第13話/7 『開幕』

「そんなワケで諸君。アメリカだ、ラスベガスだ、カジノだ!」


「どんなワケなのよ、レオ」


 今度の舞台はアメリカ。ギャンブルの街ラスベガス。


「ねぇ、アメリカはナシにしようって言ったじゃないか」


「あぁ? 今更言っても仕方ねえだろ、坊」


 男はがしがしと少年の頭を撫で回す。


「……仕方、ねぇだろ。都合っつーのがあんだよ、色々。坊もそれ、承知してっだろ?」


「…………まぁ、そうだけどさ」


「さっきからもう! 何の話よ!」


「気が乗らないなぁ……」


「……なるようになる、だ。行くぞ」


 大人ふたりが足並み揃えて歩き出す。


「いーかぁー? 男にゃあ退けない勝負ってのがあんだよ。旦那もそれを解ってるから文句を言わねぇ」


「……あぁ。退、だ」


 ドアが開く。……最後の大見せ場のようだ。眩い光、弾ける人々の声。


 赤い絨毯は品良くブーツの靴音を包み込んだ。


「坊、お前の分な。好きに使って良いぜ」


「ええー……」


 投げられたそれを受け取って、少年は少女と視線を合わす。

 ため息も一緒に漏れた。


「……折角だから、遊ぼっか、カカシ」


「おーおー実に盛り上がってンじゃねぇか。行くぜ旦那。手加減なんざすんなよ?」


「……あぁ」



 ドアが閉まる。こうなってはもう、外界から隔離された世界のように、何が中で起こったとしても、わからない。



「……あの二人、ずいぶんな言い方してるけどさ……」


「うん。カジノで遊ぶだけじゃん……」



 ――時代遅れの賞金首制度を世界に訴え、有り余る資金を投入し、また最大規模の犯罪者たちの巣窟。


 そんな様々なことがあって、アメリカという国はOZの面々にとってあまり気の乗らない国ではあったのだ。



 まぁそれでも、重大なモノがあったり、こういった楽しみがあったり、要人の会合とか、そういうものもあるのだって事実。


 避けては通れない国でもあるのだ。



 カラーズの筆頭。五色の【白】。<最強>チャイルド=リカーとブラック=セブンスター。


 世界警察本部、その本拠地。【Mr.ジャスティス】ことサクライ警部もこの国を拠点にしている。


 そのサクライ警部が必死になって行方を追う、ミリオンダラーの六番。【役者】ことアクター。


 それから、新進気鋭にして新たな【黒】候補のカラーズグループ、銀河鉄道GR


 ――それと、彼の肉親。祖父と双子の片割れが、この国にはいた。


 救いというか逃げ道というか。国土の広大さは端から端までに幾つもの国が収まるほどなので、一括ひとくくりにアメリカと言っても、よほどの偶然か積み込みが発生でもしない限りは、言葉どおり『対岸の火事』で片付くこと。



「どうする? あたしはパスだけど、カカシのゲームは見てたいなあ」


「……じゃあ、少しだけ遊ぼう。甘く見て貰えたら良いよね」


 ブラックジャックのテーブルに着き、ドロシーの見守る傍で、カカシはレオから受け取ったカジノのコインを一枚置く。


 若い男のディーラーは、自分の場に現れた可愛らしい客を、子どもだからといって軽視するでもなく、自然な微笑みで迎え、カードを二枚配り、自分の前にも二枚伏せ、最初の一枚を開いた。スペードのキングがまず場に顔を見せる。


 ブラックジャック。札の合計値を21に近づける、カードゲームの世界で古くから愛され続けた定番だ。J、Q、Kのピクチャーカードは10と数え、Aだけが1もしくは11と数える。21以上……たとえ22になったとしても、そこで負け。もちろん、相手より数が少なくても負け。


