第14話/3 イノセンス


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 私は意識を取り戻す。


 視界を動かす。他は少しも動かせそうにない。


 脳と眼球だけの生命になってしまったかのようだ。ちょっとしたジョークです。


 見慣れたガレージ。見慣れた顔/修正。記憶しているパーツは一致をしているものの、不明瞭に例えるのなら、少し大人びていた。


 声を出そうとして、失敗する。ならばやはり、私は脳と眼球だけなのだろう。


 ああ。嗚呼ああ。だが欠陥している。たったふたつの部位しか存在していないのならば、せめて十全に機能して欲しかった。


 私は意思を発せない。


 たったひとこと。届いています。届いているということが届いていない。


 そのたったひとことで、取り戻した意識が焼き切れそうだった。



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 ハイドロビュート家には二人の遺児がいた。二卵性の双子で、片方は空にしか興味が無く。もう片方は、空になど興味が無かった。


 記憶の中で印象付けられた――実際はそうでもなかったはずだ――いつでも繋いでいた手を離したのは、ランスロットの方だった。



 炎の夜を思い出す。確かに、違う瞳で同じモノを見ていた。


 自然、かつてランスロットに見えていたモノは依然としてジャックにも見えている。



 ――住人たちが寝静まった楽園で、青年は最後の翼に足を乗せる。


 厚さ10cmの板に閉じ込められた、最先端の神秘が目を覚ます。


 機構、FairyPowder。ひとを空へと飛び立たせる、掛け値無しの魔法の産物。


 ソレは夜風を吸い込んで、眩い光の粉を円形状に撒き散らした。


 ボードに片方の膝と両手をつく。


「…………飛べ」


 白金のFPボードは、命令に忠実に、乗り手ごと自分の身体を、厚みと同じだけの高さまで浮かせて――次の瞬間には、圧制に反逆するかのようにその身を翻して青年を転落させた。


 ごん、とろくに舗装もされていない砂利道に後頭部を強かに打ってジャックは呻く。


「……くそっ」


 空――空気の道が見えるというアドバンテージをもってして、この始末。


 浮かぶ月はあまりに遠く、たとえ虚勢でさえ「届く」とは言えない、潮風に似たしょっぱいザマであった。



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 翌日。


 がん、と。ちっとも慣れないスパナの打撃に、ジャックは文字通り頭を抱えた。


「ぃ痛ってぇぇ……なにすんだよこの暴力じじいッ!!」


「うるっさいわこの糞ガキがッ! このボードに手ぇ出しおってからに!!」


「別にいいだろ、だいたいこんな変てこなボード乗れるなんて言ったらオレくら、だからやめろよ! スパナ投げるの! 工具を何だと思ってるんだよ!!」


 ボロボロのパーカーを着た青年は怯えつつまくし立てる。


「ふん! ケツの毛まで抜かれたような腑抜けに触らせるような物じゃないわッ!」



 ――物語に曰く。エメラルドの城には、偉大な魔法使いが住んでいる。



 この技術工は、何かにつけてスパナを投げつけるとんでもない爺さんだが、その一点においては物語を忠実になぞるのだ。


 翠の楽園エメラルド・エリュシオンがこのご時勢にまだ存在していられる理由。


 この老人こそがそれそのもの。二十一世紀社会にFPを送り出した張本人。


 単身で文明のレベルをひとつ繰り上げてしまった世捨て人かつ大天才。


 オズウェルド=イーストウッドおう。通称――使


 FPという夢の機構を作り上げておきながら、外部の作成データを全て処分し、彼と彼の仲間達はこのスラム街に引っ込んでしまった。


 当然、国家単位で夢よりもヒトはある目的でそれを求める――軍事利用目当ての連中は当たり前のように楽園へ詰め寄り、そして撃退を余儀なくされた。


 現代の技術では近づくことすらできない偉業と、それを知る者。国家に与えられる恩恵、そして悪用への対抗をはかりにかけた場合、大抵がその秘密ごと処分するのが定石セオリーだろう。



 ただ、あまりにも天秤は傾いていた。


 だってそうだろう。。確実に。


 金をいくら積んでも首を縦に振らず、国家権力が銃口で脅しても――あぁ、それはたまらない一幕だった。



『はン。やりたきゃやれよ若造ども。どうせ老い先短い人生だ。孫の顔も見れたことだしな。ガラクタ弄りなんぞ天国でもできるわ、カーッカッカッカッカ!!』


 こうして、世界最大のスラム街は今の形となった。


 日々不法投棄されていく人類の残骸の中で、今日も新たな魔法が目覚めて眠る。


 来客が粋なら或いは授け、無作法者なら叩いて追い出す。ここはエメラルドエリュシオン。骨董アンティークにして最先端フロントラインの大スラム街。



 ――その日の来客は、ジャックの頭にスパナでなく拳骨が落とされる瞬間を目撃して固まった。


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