第13話/8 震える槍


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『はァー!? 先輩あと何分かかるんですか!? は、急行中? いえサボってないですもん! 普通に情報集め行って来るって言ったじゃないですかヤだもうこの上司! 先に突入って何言ってんですか自分無双キャラじゃないんで武装集団の相手とか単騎でできませんよぉー! ……はい? はい、はい。オゴゴゴゴわ、わかりました。早く来てくださいね!? 場所? あれっ把握してないとかマジですか、『ディエゴ・キャロッテホテル』の二階の大カジノフロアですって! カラーズはGRが先行して、え? なに張り合ってんですか勘弁してください! ほんと急いでくださいね!? 可愛い後輩の命と出世がかかって、は? 二階級特進申請? 死ぬこと前提にしないでくださいよぉー!』


 などとたいへん心温まる電話の遣り取りの後、彼は緊張からネクタイを緩めた。深呼吸は一回。外見上は落ち着きを取り戻し、未だ炸裂するまえの火薬が大量に押し込められている――ような危ういカジノフロアをようする、両脇に長いエスカレーターを伸ばしたホテルのロビーを一度見上げ、足早に進んだ。



「どーも。世界警察本部から来ました、警部補のウィルです。あ、これ自分の手帳です。はいどーも。現在このホテルの二階、カジノフロアにてミリオンダラーが確認されました。支配人以下従業員の皆さんとお客さん達にはたいへんな目に遭うかもしれませんがどうか、間違った選択はなさらぬようにお願いします。えーと、監視室はどちらに? はい、直行します。はい、はい。現在カラーズのGRが警察より早くカジノ入りをしてまして、自分はその制御も受け持つ羽目に……あ、今のナシで。ベガスの警察主力部隊はホテルの周りに配備しました。以後の指揮権はサクライ警部が到着後に譲渡、という形になります、はい。慌てず騒がず……は無理ですよねー。避難の誘導にはこちらも人員を割くので、よろしくお願いします」


 金魚のフン、というレッテルを返上するかのようにきびきびと、そして可も無く不可も無い感じでカジノの監視室に入り、幾つものモニターを口を開けて眺めた。


「これは……えーっと?」



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 アクターは舌を巻いた。カジノに設置した撮影用のカメラが幾つか、その機能を失っている――いったいどうやって? 取り付けた本人であることを棚上げしながら……固定カメラもさることながら、従業員の一人に仕込んだ物さえ映らないとはどういうことだ、と。確かに私は、


「面白い、これが同輩――ミリオンダラーの二番、か! はははは、良いな。撮影のし甲斐がある。ならば挨拶のひとつもしなければ」


 踵を返し、舞台へと向かう。どたばたと忙しい足音を聞きながら、すれ違う何人もの強面こわもてたち。彼等は【役者】に対し一切の警戒心を持たずに、自分たちの行くべき場所へと走って行った。



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 不意に照明が落ちる。突如として訪れた暗闇の中、どこからか流れるアクターの朗々ろうろうとした犯罪声明――舞台挨拶。それに隠すように声のトーンを一段落とし、GRのリーダー、ランスロットは手首に巻いた小型の無線機から、自らが率いるメンバー達に指示を下した。


「アイリス、照明が復旧したらドロシーを。カカシは僕の担当だ。屋内のFPライダーだからって甘く見ては駄目だからね」


「はい、ランスロットさん」


「ジョンとペドロはスズの相手を頼む。武器無しでも相当だろうから、気を付けて」


「了ォー解ッ」


「まぁーかせてください、ランスロットさん」


「シャイロック、レオを一人で押さえられるかい」


「…………是非も無く」


「よし。相手はあの【大強盗】だ。どんなドッキリを出してきても、焦らずに。――この日の為に、僕らは研鑽けんさんしてきた。世界警察の介入があったら戦況はこっちに軍配が上がるけど……思い出して。僕らは賞金稼ぎこんなことを」


 四人の忍び笑いがアクターの台詞の終わりに混じって消える。


 落ちていた照明が復旧する。せきを切ったかのように、カジノのゲーム音をぶち抜く大音量で悲鳴が上がった。


 まず駆け出したのはアイリス――男性用のスーツに身を包んだショートカットの女性だ。指抜きグローブの嵌まりを直しながら、リーダーの指揮通りドロシー目掛けて疾駆する。あと三メートル。一秒もかからないその距離で、突如として眼前に吹雪いた大量のトランプカードに面食らって蹈鞴たたらを踏んだ。


「ハッ! 姫から狙うとは大したもんだ! 美人なら俺が相手したいもんだぜ!」


 右手に残った最後の一枚を放ってレオが笑う。


「本音を言うなら私もよ色男ロメオ。でもレオ、貴方の相手は――」


「……しッ!」


 同じくスーツに身を包んだ偉丈夫……シャイロックがレオに掴みかかり、遠巻きに固まる人垣まで粉砕しようとアメフトのラインマンさながらのタックルで走り抜ける。


「がッ……ンだよ色気の無ェ相手だな――旦那、パス」


 シャイロックがラインマンならばレオは早撃ちの投手クオーターバックか。掴みかかられた瞬間に投げられた短い筒が、スズの手の中でシャコン、シャコンと三段階に伸びた。


 いつの間にか――正確には白熱するポーカーゲームの真っ最中。警戒して近づいたカジノの正規ガードマンからレオがくすねた警棒を手に、スズは銃を持って走り来る二人組……ジョンとペドロを迎え撃つ。


