第12話/14 ★★★★★★★


「ちょっとシルフサン!? 聞いてる!? そっち任せたじゃん! 頼むよ!!」


 バド=ワイザーの無線へ返答はない。電脳戦は彼女の勝利に終わった。



 /


 雨は止んだ。砕け散った<レイニィ>のアバター。


『あちゃあ。聞き出せなくなっちゃった……お?』


 一人残ったシルフは、穴だらけの電脳空間で国府宮弓の手がかりを探す。


 それは<レイニィ>のアバターが無くなろうとも、この場に残っていた傘の柄だった。シルフの――享楽主義者としての――勘がはたらく。ともすればボスを倒した後のドロップアイテムの確認をするような気持ちで、厳重にロックのかけられているソレを、強引にこじ開けた。


『ナイトを知らない、というのが事実として……じゃあ、後生大事に何を守ってた?』


 展開されるフォルダ。中に押し込まれているのは、これでもかという量の圧縮ファイルの――有体ありていに言って、もうひとつのだった。


 解凍する。あまりにもゴミ。解凍する。破損し尽くしたデータの山。解凍する。解凍する。解凍する。解凍する。


 まるで、そう――使い古された表現だが、砂漠で一粒の砂金を探すような労力を強いる。だがシルフはそれを止めない。止められない。おそらくこれはゴミ箱で、もしかしたら最後の一つを暴いても、なんの手がかりも見つからない予感さえある。だが、彼女はそれを、やめられなかった。


 だってのだ。本当にこれがゴミ箱なら、こんな容量のデータを持ちながら<妖精>と一戦交えるはずが無い。そして押し込まれている圧縮ファイルの、押し込まれ方にも意図が窺える。まるで解凍されたくない、見つけられたくないファイルが奥底に往くように、いくつもの迷彩を施されながら、本当にゴミ箱でしかないはずなのに――


『……くそっ。これもハズレだ。……これはほんとに、侮ってたなあ』


 妖精級ダイバーに、魔術師ウィザード級ハッカーが勝てる道理などない。所詮は人間で、住む世界が違うモノに、同じ土俵で張り合ってどうにかなるものではないのだ。ゆえに<レイニィ>は<シルフ>に敗北した。


 だが――読みきられた。自分が全力を出すことに対して、常にその対象が娯楽である――つまりは相手と遊んでしまう性分であることを、看破された。



『……<レイニィ>。失念してたボクの完敗だ。


 そう。全てはそこに帰結する。


 、ルナ。ミリオンダラーの中で、最もを理解している賞金首。


 初めから、彼の相手はハッキングを仕掛けて来る人間だった。


 電脳戦の技量、才能の隔絶は問題にならない。結果が敗北からのフィードバックによる肉体的ダメージであることも承知の上で、彼は彼女を向かえ撃ち、その通りの結果に事は進んだ。


 魔術師レイニィでは妖精シルフに勝てない。だが――紫陽花テキストは、エリューゼロッテ=ランバートに対する負け方くらいは、選べる程度に役者だったという話。



 解凍・展開したファイルに対してまだ手の付けられていない圧縮ファイルは半分以上。


 おそらくは徒労に終わる。それでも切り上げられない。その心理をどうしようもなく突いてくる魅力的なゴミたから箱。全てを暴いてログアウトするのには、あとほんの少しだけ時間がかかるだろう。それまで彼等のサポートを行えない。


 それが、現実で行われている戦闘に対してどう作用したのか。彼女は全てが終わった後で知ることになる。


調! ねえ、聞こえてる!?」


 その叫びが深い電子の海の奥底に届くまでに、絶望的なまでの遅さがあった。



 /


「おいおいおいおいおい」


 二人して我が目を疑う。連想するのは連装式のランチャーミサイル。


 敵は相変わらず二人。こちらも二人。さっきまでと違うのは、その戦力差ではなくだった。


 おびただしい量の。風を食って推進力を得るという、ブラックにもバドにも直接的に縁のない、今世紀最大の発明――


 ディッセン=アルマトールを自ら名乗った白いスーツの男を中心に、両翼に六機ずつ展開する無人のそれに、縁は無くとも知識はある。アレは屋内では意味の無い……飛べないはずの代物ではないのか。


「ですので、このような使い方を。お恥ずかしい話ですが……かつて私は、この世紀の発明に心を躍らせたものです。ああ、これならば届くかも、と。結局は当たり前のことだったのですけれどね。使


 なのでもう無用の翼なのですよ、と柔和な笑みを浮かべる男。


 そんな彼の性倒錯嗜好――翼の生えた女性が至上の好みである――を知る由もない二人は何を言っているのかわからない。わからないが、脅威はよくわかる。


「失礼。では最終便ラストフライトです。どうか良い旅を、お客様」


 兵士が走り出すのに合わせて、宙に浮かぶ十二機のFPボードが弧を描いて走り出す。


「うおおおおおッ!?」


 まるで無軌道なブーメランの飛び交う屋内レジャー。ただし殺意は高めに設定されており、ヒトという余計な荷を持たないFPボードは狂ったように空間を飛び回り、二人に一息付く暇さえ与えずに乱舞する。


「バド! Heyバド! FPってのは風が無いと飛ばないんだろ!? どうなってんだよこれ!!」


「そんなん知るか――って、あああああ!? これか! これが狙いだったのか!」


 持ち前の反射神経で華麗にかわすブラックの言葉に、セオリーどおりに身を低くするバドはこの状況を作り出した違和感に辿り着いた。暖気と冷気が同居する室内。同時に活動している暖房と冷房。暖気は上に、冷気は下に。地球に優しくないことこのうえないが、そのエコロジーとは無縁の空調稼動によって、――!