 少年に配られた最初の二枚はクイーンが二枚――既に20。


「……僕はさ、ドロシー。あまり、目立つのは好きじゃないんだ」


「え? うん、知ってるよ。どうしたの、今更」


 コンコン、とテーブルを二回叩く。それはHITもう一枚の合図だった。


 ディーラーは小さく片方の眉を上げ、伏せたカードを一枚、少年の手元に滑らせる。


「ギャラリーが付いちゃう前にやめてもいい?」


「あたしは、カカシを、自慢したいけど?」


「じゃあ、なおさらだ」


 カードを裏返す。ダイヤのAが現れる。


 わ、という歓声を、ドロシーは両手で口を塞いで閉じ込めた。


「21。お見事です」


 ディーラーの賞賛。裏返したもう一枚はハートのJ。


「ありがとう、でもツキが良すぎるのは怖いな」


「カカシ、すごい。ね、ね。もう一回。どうせ大勝ちも大負けも興味ないんでしょ? ねっ」


「……じゃあ、チップが無くなるまでね」


 手に入れたメダルをそのまま全部賭けて、カカシはゆるく首を振った。



 /


 カラフルなカジノのメダルが、緑のテーブルの上で、背丈を変えて行き来し始める。


 そして数ゲーム後。俯き気味な少年の頭の高さまで、山脈のように並んでいた。


 そして少年の願いも空しく、隣の少女のテンションなど些細なモノに思えるほどの注目を浴びてしまっていた。


 トレンチを手に乗せたバニーガールが背後を通る時に呼び止める。


「あら、可愛いお客様――まあ!」


「注文いいかな。。氷は抜きで」


 子どもの特権だよね、と肩を竦める横で、少女があからさまに不機嫌そうな顔をした。


「……なに」


「やっぱりカカシって大人の女の方が良いんじゃないっ!」


「なんだよ、それ」


「……あまりお連れ様に冷たくしない方が良いですよ、お客様。それと私にも手心を加えて欲しいものです」


 ギャラリーがどっと笑う。少年は頭を掻き、テーブルを叩いた。


 背後では別の歓声が上がっている。


 スロットを無表情に打つスズ。対称的にギャラリーをも巻き込んで騒ぎ立てポーカーに熱を上げるレオ。


 何だかんだですぐ目につくなぁ、とミルクのグラスを受け取って苦笑する。



「おやおや。ご両親に捨てられてしまいましたか?」


 少年と少女は顔を見合わせ……


「違うわよ。どっちかって言うと、子どもが遊んでるのを見守る親の心境。まったく、やれやれだわ」



「よっしゃコール! イカサマぁナシだぜディーラー!」


 おおお、と観衆がどよめく。ドロシーはそれをジト目で見ていた。



「はは。そうですか……でも昔と比べたら随分と良くなったと、先輩がたは言います――失礼、ブラックジャックです」


「あ。そうだな、これは勝てない」


 ああー、という嘆きの声と共に、ディーラー側にメダルの山が移動した。


 彼が言っているのは、恐らくは治安の事だろう。法と違法が入り混じる世界だ。

 表で軍警がいくら頑張ろうとも、悪は根絶やしに出来ない。


 だから、少年達も華やかに裏を生きていけると言える。


 それでも、無法の中でもルールはあり、それが破られるのも裏の性格だろう。



「凄いですよね……いや、悪者に憧れるってあるじゃあないですか」


「うん?」


 良く見ればディーラーは随分と若い。まだ二十歳そこそこだろう。……それでも二人よりは年上なのだが。


「十年くらい前に、大きなゴタゴタがあったらしいです。それを収め、裏の世界を牛耳ったマフィアがいて。今こうやって大して警察のお咎めもないのだって、その人の功績だって話ですよ」


「あははっ! おにーさん! でも犯罪者じゃない、マフィアって」


 ドロシーが笑って相槌を打つ。


「そうだね。悪のヒーローってやつ?」



「私みたいな若造には、そういうのが格好良く映るものです。ミリオンダラーを、知っていますか?」


 カードを配る。メダルを賭ける。


「うん? ……うん、まぁ」



 二人は適当な相槌を打つ。相手が子どもだからか、それとも勝ちにせよ負けにせよ、気風きっぷの良い上客だからか。ディーラーは業務に忠実なまま、距離は綺麗に保ったまま、次第に壁を無くしてゲームと会話に興じている。



「そう。良く知っていますね。五番のルナは討伐されましたが、一番の座は長年の空席をついに埋めた。ルル・ベル――そういえば彼女は絶世の美女だそうで。一度で良いからお目にかかりたいものです」


