第14話/2 オールドスターロマンス
この雑多極まる不法投棄スラム街にあって、一等地と呼べるガレージ。
バイクや車のタイヤ、飛行機の羽など、多種多様な乗り物のパーツが所狭しと住み込んでいるあたり台無しだった。
トタンの屋根に入った亀裂を、乱暴にベニヤ板で補強している。隙間から差し込む光は霧雨のようで。漂う埃が反射して煌く様は、本来の空気の悪さを押しのけて、機械油くさいファンタジーを演出している。
ガレージの中心にはひとりの少女がいる。椅子が性に合わないのか、汚れを
少女の回りで駆動する機械群は、知らない者が見ればおもちゃ箱に映るだろう。床に座る少女を見下ろすように囲む、コの字のデスクには壊れかけのPC。ファンは断末魔に近いうめき声を上げながら駆動している。ブラックスクリーンに散歩のような速度と不規則さで流れていく緑色の文字。何本ものケーブルを繋がれた、大人の頭くらいの立方体。まるで黒一色の大きなルービックキューブ。一目見て何だかわかったものではない。
そして、見る者が見れば、この光景を額縁に収め、永遠に保存しようとするか――あるいは畏怖からこの場を逃げ出すのだろう。
ファンの音に紛れて、カタカタとキーボードを叩く音が聞こえる。こちら側からではその背中しか見えないが、おそらく膝の上に乗せているのだろう。
――在りし日のピアノを思い出す。弾きたい曲があったわけでもなく、指の運動の限界を要求するような楽譜に挑むでもなく。ただ、音が鳴るのが楽しくて仕方がなかった。
カタカタと、知識がない自分とっては未知の式を打ち込む少女。リズムはきっと、彼女の頭の中にあって。だからこそ他人からしてみれば不規則きわまりない、時計の針とは正反対の即興曲。
言われてみれば納得の没頭具合だ。このままでは差し込む陽射しが月光に変わっても気付くまい。
「カレン」
声をかける。キーボードを打つ手が止まる。眠気を誘うメトロノームのようにゆっくりと、頭が右に揺れて、左に揺れて、それから薄暗い天井の先――空を見上げるように頭を上げてそのまま……ぱたりと仰向けに寝転んだ少女と逆さまに目が合った。
「…………」
「…………」
見つめ合うこと数秒。カレンはオレの言葉を待っている。
「えっと、カレン。昼ごはんにしよう。朝からずっとだろ?」
「ごはん。えっと、」
昼食は同意しながら、そのうえで寝転んだまま、首を横に振った。
「え、なに。もしかして昨日の夜からとか……?」
こくり、と頷く。
「昨日の夜から」
これはじじいもオレを頼るわけだ。
「よし、カレン。今日はもうおしまいだ。ごはん食べて寝よう」
言っておきながら凄まじい堕落生活っぷりだとは思うが、行うのはオレではなくカレンだ。人間、寝貯めができる器用な生き物ではないが、失われた睡眠時間はどこかで補充しなければいけないと思う。
……人の事はまったく言えない生活をしてきたけれど。
「今日はもう、おしまい。ごはん」
オレの言葉を自分の口で転がして、また頷く。やはり膝の上に乗せていたキーボードを床に置き、仰向けのまま息を殺して背伸びをする。
まるで怠惰な猫のよう。寝返りを打って、今度はうつ伏せになり、のそのそと起き上がるのを待って、手を伸ばす。
「ん」
「ん」
引っ張り上げると、やっとカレンも覚醒したようだった。ぱちぱちと
出口に向かう前に、黒いキューブの側面を、愛しい者の頬へそうするように撫でるのをオレは眺める。
オレは、この立方体が何であるかを知っている。
そして、オレにはこの立方体に対して取れるアクションがないことも知っている。
「……じゃあ、またね。おやすみ」
それでも、そうやって声をかけた。
カレンは小さく笑みを零して、
「おやすみ」
と、オレの言葉に続いて言った。
手を繋いで、家への短い道を歩く。優しい歩幅は果たしてどちらに合わせたものか。見飽きるほどに雑多な瓦礫の王国。
左手に持ったラジカセからは、相も変わらず他人事が垂れ流されている。
――季節はもうじき春。どこか遠くで、カーンと鉄を打つ音がした。
繋いだまま、カレンが手を大きく振る。
まるで、空いてしまった隙間を埋めるように。
「……カレン、今度街に出ようか。そろそろ買い込みもしたいしさ」
「街ぃ……?」
なんたる
いや、まあ。それはそれで、正しいとは思うけどね、カレン。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます