第13話/5
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――追憶に
ラジオから流れてくる話題は、一旦FPから離れ、当時テンションの高い実況者をしていたDJマシィ――何度も顔を合わせているはずなのにいまいち顔を思い出せない――の私生活にシフトしていた。
「……ねえレオ、スズ」
二人は顔をこちらに向けるわけでもなく……いや、運転しているレオが後ろの僕の方に向いたら良くないけれど。聞く耳を用意したのが、雰囲気でわかった。
「僕はハイネに『君の復讐は正しい』なんて言ったけどさ。僕の方はさっぱりだよね。出涸らしの紅茶よりも味がないって思ったんだ」
二人は相槌を打たない。僕も、つい口から出てきたかつての自分の言葉への所感はそれで終わりだった。
ややあって、隣同士の席で一瞬だけ視線を交わしたレオとスズは、どちらともなく声を殺して笑った。
「……旦那、言ってやれよ。結構な笑点があったってよ」
ウィンカーを点滅させ、車は十字路を左折する。
「あぁ……まさか紅茶にうるさいカカシから『出涸らし』なんて言葉が出てくるだなんて思っていなかった、だ。茶葉を取り替えずに注ぎ続けたことがあったか? だ」
「…………そこなんだ」
「俺には紅茶の良し悪しなんざわかんねえけど、味の濃い薄いならわかるぜ? なんだ、坊の復讐は薄くなっちまったのかい」
「……ピーターパンは大人になりたくない子どもだからね。僕は少し、走り過ぎたんだと思う」
「それは良かった、だ。カカシ……お前は、そう……ドロシーには悪いが、今くらいの歩調だと助かるからな、だ」
「なんだよ、それ」
「イカロスとは違うっつーこった。選択した結果の今だろ、坊? ま、服のチョイスは前の方が俺好みではあったけどなぁ」
「……なんだよ、それ」
フードを被りたくなる。ドロシーの頭が邪魔になってそれもできない。
――思えば、僕はこの少女に邪魔されてばかりの人生だった気がする。
「まったく……恨むよ、ドロシー」
涙は乾いたようだった。そっと指先で頬を撫でると、ドロシーは目を閉じたまま少しだけ嬉しそうに笑った。
『――――で、今やかつての伝説は悪名高き【大強盗】と。世も末ですねえマシィさーん。こう、ドロシーちゃんの義賊っぽいエピソードとか知りません?』
『え、ないよそんなの。毎回やることがド派手で被害額は金品と別のところでうなぎのぼりになってるし、狙う相手は私腹を肥やす汚職政治家ってわけでもなければ恵まれない誰かにバーッとバラ撒いたりしないし。ま、リーダーは相変わらず
ラジオの話題はきな臭くなっていた。というか僕らの話題だった。
『
『あー。アレっしょ、獲物の取り合いでマリアージュ=ディルマを下したってやつ。さもありなん、っていうかカラーズがそうやっていざこざ起こしたらかなりヤバいと思うんだよね、ヘタしたら賞金首になっちゃうでしょ』
『今の五色の欠番って【緑】と【黒】でしたよね。ミリオンダラーは五番が討伐されたものの、七席まで埋まってます。こう、パワーバランス的にちょっと応援したい今日この頃ですね!』
『【緑】は前代未聞の予約席だからなー……となると【黒】だけど、ブラック=セブンスターの後釜か。これはミリオンダラーの一席でも捕まえないと世間的なインパクトが狙えないんじゃない? や、話題性は充分だけどね彼ら』
『えー、いけますよー。だって本拠地アメリカでしょ? アメリカにいるじゃないですか、ミリオンダラー』
『マジか。チャイルド=リカーでさえ手を焼くブラックを討ち取るとかレジェンドな流れじゃない?』
『ちーがーいーまーすー。ほら! お茶の間ドン引き! ミリオンダラー史上『最も顔の売れた男』! 微妙に興行収入発生しちゃってそのドルはどこに向かうのか!? サクライ警部以下、世界警察本部が本気で追い求めている神出鬼没の劇場型犯罪者!』
『あぁ、六番。【役者】かぁ。もう劇場型っていうか
『えへへ、実は。でもやっぱり犯罪者じゃないですか。賞金首じゃないですか。捕まって欲しいのも本当なんです。で、それならバーッと! 派手に! 昔のマシィさんくらいワッショイに! だってアクターも気になりますけど、そこはそれ! 最近破竹の勢いで名を上げているカラーズグループの“GR”に討ち取ってもらいたい!』
――GR。『
『なにそのワッショイ。感嘆詞? ま、FPライダーならエルとマリアージュ率いるスノウクリムゾンかGR
『私FPまったくダメダメですけどね、へへ。でもやっぱりマシィさんみたいなFPライダーフリークと一緒してると伝染しちゃうんです。だって、あのグループのリーダーは、かのランスロット様なんですし!』
……ハイドロビュートの家に関わった人間ならば誰でも知っている。
遺児は二人。二卵性の双子の片方は、空にしか興味がなく。
もう片方は、空になんて興味がなかった。
ひとりは復讐の為に仇の家の養子となり――
――残るひとりは、アメリカに住む祖父の家に引き取られた。これは、それだけの話だ。
「……坊、たまには面ぁ見せに行かなくていいのかい」
煙草を灰皿に捻じ込んで、レオが言う。
「それにしたって時期が悪すぎでしょ」
ラジオは無責任に他人事を垂れ流す。
僕らを乗せたビートルは目的地に到着し、ぶるん、とエンジンを響かせてから止まった。
「はい、お疲れさん。姫は起きそうかい」
シートベルトを外しながら、寝顔をうかがう。
「……もう少し、こうしてるよ」
そうかい、とレオは笑ってスズと先に出た。
「あ、レオ」
「あん?」
「ラジオ、切っていって」
そうして、僕も目を閉じる。
しかたねえなあ、とぼやきながらもラジオを止めるために伸ばされたレオの手が、続く放送で止まった。
ザザザ、とノイズが走り、DJマシィと相方の女性の声が途切れた。
『――――ふむ。ラジオのジャックは初めてだが上手くいったな。視聴者の皆様には申し訳なく。すぐに済むのでチャンネルはそのままで結構だ。私はアクター。ミリオンダラーの六番で、【役者】と呼ばれる者だ』
耳に入ってくる声は、初めてのものではなかった。
『このたび新作の撮影準備に入ったことを、名も知らぬ諸君にどうしても教えたくてね。公開はまだ先だが、一世一代の大作になると豪語しておこう。楽しみにしていてくれ。では、良い時間の続きをどうぞ』
再び走るノイズ音。次の瞬間には、
『えっなに放送中断? は? 詫びメール? なにそれ、は!? アクター!? マジか、なに犯罪予告!? ラジオで!? っていうかオレの番組だけじゃなく!? なにしてくれてんだよ六番!!!』
「……うー、なに……? マシィ?」
不意打ちを食らって昔のテンションに戻るDJの大音声が、ドロシーを起こすことになった。
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