「当分はアニメで我慢したらどーぉ? おにーさん」


「ピカレスクは大好物ですよ。六番のアクターは映画館限定で、他は一度もテレビに出てこない。流石、ってところなんでしょうか。私もイギリスに引っ越そうかなぁとか思ってしまいます」


「……へぇ。それはまたどうして?」


 ドアが新たな客を迎え入れる。カジノがまた、貪欲に客を飲み込んだ。


 少年がカードを催促し、ディーラーが応える。


 まるで夢のよう。人々の嘆きと感激の叫びが、BGMを打ち消している。



「どうして、ですか。そうですね、OZと不思議の国ワンダーランドの一番出没してる場所がイギリスとイタリアでしょう? アメリカで出るのはアクターの出した映画ばかり。でも、私はかの【大強盗】のファンでして。FPで自由に空を飛ぶ姿は見れなくても、子どもの頃を思い出しては、憧れてしまうのですよ」


「あはは。おにーさんもやってみたの? ボード」


「空の才能はないと、諦めました。凄いですよね、ドロシーちゃん。どんな子なんだろう。きっと、お連れ様のように可憐なのでしょう」


「あははは! あたし、もう、だめ……笑えるーっ」


 辛抱たまらず、少女が腹を抱え出した。


 少年は息を吐き……立ち上がる。



「頃合だから行こう。……いつか、こういう切迫したの抜きで、楽しめたら良いね」


 腕時計を確認する。



 レオとスズもだ。ゲームを途中でやめる事に、何の感慨も無い様子だった。



「おや、ではこのカードは?」


「伏せたままにしておいて。


 最後にドアを潜った男は、真っ直ぐにこちらに向かって来ていた。


「あ、おにーさん。さっきの話だけど……」


「はい、なんでしょう」


 ドロシーがカカシの代わりに、ディーラーへチップを差し出す。


「誰が一番好き?」



「うーん。ドロシーちゃんも、スズ? ……でも、一番カッコいいって言われてるレオ、でしょうか。……お客様? チップにしてはこのメダルは高額過ぎですよ」



「いいのいいの。ファンって言ってくれたしね? ……ぶっぶー」


 少女は顔の前で両手をクロスさせた。


「OZは、リーダーが一番かっこいいの。行こっ、カーカシっ!」


 少女が少年の腕を組む。


「レオ、スズ、ショウタイムらしいよ。行こう」


「了解。仕掛けに抜かりは無ェな?」


「……俺も手伝った、だ。大丈夫だろう、だ」


 それぞれが別々に注目を浴びた四人が一箇所に集まる。


 地獄絵図のレシピは今夜は不要。


 大熱狂に必要なのは、場所と人員。それから人々を魅せてやまない千両役者。



 /


『警部! 情報入りました、場所はラスベガス――ミリオンダラーです!』


「すぐに行く。おい、あいつどこ行った。念願の最前線だぞ、警部補! !  誰か、あの青二才捕まえて来い!」



 /


 突如として、テロリストか――それとも中でゲームに興じていた【二番】のお株を奪う強盗か。ガードマンを押しのけてカジノに押し入る武装集団。


「いた! マジで来た! 流石はリーダー! 神予測すぎるッッ!」


「うっし。討ち取ったら俺達がカラーズの【黒】だ、全員抜かるなよ――ランスロットさん、指示をください」


 それは、あるカリスマが率いるカラーズの急先鋒。


 銀河鉄道――GRと呼ばれる専業賞金稼ぎ。


 その先には、先行してOZの元へと歩いた一人の男。


 突如として照明が途絶え、パニックの寸前に声が響く。


 ――その声は、開幕を告げる舞台挨拶のような朗々さで、人々の耳朶じだに沁み込んだ。



『はは、あまりにも豪華なキャスティングだ。心が躍る。君たちもそうであればと私は思う。――では撮影開始クランクインといこうか、諸君。六番、アクター。全身全霊を懸けて演じよう』


 照明が復旧する。


 この瞬間、三つの勢力が食らい合う、まさに大一番の舞台の幕が開いた。

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