『強盗童話』/4

ジ・アクター

第13話/1


「ところで先輩、【役者】の映画って観たことあります?」


 夜。アメリカの場末の屋台――胡散臭く『OH! YEAH! RAMEN』と看板に書かれた――“家系”を致命的に間違えた店で、スーツを着た二人の男が、煮玉子の代わりに目玉焼きの乗せられたラーメンの丼を見下ろしながら、つまりは視線を合わせずに会話をしている。


「資料としてはな。なんだ青二才。貴様、賞金首のことについて……いやリカーのことも現物を知らなかったくせに、あの六番のことは知っているのか」


 眉を寄せながら答える壮年の男性は、割り箸を持つ前に、出されたラーメン――バッタモンとオリジナリティが混在しつつも本来のラーメンへのリスペクトを怠っていないカオスな料理――へ手を合わせて答えた。


 ――サクライ世界警察本部警部。日々賞金首と賞金稼ぎが世界を賑わわせる中、胸のバッヂに羞じない働きを見せる、国家連合公務員の一人であり、また現場の“トップ”でもあった。


 警部という役職は、彼の功績に対していっそ不名誉なまでに低く、だからこそ彼はその地位を好んで受け入れている。事実、世界中を飛び回り、警部という肩書きはその段になって『現場の総指揮を執る』というためだけに使われる。言ってしまえば、これ以上の地位役職は、からこそ、彼はサクライ警部、という自分で居続けている。【白】のチャイルド=リカーが彼のことを閣下、と呼ぶ理由は皮肉以外にその辺も関係していた。


 曰く、色つきのカラーズ以外でただひとり、ミリオンダラーを捕まえる人物。司法の番人。弱者の為の剣にして盾。質、量ともに高レベルの賞金首が跋扈するアメリカ本国に主に身を置いている理由もそこにある。


「そりゃあアメリカに住んでる警察なら誰でも知ってますよぉ、は。や、ナマのチャイルド=リカーを知らなかった自分が言うのもなんですけど、先輩が『アクター逮捕候補』の筆頭ってこともきちんと知ってるくらいには? へへ。で、その六番。前のからもう一年以上経つじゃないですか。そろそろまた動き出すんじゃないかって情報課の同僚――あ、あんま褒められた話じゃないんですけど、微妙にファンな奴が言ってたんです。ほら、何事もファンの目って結構良いセンいく時あるじゃないですか。先輩的にどうなのかなって」


 ずぞぞ、と目玉焼き入りラーメンをすすってから、サクライの後輩――若手ながらも世界警察本部、その警部補に位置する青年は興味津々、といった風に続けた。


「……本当に褒められた話じゃあ無いな。あんな奴の行動に嫌悪以外を抱いて警察が勤まるか馬鹿…………む。ゲテモノかと思えば微妙に覆してくるなコレ」


 叉焼チャーシューではなく、薄くスライスされたローストポークまでも入ったラーメンを食べて、遺憾ながらもその味を認めるサクライに、後輩は少し得意げに相槌を打った。


「でしょでしょ、最近の当たりですよここ。……怒られそうだなー。でも言っちゃいます。その『前回』を自分、ちょうど非番だったんで観ちゃったんですよたまたま。やー、ホントはほら、話題になった恋愛映画観たかったんですけどね。レア度ならレンタルされないアクターの方が、いたっ!?」


 容赦無く拳骨が落ちて頭を押さえた後輩であった。


「貴様、それは観た時に言えってんだ! ……本当に警官が似合わん男だ。経歴も含めてな。俺にこうやって拳骨落とされている身分でいいのか、あぁ? 。本来なら俺と同じかそれ以上になっているだろう、キャリア組なんだ」


 憮然としたまま食事を再開させるサクライを涙目で見やり、それからその、役職で言うのなら、彼の言う通り本来――現場で汗水垂らして働くより、本部のデスクで仕事をすることが似合っているであろう後輩は、思い出し笑いのような、それでいて少し恥ずかしいような、なんとも言えない笑みを浮かべた後、隣に倣ってラーメンをさっさと食べた。


