこのこ出て来てンじゃねえよクソが。お陰で台無しだ。席から落ちたのに命があるだなんて幸運を、捨ててンじゃねえよ」
「おいおいなんだなんだ、優しいじゃねえかチャイルド=リカー。どうした、悪いモンでも食ったのか?」
睨み合う。互いに互いの印象は一致している――こいつは、気に食わない。
「……間の悪さを食ったのは手前様たちの方だって話だよ。まぁ良い、脚は最後にしてやる」
純白のコートが沈む。侍のように腰に
――が、そこもあまり問題ではない。そもそも銃弾などというモノは当たったら死ぬ。人を仕留める、という目的において過剰な火力は不細工とさえリカーは思う。
だから、この前進は当てるため、かつ当てられないための動作だ。より照準距離を短く。より速く。より的を大きく。互いが互いを必殺せしめる武器を持っている場合の、当然の帰結として至近戦を選んだだけの話。
撃ち合いながら肉薄する。
ベレッタの弾丸がレオの右手からレイジングブルを弾き飛ばす。同時に左手から放たれたカスール弾がリカーの右手に持ったベレッタを粉砕した。その時点で殴り合えるだけの距離が埋まり、眉間を狙う銃口がコンマの差で空いた手で払われる。手首を掴んだ二人の腕が交差し、下がる。
制止した二人の足元にドドドドン、と連続して銃弾が埋まった。レオの視界がひっくり返る。鮮やかな足払い――次の瞬間には、死角から後頭部を強襲したレオの空中回し蹴りがカウンターとなってリカーを地面に叩き伏せる。
鏡合わせのように地に這う。作り出した一瞬の空隙を食って、ジャカッと――ベレッタとレイジングブルが、それぞれの獲物の
指はとっくに引き金にかかっている。
「――弾切れだろ」
「――手前様もな」
そして、
今度こそ、忌々しげにリカーは口元を歪めた。
「
「
「鉛玉で良ければいくらでもくれてやるよ」
地面に這わせた右手で身体を起こす。僅かに開く距離――レオはジャケットの裏から三本目の牙を。リカーは腰からショットガンを抜いた。
「…………己はどうにも、あの小娘に甘いらしい」
「ぁン?」
切り出されたチャイルド=リカーの独白にレオは片眉を上げた。
「アレが大成するまでは待ってやるつもりだった。二年、二年か。これは己の見積もり違いだったな。なぁ、レオ――OZ。己はミリオンダラーなんつー餌を目の前でちらつかされて、何度も我慢できるほど腹ァ膨れてるわけじゃあ、ないんだぜ」
「お前らがぞろぞろ押し寄せただけだっつーの。姫がまた空を飛ぶって決めたンだから、見に来るだろそりゃあ。子どもの夢を押さえつけるような真似してンじゃねえよ」
「は。己には空を飛ぶ連中の気持ちなんざ解からん。そこに馳せるモノが安くないことくらいは察するがね――だが、ガキの仕出かす馬鹿騒ぎのケツを拭くのも、大人の仕事だ。……いいか、レオ。
賞金稼ぎの最高位。現代の英雄は自らをそう名乗り、目の前に立つ賞金首を見据える。
「……さぁな。あぁ、そういや昔、坊が聞いてきたことがあったわ。『煙草は美味いのか?』ってな。俺と旦那は答えたよ。『ガキの頃した背伸びのツケを支払ってる』ってな。俺は野郎だからそうデカいこととは思わねぇけどな、リカー。姫は髪を切ったンだ」
「あぁ?」
「お前のその無駄に伸びたロン毛と一緒にすんなよ。女の命だろ、
レオは笑った。笑って、銃口をチャイルド=リカーに向ける。
「兄貴分としちゃ、可愛い可愛い下の子がやりたいことは全部、手ェ貸したいのさ。
だから好きにさせろと言う、
「クックク、ははは。ははははは。どっかのマフィアかよ手前様。――上等だ。なら、我を通してみせるんだな、レオ」
リカーもショットガンを構える。
――まさに一触即発。誰も割って入れないその決闘に、無作法にも乗り込んだ者がいた。
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