第13話/9『ランスロット』
――――真夜中の幼い日を思い出す。どうしてきみは、ずっと繋いでいたその手を離してまでして掴んだ首を、離したのか。
――――なんでもない日の雨を思い出す。ねえ、どうして傘に入れてくれたの?
――――聞こえる真夏の大歓声。その
響く鐘の音。私はどれだけ手を伸ばしたとしても、きみを捕まえることができなかった。
/
「……っ、どうして」
ラスベガスの天空を走る二つの赤へと猛追する流星が一条。光を生み出しているのは、メーカーがその人物のためだけに作り出したと言われているモデルだ。
追いつかれる。あり得なくはない。FPボードの名前そのままの
「どうしてアンタが、そのボードに乗ってンのよ――!」
直角上昇。力任せのターン。急下降。HT2Sと並走していたサンデイ・ウィッチが空を切り裂く。稲妻が地上から空へ昇るなどという、摂理の乱れを赦さない神の鉄槌のように。かつて目の前で砕け散ったボードをもう一度砕かんと強襲した。
「シナリオとしてはそう悪いものでもないだろう? ドロシー。君が誰よりも知っている筈じゃあないか」
ランスロットは懐から銃を引き抜く――無骨に伸びた銀色は、44口径のマグナム弾を吐き出す、最強の自動拳銃と誉れも高いデザートイーグル。かすっただけでも人体は損壊し、連続で直撃しようものなら飛行艇でさえも破壊せしめる凶悪な武装。
直上からの急襲に対し、コンマの判断を要求されながらも余裕を持って回避する。顔の真横を過ぎて行く光の粒は密度と速度が帯を成している。その道を辿るように銃口を下げ――ああ、その先に必ずいるのだから、あとは引き金を引くだけで事は足りる。
その瞬間を、横殴りの雨のように殺到したガトリング砲の弾丸が削り取った。
「おいおい、止めるのか、カカシ。ランスロットはドロシーを恨んでいる。そうだろ?
カカシは答えない。ゴーグルの奥の瞳で、その顔を視界から外さないままに飛行艇を走らせる。
「レイチェル、二秒だけ操舵をオートに」
≪Pi.≫
地上と直角に機体を倒し、一対の翼は旗のように光帯を靡かせる。邂逅、接敵。操縦
「……は、ははは。はははははッ!」
笑い声が遅れて届く。
『また、空を飛ぶんだね……!』
思い出が一つ、夜空に砕けて散った。ゴーグルの破片が額を裂き、眉間へと流れる血は玉となって後方に飛んで行く。
「なんだ、思ったより覇気があるじゃあないか、
見る者が見れば、それだけで感嘆させる淀みのかけらもないターン。肩を竦めてGRのリーダーは嘆息した。
「だから、なんでアンタがッ! アンタなんかがアイリスたちと一緒にいるのかって聞いてンのよッッ!」
対して直下からの方向転換。撒き散らす光の粉は刃物のように。同じだけの鋭さをもって睨み付ける。
カラーズ“GR”。銀河鉄道。カカシにその覚えがないのはある意味当然だが、ドロシーにとっては違った。何度も見た顔だ。
アイリス、ジョン、ペドロ、シャイロック。ランスロットが率いているのはかつて――FPライダーのプロチーム、<IRIS>として空に名を馳せた四人の名前。
だが。
「――まあ、僕はその日を知ってはいても、その場に居なかったわけだけれどね、ドロシー。アイリスたちは、僕がランスロットでも構わないと言ったから、そうしているのさ。地上戦ではアイリスに華を持たせたけどね。まったく、レオさえ邪魔をしなければ、FPライダーの報復はきちんと成立しただろうに」
銃口を向ける。何もおかしなことはないだろう、と瞳が笑う。お前はそれだけのことをしたのだ、と。夢を奪ったツケは此処で支払え、と――その視線がライダーの意思を代弁した。
ドロシーの瞳が揺れる。それを、
「……なるほど。本当に実感が湧かないけど面倒だな、そのランスロットっていう名前。僕は僕で理由があったから飛んでいただけなんだけど……FPライダーは、少し荷物が多すぎやしないかなぁ」
ランスロットと同じ高さで滞空したカカシが止める。
「彼女たちが空に何を望んだのかは知らない。同性同名のライダーがいても別に構わない。飛行技能もランスロットに劣らないことも認めるよ。だけど、ドロシーを狙うのは許さない――ソレは、僕のものだ。僕みたいに支払いもしてないのに横から掻っ攫おうとするなんて、強盗のすることだよ、カラーズのランスロット。……いや」
「……
ライダーの伝説に曰く。空において彼にできないことはない。
都市伝説に曰く。彼にできない役はない。
「ふっ、は。はは……」
名前を棄てた者。名前を
二人のランスロットが見つめ合う。
「はははは、ははははは! この事は内密に! 本官が先輩にぶっ殺されてしまう! 僕はきちんとランスロットを演じ切るからさ。だから君らはここで落ちろ、OZ。私は――主役を譲らない」
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