第13話/2


『――――だそうです。やはり一番の話題は七月にあったルナの討伐でしょうか。ミリオンダラーの影響ってやっぱり大きいんですよね。一部市場で株価の変動が嘘発見器のグラフみたいに上下したとかなんとか』


『その例えさ、嘘吐いてる時の反応じゃん。大丈夫? 後ろ暗いコトあるんじゃない、君』


『ええー、そんなわけないですないです。超っ健全ですよー。やだなー』


『どーだか。はい、じゃあお便り読んでね』


『はぁーい。では一枚目。RNラジオネームウェッサイガッサイさんからのお便りです――』



 ――フロントに置かれたラジオからはそんな放送。レオの運転するフォルクスワーゲン・ビートルは夜の道を行儀良く走っている。助手席にはスズ、後部座席に座るのは僕と、僕の肩に頭を乗せて眠るドロシーが座っている。


 レオのビートルには元々、ラジオや音楽を流す機械は搭載されていないので、こうやって、今や本気で骨董品になりつつあるラジオのデッキがアンテナを立ててフロントに座っていた。離れた相手との会話だって画面越しに顔を合わせて行える時代、個人の世界へ向けて発信するサービスに動画が主流の現在において、電波による無線放送自体が生きた化石と言っても良いだろう。


 二十一世紀初頭から、急激に衰退していったこのラジオ放送という存在は、今や空いている電波帯によくわからない人種が席を置いて、本物の無法地帯と化している。


 どこの誰とも解らない何者かが、どこの誰とも解らない受信者へと送る、宛て先不明あるいは不要のメッセージ。書かれた内容ではなく、書くことを目的としたような、自分勝手で我侭な――最終的に誰かが拾ってくれさえすれば万々歳、とでも言うように、大海に放たれたボトルメール。


 お金にならないので手放された帯域から放送を行う方も酔狂だが、それを受信する方も似たようなものだ。具体例は運転しているレオ。


 それと、拾い聞きしてみればこの放送には一定のリスナーが存在し、自作自演でないのなら開示されている放送局にメッセージを送る程度のファン? もその中にはいるらしい。


 聞き入る、というほど熱心でもなく。けれど会話をしなくとも勝手に間を取り持ってくれる、BGMよりかは人間味のある雑音。



『あぁそうそう。FPと言えばマシィさん、最近はどうです? イチオシのFPライダーとか』


 ラジオからは、そうして責任を取らない人々が、責任を取らない人々へと会話を聞かせている。


『っはー。“空は潰えた”ってのはいま【青】のカラーズやってるジーナ……は、怒られちゃうか。カーミンフック船長、の言葉だよね。FPボードは言っちゃえば完成されたオーパーツみたいなもんだから、潰えるも何もライダーはたくさんいるよ。でも悲しいかな、アレ以降ホラ、純粋に技量云々ならトップ連中はみーんな賞金稼ぎか賞金首になってるから、オレも堂々と応援とかできないのよ』


『空にゴールテープってないですもんねー。あ! でもほら、こないだあったあれ! あれ私もすっごい興奮したんですよ!』


『なぁに、それ。どの話だろう。図書館襲撃事件ならもう【大強盗】はロンドンに恨みでもあるのかなって思っちゃうよね』


『ああー! あれも興奮しました!』


『発情系女子かな! アングラ一直線のラジオ放送だからって自分を曝け出し過ぎじゃない、君』


『マシィさんが猫被りすぎなんですよ。昔のもっとアゲアゲ系な方が楽しかったなーって』


『オレの話じゃなくてさ。次のお便りも待ってるから、なに?』


『あ、はい。ほら、不思議の国ワンダーランドの! シャンゼリゼから凱旋門までの超ロングラン!』


『あっあー。アレね。うん、ホントにアレはなー。思わず滾っちゃったね。アリスお嬢様も非公式ながら……一流の前に“超”が付くライダーになっちゃってもう』



「はっは。アリスの嬢ちゃんも有名になったもんだな、坊」


「ミリオンダラーだから、有名と言えばもうとっくに有名でしょ」


「……“不思議の国の”アリスは知っていたが、カカシはFPライダーとしてのアリスを知らなかった、だ」


「う……それを言われると、うん。というかアリス本人に言われたよね。ちょっと、申し訳なくなるよ」


 息を吸って、吐き出す。


『いいなぁー。アリスさんたちの昔のエアライドをナマで見たことがあるってマシィさんいいなぁー』


 夜の道路を照らす街灯の連なり。ラジオから聞こえてくるのは、もう三年も前に終わった、真夏の大空の下での話だ。


「ん……」


 僕の肩を枕にしているドロシーが、ちいさく身じろぎした。こうして眠っていると、とても静かな彼女の瞳から、音も無く、一筋の涙が流れ落ちる。


 どんな夢を見ているのだろうか。この、ひとつ年下の少女が泣く時は、いつも大粒の涙が零れる。それは決して泣くまい、と堪えた結果なのであって――そうすることのできない夢の中での出来事が原因なら、こうして静かに、気づかれることをいとうように、流れてしまう。


 /


 人差し指でそっと少女の目元を拭う少年の姿をバックミラー越しに見て、レオはもう何度目かの質問を、ラジオの音声に隠れるように――少年の所作と同じく、少女の眠りを妨げない優しいトーンで投げかけた。


「坊。まだ姫のこと、恨んでるのかい」


「…………恨んでるさ」


 あまりにも清らかな憎悪の告白。その言葉を口にした少年の表情を見届けてから、レオはほんの少しだけ窓を開け、ハンドルを片手持ちに切り替えて煙草を銜えた。


 車外に抜け出していく紫煙と、外から入り込む些細な夜風。


 ラジオからは無責任な第三者の声がする。



 ――瞬間。少年の脳裏に、或いは少女の夢の中に。置き去りにしてきた約束が、ぎった。



 /



『いーい!? 今度の勝負で、絶対あたしが勝つんだからね!』


 びしり、と音がしそうなくらい気持ち良く向けられた指を見て、少年は深い溜息をついた。


『はいはい。何勝したか忘れたけど、0が1になれば良いね』


『アンッッッッタのその余裕がッ! あたしは大ッ嫌いなの!!』


 少年は耳を塞いだ。


『ぜぇ~~ったい勝ってやるから! ……ちょっと聞いてるの!? ねぇ!!』















!!!』




 ――幻聴きこえる真夏の大歓声。


 雲の白ささえ塗り替えてしまいそうなほどに突き抜けるような空の青。


 太陽からは六角形の鎖。切り取られた白光は、吹雪のように舞い踊るフェアリーパウダーにけぶる。



 今となっては遠い過去の話だ。


 その少年の名前は、全てのFPライダー……飛行症候群ピーターパンシンドロームにとって『空』と同じ意味を持っていた。



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