「ちょっとシルフサン!? 聞いてる!? そっち任せたじゃん! 頼むよ!! 空調を切ってくれ! ねえ、聞こえてる!?」


 無線に返答は無い。


「……流石はテキスト。良い仕事です。では私もそれに羞じない働きをしなければ」


 そして、空気の流れを見切るというには二人とも素人過ぎた。加えて乱戦。さらには飛び交うFPボードが空気を切り裂けばそれだけ新たなが生まれ、いよいよ戦場は混沌を極める。


 だが長くは続くまい。この数多いFPボードを操作しているのなら話は別だが、そんなことが出来ればこの翼はもっと、夢のない方向性へと進化を遂げている。


 一度でも壁や誰かに当たってしまえば、そのまま落ちるだけの、短い生涯と知れている。


 だが。


「ブラァーック! 後ろ後ろ!」


「ばっヒトの心配してる場合じゃねえだろバド!」


 その言葉の通りに、指を刺した姿勢のバド=ワイザーの横腹に突進する一枚のFPボード。激突の衝撃は凄まじく、光の粉を撒き散らしながらそれは彼を巻き込んで壁に激突して止まった。


 そしてブラックの後方――未だ屋内を飛び続けるFPボードの隙間を縫って、二本のナイフを持ったがその首を刈ろうと跳躍していた。


 ディッセン=アルマトールの持つ銃も此方を向いている。


 深呼吸半回分。空気を大きく吸うだけの時間しか残されておらず――


 ――そして、それだけで状況を打破するには、には充分に過ぎた。



 /



 極限にまで研ぎ澄まされた集中力が、人間離れした反射神経をフルに生かす。首の高さで交差している兵士の両腕が開かれる前に、その交差部分を掴む。


「……ふッッ!」


「!?」


 呼気。そのまま振り被り、前方で銃を構えた白スーツに向けての全力投球。メジャーもかくやと言わんばかりのオーバースロー。跳躍からの奇襲の運動までも使われた兵士はボールと化してディッセン=アルマトールに吹っ飛んでいく。ブラックは止まらない。そのまま駆け出す。バッターがどう出るかはまだわからない。受け止めるかそれとも回避するか。だが、そんなことはどうでも良かった。


 自分が投げた人間に追いつかんばかりの短距離全力疾走。風を切って聞こえるFPボードの光の粉せいえん。跳躍。ディッセン=アルマトールの視界からブラック=セブンスターの姿が消え失せる。投げた兵士と同じ高さをマークし、その背後に隠れる。


「……いやはや!」


 感嘆詞以上の台詞を言う余裕など、ディッセン=アルマトールには無かった。受け止められるものでもない。床を蹴って横に躍り出る――そこに、真っ黒な腕が伸びた。


 バド=ワイザーと同じように、兵士が壁に激突する。追い撃ち気味に背中に蹴りが入り、そのまま沈黙した。中空のブラックはディッセン=アルマトールの襟を掴み、そのまま思い切り振り回した。


 弾丸特攻からの――ルナの副団長をして人外甚だしい運動性能。


 何度も響いた銃声よりも重く、大きな音を立てて床に叩き付けられる。


 か、と空気の塊が組み伏せた男の口から零れたタイミングで、屋内を飛んでいた最後のFPボードも壁に当たり、その活動を停止させた。



「……っは。はは……これが、ブラック……ブラック=セブンスター、ですか」


 そう。これがブラック=セブンスター。ミリオンダラーの七番目。【賞金稼ぎ】とあざなわれる賞金首。


 彼がまだ、真っ当な賞金稼ぎだった頃。<最強>チャイルド=リカーをして『タイマンで死んでもやりたくねえ相手だわ』と言わしめた元<七ツ星>のカラーズ。


「どうよ、びっくりしたかい? んじゃオーダーだ、ルナ。――ユミ=コウノミヤの行方を教えてくれよ。オレはその為に此処にいる」


 その言葉に、床に組み伏せられた男は目を丸くして――この期にあっても、穏やかな笑みで告げた。


「――まったく存じ上げません。当たる先を間違えたのでは?」


「そっか。んじゃあ、覚悟はできてるよな、賞金首ミリオンダラー


「ええ。と言っても金にはならないでしょうが。申し訳ありませんね、賞金稼ぎミリオンダラー


 苦しませるような趣味を、ブラックは持ち合わせていない。


 ごきり、と一年前――多くのルナを屠ったように、鮮やかにその男の首を回し、折った。


「…………。バド。バァドォー。おい、生きてっかー?」


 立ち上がり、昏倒している兵士の首根を掴んで引きずりながら、相棒に声をかける。


「……………もうやだ。痛い。もう絶対こういうことしない」


「OKOK。言ってる余裕があるなら大丈夫だ。……さて、最後の確認だ」


 兵士のヘルメットに手をかける。


 暴かれたその素顔は――











「「……誰これ」」


 国府宮弓でないどころか、この場の誰も知らない、一人の男が気絶している顔だった。


「……Fuuuuuuuck! ここまでやって徒労かよ!!!」


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