第13話/3 スネイクス・リトルクラウン(1)



『Yeah! 全世界の空に恋したバカ野郎ども! チューニングすませて聞いてるか!? 今年もやって来たぜ、プロ・アマ関係なしのエアバトルロイヤル! その名も“Snake’s Little Crown”カップ!! さぁ、今年は誰が! 大蛇の小さな王冠を手にするのか!?』



 カナン・ヒルズ。世界最高峰のエアライド・スポット。



『世界各国ワンチャンネルを電波ジャックしてDJマシィがテメーラに伝えるぜ!! 今回のゲストはファッキンにヘビーでプレミアだ!! 録音したらダディに見つかるなよ? ストリート・ジャズの神様! まさかこいつらが来てくれるとは! “天使の歌声”アンジェラ! “ザ・サックス”レン! “悪魔のピアノ”ディドル! セッションユニット<M/A/D>だ!!聞かせてくれるのはこの大会のための専用曲オートクチュール“バトルビート”!!』



『こんだけ豪華なメンツで送るこのバトル! 今回のバトルはゲストに引けを取らないグゥ・レイトな連中だ!! CMなんざ挟まねぇ! どんどん紹介してくぜ! まずはこいつ等を差し置いてFPライダーは語れねえ! 第一回大会から世界のトップに躍り出て今回こそ王冠奪取に燃え上がる、大人禁制のFP界に乗り込んだアダルティックな挑戦者! エルが率いるチーム<シルバースノウ>! そしてエルと空に一大シーン作り出したジーナお姉さまがリーダー! チーム<クリムゾンナイト>!!』


『おいおい!「本当は日向ぼっこが好き」とか日和ってんじゃねぇ! でもウデは確かだ! プロチーム<IRIS>!!』


『DJマシィもコイツ等が来るとノスタルジーで胸が16ビートを刻んじまうぜ! 全員可愛い女の子! チーム<Sakura>!!』


『カッコイイとカワイイを独占! アイドルぶってるが猫っかぶりにゃ注意が必要だ! チーム<シロ&ヨル>!!』



『今大会最年少!! 双子のトリックを纏めるキッツイお嬢様がリーダー! チーム<ワンダーランド>!!』



『お色気なら世界一じゃねぇのか!! シングルで登場! プロライダー<カクテル・マルガリータ>!!』


『コイツ等を忘れちゃいけない!! トリックオアトリック!! 十月の終わりにはちと早いぜ! プロチーム<HALLOWING>!!』


『エルとジーナに遅れは取らない! 謎多き三人目の大人ライダー! 十二月ってハロウィンよりももっと先だぜ!? シングルライダー<ラストフライト>!』


『リベンジなるか! 熱烈なファンが付いてるぜ!! オレも! 応援してる! 優勝候補<ドロシー>!!』








『良い歳の大人から餓鬼んちょまで勢ぞろいだ! ……おぉっと、忘れちゃいけねぇ! 史上最年少プロFPライダー! 初めて大会に出たのはたったの十一歳! !! 見た目はちっこいが、間違いなく他のヤツラにとって最大の壁だ!! コイツを越えずして王冠は手に入らない!!! ! “空のカリスマ”!! “プリンスオブザスカイ”!! シングルライダー…………<>!!』


 スピーカーが揺れる。



 緑の丘に、風が吹いた。



 一同は風の向かい来る方を見る――――居るべき所には、誰も居なかった。





『うぉぉぉい!! いねぇぜ? ランスロットがいねぇ!!――――ぁん? ふんふん……なんてこった! 野郎、寝坊して遅刻との情報だ!!』




『だーが空のカミサマは容赦なんかしねぇ!! オープンザカーテン!! “Snake’s LittleCrown”――王冠争奪戦、予定時刻通りにスタートだ!!!』




 大会旗が揺れた。


 カナンヒルズの崖から、次々に飛び降りて行く、FPライダーたち。


 滑空しながら、次の崖の上昇気流を食い、大空へと舞い上がり、そしてゴールとなる飛行船へ向かって、光の粉を撒き散らしてその座を目指す。


 途中にトリックを決める天然のスポットも豊富にあり、それらを自在に活用して、誰が一番最初にゴールである空中放送局――DJマシィが放送を大音量で放っている飛行船『MEMORY-AIR』の頂点に辿り着くかを競うのだ。




 一度だけ振り向いた四人。アリス、双子のティー、そしてドロシー。



 彼等の宿敵で、憧れはまだ到着しなかった。




「……今回ばかりは溜息が出るわね、ドロシー」


「ほんとにっ! もーっ! 不戦勝なんて嬉しくもなんとも無いんだから!!」


「まったくだ、まったくだねダンプ」


「そうだね、そうともハンプ。しょうがないなぁ、ランスロットは」



「……でも、貴女には負けないわよ」


「ふんだ。言ってなさいよアリス。アイツに見せてやりたいけど、アンタ達にあたしのトリックが新たなカリスマってコト、教えてあげるから!!」




 そうして、滑空。



「……ばか」


 拗ねるような呟きは、彼女のボード……サンデイ・ウィッチから溢れ出た光の粉に紛れて消えた。



 /




『状況をライヴで送っちゃうぜ!! 現在トップはランスロットの不在から予想される通りに筆頭ライダーのリーダー! エルとジーナだ! どんどん崖を上がって――おぉぉぉぉぉ!?』