「ドロシー、戦える?」


「まさか!」


 はい、と少年に手渡される少女の化粧ポーチ。だよね、と言いつつ中から取り出すのは一本の折りたたみ式のナイフだ。グリップはいつかの新品と違い――掌に吸い付くように馴染んだ。一閃は淀みなく、踏み込んでくればアイリスの首を掻き切る未来に向けて放たれた。二度目との急停止。ドロシーは持っていたミルクのグラスをカカシ目掛けて――もちろん、彼が避けることは打ち合わせさえ不要の仲だ――その後ろから奇襲をかけた最後の一人を足止めする。


「なんだ、君も女性の方を相手したいって? 


「いや、成り行きだよ。


「はーいっ! ごめんねっ! お騒がせしまーすっ!」


 その隙を突いて、ドロシーは――人込みに向かって駆け出した。アイリスは舌打ちする。。一般人に危害を加えられないということを、これでもかというほどに有効活用された――!


 それは甘んじてタックルを受けたレオもスズも同じだ。特にスズの相手をしている二人組はたったの一手……スズが立ち位置を変えただけで銃の利点を封殺された。外せば後ろの人間に当たる可能性がある。


「リーダー! どうしよう、こいつ図体に似合わず頭脳派です!」


「……だが君かドロシーを確保すればそれまでだ。違うかい」


「どうだろう。それより気をつけた方がいい。これは僕じゃなくて、


 カカシは振り返り……カラーズ、GRのリーダーの顔を見て、僅かに目を見開いて、それから細めた。


 阿鼻叫喚が加速する。波のように割れる人込みを走り切って、ガラス壁から夜景を望む行き止まりにドロシーは追い込まれた。その瞳には憤怒と言うよりも憎悪が宿っている。


 その視線は、追い詰めたアイリスというカラーズではなく――背中を向けたカカシでももちろんなく。


 



「ドロシーは、僕をその名前で呼ばれるのをとても嫌う。知ってたんだろ、GRのリーダー。朱雪姫マリアを負かせたFPライダー。……そうか、貴方だったんだな」


 ドロシーの背後に広がる夜景から、煌びやかなラスベガスの明かりが消える。闇を纏ったような演出――否。少女の激情を代弁するかのように、それは大音量で殺到した。


 少女の両脇から、ガラスをぶち破って殺到するガトリング砲の十字火クロスファイア


 カジノを逃げ惑う人々は今度こそ悲鳴を封じられた。


 真っ赤な飛行艇、HT2S。レイチェルがそのままカジノに乱入する――!


「成る程、こう来るかOZ――!」


 風圧に両腕を交差して耐えるGRの面々を他所に、カカシは先に搭乗していたドロシーの手を借りて愛機の操縦席に座った。中に置いてあったバッグを、シャイロックの組み伏せから逃れたレオに向けて放る。


「レオ、スズ、任せても大丈夫?」


「おう、後の事は気にするなよ、坊。先に行っとけ。姫を頼むわ」


 うん、と味気ない返事。飛行艇は再びフロアを加速する。進行上のガラス壁を、登場した時と同じように掃射でぶち抜いて、夜空へと飛び去った。



「ランスロットさん、すみません」


「いや、予想を超えられた。ホームで、武器もボードも持ち込み不可能にした状態での奇襲をこんな方法で覆すとは。僕が言うのもなんだが、ミリオンダラーは本当にやることが桁外れだな。……アイリス、四人であの二人を頼むよ。業腹だが頃合だ、世界警察と連携してOZを仕留めてくれ」


「はい。……ランスロットさんは?」


「もちろん、あの二人を追う。頼んだよ、アイリス」


 彼女が三人に合流するのを見届けて、彼はポケットから携帯電話を取り出した。



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 そうしてランスロットは、カカシとドロシーが飛び立った壁まで走って、そのまま夜空に消えた。


 驚愕の声が多方向から上がる。控えめに見てダイナミックな投身自殺。だが事実はそんなものではなかった。


 静寂の後、凄まじい速度で一条の光が空へと昇っていく。


 光の粉を撒き散らすFPボードはスカイフィッシュシリーズ、モデル<NASTY>。


 ラスベガスの煌びやかな明かりを下に。この夜、閉じた伝説がいま一度ひとたびだけ花開いた。



 /


『先輩ぁぁぁい! もうしっちゃかめっちゃかです! まだですか!? え、着いた? 良かったぁ……カジノフロアは地獄絵図です! はい、えーっとレオとスズがまだ残ってます。GRはリーダーが空組を追いました。え、アクター? ミリオンダラーってOZじゃなくてアクター!? ナンデ!?』


 電話を切る。ウィル警部補はため息の後、自らの仕事に向かうのであった。



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