「先輩もそうでしょ、サクライ閣下。ホントはアンタ、ビルの高い場所で黒革張りの椅子でふんぞり返ってるのが仕事のハズじゃないですかぁ」


賞金首が減る、っていうなら俺もそうしてる。だが現実は。だから貴様とこうして、こんな時間にメシ食ってる」


「……だから、です先輩。憧れなんですよ。だから先輩に拳骨打たれてもヒィヒィ言いながら現場やってます」


「あ?」


「先輩が、って言ってるんです。なってみたかったんですよねー。ってやつ。まさかこんなに辛いとは思いませんでした!」


 ごちそうさまでした、と意味もよく解らずに手を合わせて頭を下げる後輩に。


「……ふん」


 と、サクライ警部は鼻を鳴らすだけだった。



 ――ミリオンダラーの六番。【役者】ことアクター。


 世間を賑わす八組の劇場型賞金首の中にあって、完全に異端な存在。そして、これ以上ない程にと言える存在でもあった。


 賞金首の制度が導入されて以降、その八ツの席次を巡って数多の賞金首がその椅子に座り、またあえなく討伐、消滅していく中で。その始まりから一度も空席になっていない場所が二つあった。


 ひとつは三番。【ザ・ゴッドファーザー】アルフォートファミリー。


 そして、もうひとつが六番。


 アクターの犯罪が世に出るのは、頻度として一年に一回以下。そしてその一回が、他のどのミリオンダラーよりも世界を熱狂させてしまう、というのが実に性質たちが悪い。


 端的に言ってしまえば、アクターの犯罪は、自身の犯罪それを映画にして劇場公開してしまうというものだった。


 もちろん無許可。当日になって目当ての映画を観に来た観客は――この後輩のように――突然予定と違う映画を見せられる羽目になる。それだけで迷惑極まりないが、困ったことにその映画は自己顕示欲の高いテロであることを差し引いても……映画として完成していた。


 お陰でアクターの映画が上映された映画館は注目を浴び、中にはコアなファンが生まれ、その影に隠れる形で、題材となった犯罪が後出しで露呈する。


 そして、そのどれもがアクターという存在を構成する重要な要素だが、サクライ以下、世界中の警察機関やカラーズを悩ませているはそうではない。


 彼は、自分が主演の映画を、自分自身の手で作る。


 自分の犯罪を仕掛けたビデオで録画、音響を入れ、編集する。


 それを、一本の作品として世に送り出す。



 自分の描いた脚本に妥協は無く、キャラ作りの為の肉体改造も、本物の役者より本格的に行う。誰よりもある意味で『顔の売れている』犯罪者であるにも関わらず、彼を捕まえられない理由にこれがある。


 しかし、アクターの恐ろしさはそんな些細なことではない。


 巻き込まれる側には当然台本など用意されていないのだから、収録は総アドリブ……ということになるのだろう。


 出演者の反応を予測する洞察力。未来予知にさえ迫る状況判断能力。


 そして、本質だが……事実、のだ。


 彼がガンアクションを撮りたい、と思い製作したなら、彼に選ばれたガンマンよりも銃を上手く使いこなして倒し。


 格闘ものにしようと思ったのなら、銃が素手に変わっただけで終わりは変わらない。


 彼に操縦できない乗り物は無く、彼が扱えない機器、コンピュータは存在しない。


 過去にラブロマンスを出したことがあったが、これも同じだ。


 ……この場合、彼の闘いは如何にして相手をモノにするか、に変わるだけ。



 故の最強。大半の人間は銀幕スクリーンの中でしかアクターを知らない。


 映画を作って公開する、というその特異性から犯罪更新頻度は低い――が。


 その、およその活動ペースを鑑みて、そろそろ新作の公開、ないしはが行われるのではないか――という推測。


 ミリオンダラーを語る時、人は当事者ではいられない。あくまでも自分は蚊帳の外だから、という麻痺した感覚で面白おかしく伝聞が行われる。



 だから、同じミリオンダラー。その【二番】の彼等であっても、その情報を聞いたのはまったく違う場所で、どこから発信されているかも曖昧な、車内に流れているラジオ放送からだった。


 ライバル視されている【八番】とも、血縁という繋がりがある【三番】とも、友人が紡いだ因縁のある【五番】とも違う、まったく関係のない、同じ椅子に座っているだけの賞金首。


 その活動に実感を持てないのはお互い様なご同輩。いくつかの共通事項を除けば、それだけの乖離が彼等にはあった。





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