 後続をぐんぐん抜いて、少年少女が飛来する。




『こりゃあ驚いた! 若さか! 若さなのか! 思えばDJマシィも歳を取ったぜ!! ワンダーランドとプリンセス・ドロシー! すげぇ追撃だ!!』



「あはははッ! おっかしいんだダンプ! Sakuraのコたち、僕等がどっちだか解らない!!」


「そうだねハンプ! ティーは二人で一つ! いくよ!」


「「ライドオンエアー!! “ツインカム”!!」」


 空中で手を伸ばし、掴み合う。そのまま遠心力で更に上にハンプを投げ飛ばし……反動で身体を打つ上昇気流を捕まえてダンプも上がる。




 追走する二人の少女。



「あははっ! アリスもやるようになったねぇ!!」


「何を言いますのドロシー! バトルはまだまだこれからだわッ!!」



 赤と青が絡み合う螺旋となりながら上昇していく。



 障害物のない大空。だからこそ、少女たちが向かう先に立つそのは、何よりも濃厚に立ちはだかった。


「来ましたわ、お兄様、お姉様! ドロシー様とアリス様、やっぱり来ました!」


「マリアージュ、お前、オレが敵チームってことまったく考えてないだろ。誰がお姉様だよ! おいエル、何か言ってやれ。お前の妹アタマに花が咲いてっぞ」


「……妹はマリアと呼ばないと怒るぞ、ジーナ」


「そんな今更解りきった情報いらねえよどうもありがとう、死ねマイプレシャス」


「でもランスロット様はお寝坊……わたくし、悲しいです」


「DJでは無いが――歳は取りたくないものだな、ジーナ。ランスロットが居なくとも、それに次ぐ子たちが今、私たちを脅かす急先鋒となっている……なぁ?」


「あぁ、ちと夢を見すぎじゃねえか、少年少女。まぁ? あの坊やに迫る勢いなのは認めるさ。からね。オレたちが認めてやる。食らい付いてくるがいいぜ、糞餓鬼ども! 活きが良いのは歓迎さ、大歓迎さ!」




 /




「おおらぁ! 着いたぞ坊! さっさと行きやがれ!」



 開幕から既に十五分。最早誰も居なくなって、大会旗だけが空しく揺れる草原に、

 爆音と草と煙を撒き散らせながらフォルクスワーゲン・ビートルがドリフトで進入してきた。




「ごめんね、レオ」


「いいからとっとと行けっつーの! 姫をあんまり待たせんなよ、約束あるんだろ?」



 飛び出る姿はボードを持った少年。黒い破れたカットシャツ。紐の付いたジーンズ。首には――



「ランスロット……忘れ物、だ」




 助手席から投げられる金色。



「おっと。……ありがとう、スズ」



 たった今、在るべき場所へと戴冠された王者の証。王冠のネックレスを首に下げ、少年は走り出した。










『トップは入れ替わっ、らねえな! 分厚すぎる壁だろう! 赤い夜と銀色の雪! 攻めあぐねるワンダーランドとドロシーちゃんがほぼ一緒だ! 崖はもうすぐ終わってトリックひとつキメれば大空が待ってるぜ!


 ――――って、待て待て待て待て!! スタート地点に来てるのは……? ラァァァンスロットォォォ!!! 遅ぇ、遅ぇぞ王子様!! シンデレラもカボチャの馬車も全部逃げた後だ!!  間に合うか!? 今回ばかりは諦めて参加賞の特産オレンジジュースだけ貰うのか!?』





 少年はひた走る。追い風が吹いていた。



 瞬間、飛行船の誰もが動きと言葉を止めた。


 初代優勝チームも、ジャズユニットも、喋ることが仕事のDJも。



 伝説を目に、動きはおろか呼吸すら時と止める――!






 ランスロットが走る先は大会旗揺れる高さ15メートルのポール。飛び上がって掴む銀色。足にかかるボードはスカイフィッシュシリーズ・モデル『NASTY』。



 黒皮のグローブが呻き声を上げ、少年の身体を回した。そこからは速い。ぐるぐると回転しながら、次第にボードは僅かな――本当に些細な――上昇気流を捕まえ……待ってましたとばかりに、光の粉を吐き出した。




『ア、ア、ア、アッパァァソォォォウル!!! 17ローーーールッッ!!! とんでもねぇぜ、夢でも見てんのか俺は!! なんッて無茶苦茶NASTY!! これこそかのボードの持ち主!! 誰より早く大空に駆け上がったのは、誰より遅く来たカリスマ王子、ランスロットだぁぁ! 俺は理解したね! 兎と対戦した亀はこんなカンジで勝ちやがったんだ!! じゃなきゃジャパニーズシネマの怪物ガメラだったとしか考えられねぇ!!!』



 飛行船から発射するDJの興奮。全てのライダーが目を剥いた。


 崖を飛び降りてから気流に乗って空へと伸び上がるのではない。


 空前絶後のショートカット。スタート地点に立ったポールから螺旋上昇し、そのまま未踏の空へとする――!



 まさか。ありえない。そんな声が出ては消えて行く。




「あっはははははは!」


「さすがだよ、さすがだね! ランスロット!!」


「だけど! まだまだ!!」


 けれど四人の少年少女は、笑っていた。一斉に崖を駆け登り空へと飛び立つ――!


 待っていたのに。一瞬の間の後には、いつの瞬間も変わらなかった、見上げる存在へと成り果てた、自分達のへと向けて。



「勝負はこれからだからねっ! ランスロット!」



 役者はここに揃う。総勢十九名、八つのチームが王冠を手に入れるため、次々に大空へと飛び出した。



 ――この大空が、まだ、楽園だったころの切り取られた一幕。

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