第1話/4

「ただいま、レイチェル」


 僕はにそう言うと、乗り切れないテンションのまま、自分の愛機に乗り込む。


『おかえりなさいませ……予定より、少し早いようですが』


 レイチェルはいつもの様に受けて、質問。僕の代わりにドロシーが答えた。


「うっふっふー。面白いことになってきたの! ねっ! だから早く、早く行こう!」


 答えになっていなかった。


「……簡単に言えば、休日はもうおしまいってことかな」


『かしこまりました』


 キーを差し込む。モードはスリープからアクションに変更起動。吸気開始。


『HT2S<R>起動――システム、全て良好。……オペレーションの選択はどのように?』


 いつも通りのレイチェルの確認が入る。沈着冷静で、揺れることの無い声。

 けれど。いつも通りに最後の確認をする。

 その時だけ。彼女の声は優しい、僕を試すような色を滲ませる。


 まるで“ダンスのお相手をお願いしても?”と誘ってきているような、レイチェルの遊び心を垣間見れるその瞬間が、好きだ。


 だから僕は、こう答える。


「決まってる。勿論……モードはで」


『良い選択です、マイマスター』



 /



 人命はどうしようもなく時価で、にとっては今回、自分たちの行動で失われた命の数々は、強奪したブランド品よりも価値がない、ということだ。


 では、彼ら自身の値段はどうだろう。


 この度、沢山の被害を出した犯罪者。


 自ら【大強盗】を名乗る彼らに懸けられた賞金は、果たして強奪したブランド品よりも価値があるだろうか。


 答えは一目瞭然である。


 


 世界中の賞金稼ぎの標的。


 のさばる悪の二十一世紀代表。


 知名度、賞金総額、被害、なによりの話題性。


 世界に名だたるそのは【ミリオンダラー】と呼ばれた。


 八組に序列は無し。また、八組以上に増えることもない。


 壊滅、死亡、逮捕などをされた時に空席が生まれ、新たなミリオンダラーは、その席に座るのだ。二つ以上の空席の場合、原則として番号の若い順に、名前が刻まれる。


 今回の事件から二年ほど前、ミリオンダラーの【二番】の席が埋まった。


 八組の中で【大強盗】と呼ばれる四人組である。



 ブランドビルを襲撃した強盗。何よりも彼ら自身が一番、自らの価値ついてはよく理解していた。


 奪った金品を愛でることもしない。役者ぶって名刺を置いていったものの、その後の彼らはとてもクレバーに、自分たちに懸けられた賞金と、それに見合うだけの後の人生についての考えをまとめている。


 自分に貼られた値札の値段で自分を売って、それで一財産築けるならそれに越したことはない。そんな楽なことはない。それが出来れば世の中はもっと簡単で、それが出来ないからこそ、彼らは強盗なんかをやっているのだ。


 強盗行為での最重要は、最初と最後。ようやく彼らは、特に逃亡というミッションの中で一番のプレッシャーがかかっていた運転手の男は、煙草を吸って一息つけるだけの余裕を見出せた。


 派手なイントロで阿鼻叫喚のコンサートを開幕させて、警察の追跡開始を一瞬でも長引かせて。やっと最後……姿をくらます最後の大勝負までの、僅かなインターバル。


 何事もなければ一時間は正義の鉄槌はやってこないだろう。それだけの猶予ゆうよがあれば、全てを終わらせて、リーダーが持参してくるはずのシャンパンで、仲良く乾杯までやっても釣りがくる。


