第1話/3

 

 連絡を受けて、僕が破壊された――もとい強盗の襲撃を受けたビルに着くと、出入り口はとても開放的で、けれどそこから少し離れればもう、好奇の視線が輪を作っているような状態だった。


 その視線の塊が、煙草に火をつけながら出てきたレオに集中する。その中でかなり勇敢な、もしくは好奇心旺盛な――それとも何も考えてないのか。そんな一人がレオに声をかけていた。


 おそらく、中の様子を訊いたのだろう。レオはサングラスを少しだけ下げて、何か一言だけ言った。それだけで、声をかけた彼は止まってしまった。何を言ったのかは、大体予想が付くし、それを改めて訊いてみる気も、僕には更々無い。


 あらかじめ聞かされていた、全く知らない番号を押して、コール二つ分。レオは僕から見えている場所で、僕からの電話を受ける。


「坊か? 今どこにいんだ?」


「レオから見て、道路挟んでちょっと右」


「んー? ……おぉ、いたいた」


 携帯を閉じて、レオはそれほど急ぐということもなく、片手を挙げて僕のところまでやって来た。


「ま、状況は見ればわかるよな?」


「まぁ、ね。サングラス壊れたって聞いたけど」


「新調したからな。財布はまた今度ってことになるなぁ……あ、坊。姫は?」


「ちょっと行ったところでアイス食べてる」


 僕は肩を竦めた。


「んじゃ、俺たちも行くか。……時にさぁ坊。毎度毎度気になってんだが……」


 レオはサングラス越しに、やや目を細めて僕を覗き込む。傍から見れば、僕はレオに恐喝……とまではいかなくても、絡まれてるように見えてるんだろうなぁ、とか思った。レオは僕より二十センチは身長が高くて、それをレオは『カップルってこんくらいの身長差がベストらしいぜ』とか何度と無く言っている。僕にそんな趣味はない。


 歩きながら、レオの質問を首を傾げて伺う。


「なに?」


「レイチェルさ。いつもどこにいるんだ?」


「今日はそのアイスのショップがあるビルの屋上かな。大体そんな感じだよ」


 レオの言いたいことは良く解かる。レイチェルはとてもよく目立つから。そんなことよりも、僕の方からレオに言いたいことがあった。


「レオさ、今日は休日だって言ってたよね。ロンドンで財布新調すんだって言ってたよね。僕だけじゃなくて皆それ知ってるよね。だから来たんだよね、わざわざロンドンまで」


 僕らのに休日やら平日やらがあるかはこの際置いておくとして。むしろ余計に、ならばこそ、休日と定めたからには休日であるべきだと僕は思う。


「なんでこんなことになってるの?」


 僕はジト目でレオを見た。


「坊、馬ッ鹿だなぁ!」


 レオは快活に笑って僕を見た。そして言う。


「俺の辞書にゃ【退屈】と【負け】と【我慢】と【不可能】って単語は無ぇンだよ」

 

 レオはキメ顔でそう言った。


「「え、なに落丁? そんな辞書買い換えるべきだよ」」


 オチをつける僕と、もう一人による異口同音。見事にハモった。


「おかえりー」


 彼女はアイスを持ってない方の手をひらひら振りながら、僕たちを迎えた。


「おう、姫。そのアイスはお気に召したかい?」


 レオは店先の灰皿に煙草を捨てて、彼女に声をかける。


「うんっ!」


 満面の笑みだった。


「そかそか、そりゃあ良かった。じゃねえと坊、連れて来た甲斐が無ぇってもんだもんなぁ?」


「……別に。それよりどうするのさ。相手、結構なスピードで逃げたっぽいよ。追いつくの? 場所は?」


「ハハッ。そう焦んなって坊。その辺は旦那が上手くやるだろうさ。それに、今はバド待ちだろ?」


 などと他愛のない……うん、僕たちにしては他愛のない会話をしてると、携帯にコールがかかった。僕のだ。表示された名前はバド。


「もしもし?」


 その時、もう一つの携帯が鳴った。


「今度は俺か。もしもし? あぁ旦那?」


 ………………。



 二人して、ほぼ同時に携帯を閉じる。


「二人とも、相手さんの場所が解かったってよ。姫、もう食い終わったか? 食い終わってんな。よっし、面白くなって来たじゃねぇか!」

 

 だっはっはと笑うレオ。


「ん? どしたの? 浮かない顔してるよー。うりうり」


 頬を突付いてくる指を、僕は面倒そうにどかす。というか面倒だった。とても面倒だった。


「バドがさ、情報売っちゃったってさ」


 二人を見て、僕はため息を吐いてから、言うことにした。はぁ。


。レオ、レオの責任だからね」


「あぁー? おいおいおい、ますます楽しくなって来たじゃねえの? どうすんだ坊」


「どうするもこうするも。やる事は最初から変わってないくせに……」


「ちっげぇよ坊。ってこった! 派手なの、期待してるぜぇ? なぁ姫!」


「んー。そうだねっ! やっぱりこう、最初は思いっきり派手じゃないとっ!」


 二人は大変に乗り気だった。


「僕の辞書に【派手】って単語は無いんだよ……」


 レイチェルになんて説明しようかなぁ、とか、始める前から気が乗らない。


 当然打ち合わせなんかも無く、僕らは二人で屋上に向かい、レオは自分の車に向かって歩き始めていた。


「坊、そんな辞書は落丁だぜ。買い直すべきさ」


 いいよ、落丁で。


 僕らはエレベータに乗り込んで、おくじょう行きのボタンを押す。


「……カーカシっ!」


 と、彼女が僕の腕を取って、嬉しそうに見上げてきた。


「なに? あんまりくっつかないで欲しいんだけど……」


「にひひ。眉間にシワ、寄ってるよ? ねぇカカシ。あたし、すっごい楽しいよ!」


 僕よりも十センチばかり低い彼女は、嬉しそうに笑っている。


「……そっか。それなら、良いよね……ドロシー」

 

 僕は彼女の名前を呼んで。


「うん?」


「どのくらい、楽しい?」


「そりゃあもう! だよっ!」


 それは……そうだ。


 この後のドロシーの姿を見れば、すぐにわかる事だろう。


 僕は正直、全然楽しくなんてないけれど。


 どうやら足りない、理想への十センチは。それはそれで良いみたいだった。




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