第15話/2 午後の眠り


 目を覚ますと、窓から光が差し込んでいた。


 ああ、そういえば今は夏だったんだっけ。その光は、冬よりも少しだけやわらかかった。



 ……随分と寝坊助になったようだ。僕は隣を見る。


 見舞い客用の椅子に座って、アリスがこちらを見ていた。



 机の上にはクロワッサンと紅茶とリンゴ。


「あれ……アリスってリンゴの皮、剥けたんだ」


「なぁに、ソレ」


 ほら、だってお嬢様、だし。



 むっとした顔のアリスをよそに、上半身だけを起こす。うん、見事になまっているなぁ。


「……それで、アリス。どうなったんだっけ」


 促すとアリスはため息を吐いて話を再開してくれた。

 よくもまぁ、本人たちしか知りえない情報を知っているものだ、と関心しておく。


 当時はまだ少年と呼べるレオが、それよりもずっと幼いドロシーの愚痴を聞いた時、ランスロットは傍に居なかった。アリスはその後、面白おかしく――なにがひどいのかと言えば、脚色無しで面白おかしいそのエピソードを聞かされたのだという。



 /



『へっへーん! どぉランスロット! あたしのボード!』


『……』


『あたしね、誰よりも上手になって、一流のFPライダーになるの! ふっふーん! 見てなさいよ、ランスロット!』



 とりあえず彼はというと、以後の癖になったであろうため息をこぼしたとのこと。



 普通ならばここで話は終わり。心温まるエピソードとしてアルバムにそっと添えられた――などと〆られるのだろうが。思わぬ障害がアルフォート家ご息女に立ちはだかる。



 少女が服の汚れも身体の傷も気にせずにFPの上達に励んで、今日はこの間よりももっと上手になった、そう自慢しようとした。


 拙いカット、ターン。 青空に舞い散ったのは、花弁を集めて放ったかのような、まだまだ洗練などされていない、けれどだからこそ、不純物の介在しない妖精の粉。


 きっと少年は、その姿を可憐だ、そう思ったのだろう。


 ――そう、思って。そう思ったからこそ。


 きっと少女が自身の内に描いていたであろう、理想の自分のカット、そしてターンをやってのけた。


 視点を『今』から合わせることができるのならば、青空に舞い散った光の粉は、既に洗練の限りを尽くされていた。だからこそ、不純物の介在しない妖精の粉と判別できるだろう。


 少年の足にはお揃いのボード。優雅に大地に立って、欠伸をひとつ。


『……頑張りなよ、ドロシー』


 そんな言葉を置いて、部屋に向かった。



 それからはきっと少女にとって、寝てもいられない毎日だったのだろう。


 才能だとか、きっとそんなチンケな言葉では言い表せられない程の。まだ年端もいかない子どもであり、短い人生とはいえ、それまでにつちかってきたプライドを、一瞬にして打ち砕いた『敵』との遭遇。


 ――必死だったのは、果たしてどちらか。


 奪われた者。両親の仇、と自ら名乗った男に引き取られた双子の片割れ。


 幼い知性に植えつけられた仮初かりそめ活力さついと、それを受け入れた、秘め事のような夜。


 


 ドロシーという少女は、ランスロットという少年から父親が奪ったものは支払わないといけない、くらいには思っていた。


 思っていたが、自身のプライドまで売り払うほど、大人ではなかった。


 当然だ。まだ十にも遠い歳で、FPボードに魅せられたからには子どもでなければいけない。


 /


「今でも覚えているわ。お父様に連れられて行った、アルフォートのお屋敷でのドロシーの自己紹介。『好きな物はチェリーパイ、嫌いなのはそこのランスロットよ!』って。あの子、昔から口が悪かったのよね」


 苦笑するアリス。うん、まぁ僕も苦笑するしかない。


 咽そうな話だ。つまり、僕が知る限り三人の邂逅はこの、ドロシーのちょっとどうかと思う自己紹介の時で、その時に顔を合わせているはずなのに、アリスをアリスとして認識したのは随分と――空の王者などと呼ばれる時が来て、それが終わる日が来て、さらにずっと後。アリスが【怪盗】のリーダーとして【大強盗】に喧嘩を売ったその日になってからということになる。


 僕は聞き役。相槌を打つ立場なのに喉の渇きを覚えて、そっと紅茶を口に運んだのだった。


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