 黒いベンツはロンドンのメインストリートを抜け、今はなだらかで田舎らしさが感じられる、緑豊かで牧歌的な道を、やはり制限以上のスピードで走っていた。


 視覚を遮る物の殆ど無いその道を、だが油断せずに助手席の一人は左を。運転手は前を。後部座席の二人はそれぞれ右と後方を見ていた。


 ――そして。がしゃん、とマシンガンを構えて舌打ちしたのは、後方を受け持っていた男で、ブランドビル突入の際には一番先に踏み込んだ彼である。


「一匹……いや、違うな。一組か。来てやがる」


?」


 助手席の男は拳銃の状態を確認して、わざと場の空気を和ませるようなジョークを口にした。


 それはそうだ。警察なんかではこんな短時間で追いつかない。彼らはに重点を置くか悩んだが、結局はを選んだのだから。


 その場合、“情報屋”から今回のことを買い取ったであろう、懸念のもう片方――


「ビンゴ。ありゃどう見たって賞金稼ぎだ。……さて、だったら楽勝なんだけどな」


 それは軽口というより、そうであって欲しいという願いそのものだった。


 賞金稼ぎにはふたつの区別がある。


 ひとつは持て余した腕っ節を活かすためや、家計の助けに。あるいは宝くじよりかは当たりやすいという理由で、本来従事している職の合間に行う賞金稼ぎ行為。


 今、彼が言った言葉そのままの、としての賞金稼ぎだ。


 そしてそのもう片方こそが、彼らが今現在、最も危惧している相手であり――全世界で主に小さな男の子がこぞって将来の夢に挙げている、賞金稼ぎの連中だ。

 

 日々、世界中に生まれては迷惑極まりない行為を繰り返している賞金首を狩ることで生計を立て、時に賞金以上の名誉を得る、二十一世紀のスター。


 世界各国、連盟のルールに則って資格を取得し、それぞれの功績に応じてランク付けがなされ、今日もまた、世界平和のためではなく、正義を名乗りもせず、私利私欲のために獲物を追う【彼ら】が、ベンツを追いかけてきていた。


 その、世界に約百万人ほどいる専業賞金稼ぎは、『首輪をかける者』、という意味で――


カラーズcollors】と。そう呼ばれている。


 中でも獲得賞金総額、知名度、規模やその他もろもろの成績が最も優秀な五組のカラーズは、それぞれ【五つの色colors】を与えられ、名実共に世界中のヒーローになっている。


じゃないのを願うばかりだな、こりゃあ……ッ!」


 言いながら運転手は乱暴にアクセルを踏み込んだ。バックミラーに映った敵は、こちらのベンツと同じようなセダン一台に、スポーツタイプのバイクが二台。


 改造型メルセデスベンツの最高速度は、時速二百キロを超える。もちろん防弾加工。相手も中々のスピードのようだが、この距離……易々と捕まるようなことはない。加えて、こちらは迎撃の準備も完了している。


 射程に入ろうものならマシンガンの掃射で。それでも食い下がるなら虎の子のロケットランチャーをぶっ放しても良い。


 なにより。彼らは到来したピンチの到達よりも、自分たちの作戦の成功を確信していた。


「我らがリーダーからの連絡だぜ。【予定通り】のポジションだ」


 助手席の男は携帯電話を閉じた。


「それでもイーブンかもしれんぞ? どうやらやっこさん、一組じゃなかったみてえさ」


 後部座席で後ろを見ていた二人は、ここに来て計画に少しの誤差が出てきたことを認める。


「……カラーズ、三組。入り乱れて二位争奪戦ってこと」


 ついさっきまで、セダン一台バイク二台だった追っ手が、混ぜろ混ぜろと言わんばかりに新手を加えて迫ってきていた。砂埃を巻き上げながら、頑強さでは流石に負けてしまいそうな大型車、一台。緩やかな下り坂にも関らず、派手なジャンプをキメてアピールするオフロードバイクが三台。


 最低でも人数にすれば、七人もの専業賞金稼ぎがベンツを追いかけていた。


「……よし。リーダーとの合流ポイントまであと二キロだ。てめえら、抜かるなよ!」


 運転手の激に、三人が「おう!」と力強く答える。


 来るなら来いよ、賞金の代わりに向こうの世界をプレゼントしてやる。


「あーあ……奪い合って全員リタイアとかしてくれねえかなぁホント」


「バァーカ。連中がそんなわかりやすいコメディやってくれるなら、バナナの皮踏んでも笑いが取れるだろ?」


 金が目的で賞金首を追う以上、互いを妨害こそすれ、結託こそすれ……彼らは同じ落とし穴に落ちたりしない。男の言う通り、そんなわかりやすいコメディなんて無いのだ。


 ヘタをすれば自分に賞金がかかってしまう以上、殆どのカラーズは犯罪行為を行わない。


 そんな博打をするくらいなら、賞金を山分けでもしていた方が人間として賢い。





 ――だから、彼らの目に映ったソレは最初、現実として処理できなかった。



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