第12話/12 上海後進曲(4)


「シッ!」


 間合いに踏み込んだ瞬間、ブラック=セブンスターの右脚が弧を描いて敵兵を急襲する。鮮やかなハイキック。フルフェイスヘルメットを装備しているにも関わらず、直撃すれば脳を揺さぶりそうな気迫をもって繰り出されたそれに対し、更に深く踏み込み頭の位置を下げることでの回避。敵兵はそのまま交差した二本のダガーナイフを閃かせる。


「うぉぁッ!?」


 完全なカウンター。ブラックの身体に×印を刻み込むことが確定された未来。。頭部を狙った蹴りが外れたことを認識するよりも早く、残る左脚を蹴り上げた。恵まれた身体機能。肉体的に優れている、ということを誇るかのような強引なムーンサルトからの半身捻り。果たして二本の斬撃は空を裂き、互いに獲物を仕留め損なう。


 表情の覗えないヘルメットの下に、浮かべるものはあっただろうか。深追いをせず、ブラックが着地をするまでにバックステップ。『足止めを』、と下された命令に忠実に、時間を優先させている。


「おっと、避けてください。射線です」


 それも間を置かない。部屋の中心で至近戦を演じる二人をコンパスの針に見立てて、円周上に走る後衛の二人。言うが早いか兵士は真横に跳び、


「ちょっバド、撃つなって!?」


 着地からの横ローリングで回避したブラックの傍を、首都高速を俯瞰撮影するかのように無数の銃弾が行き来した。


「オレが撃たなくても相手が撃つよ!」


「ではもう一度。お願いします」


 ディッセン=アルマトールを名乗る男の言葉。頷くこともなく兵士は再び、しゃがんだままのブラックに駆け、ナイフではなく顔面を目掛けてローキックを繰り出した。


 ――バド=ワイザーは決死の銃撃戦を繰り広げながら情報を検分する。


 命令に忠実な兵隊。肉弾戦に優れた個体。その動きは格闘選手というよりも、さらに言うなら軍属よりも一種だった。そしてルナ――『人材派遣のパイオニア』の持つ、言葉を信じるのなら最後の兵士。肉体改造を施されている可能性だってある。あるが――あのブラック=セブンスターと渡り合っている。


 まとまりかける思考を、敵対者の銃弾がかき乱す。嗚呼もう、だから事務職メインだって言ってんのに!


 迫り来る二百キロの蹴撃。撃ち下ろしの角度、腰の捻り、上体のサポートも申し分ない。これを側頭部に食らえば安眠待ったなし。


 ブラックはその一連の動作を行動を起こした。寝転がるように背中を地面へ倒し、逆立ちの要領で床に両掌を付ける。畳んだ両足を、両手が作り出す推進力に合わせて射出する。


 自身をミサイルに見立てた低空ならぬ対空ドロップキック。兵士のローキックは空振りに終わったが、最初の衝突とは結末が違う。今度はきちんと、カウンターが完全に入った。


 弾丸で撃ち抜かれたように仰け反るヘルメット男。その威力は身体ごと浮きながらバック転を強制されただけで見て取れる。『絶対殺すな』というシルフのオーダーを反故ほごにしかねない強烈な一撃。


 空中で半回転。うつ伏せで床に落ちる――否。着地した。ほぼ同時に風を斬る音がする。自分を蹴り飛ばしたブラックは間合いの外。だが、追撃に来ていれば完璧なタイミングで腱を斬っていた、壮絶な空振りの牽制。


「…………」


「…………」


 二者はそこで動きを止める。敵兵は足止めしろ、という命令を守り。


 ブラック=セブンスターは、ある推測が頭をぎったがため。



「バド。Heyバド!」


「待ってマガジン交換してんの! 相手が待ってくれないんだから空気読んでよ!」


「では私も弾倉の交換を」


「敵の方が空気読んでんじゃん! どうすんだよこれ!」


 がしゃり、とバド=ワイザーとディッセン=アルマトールの銃に新たなマガジンが挿入される。弛緩などひとつもしていない、けれど異常なまでに穏やかな空白の時間。


 嵐の前の静けさ、を誰もが連想した中、ブラックが口を開く。



「やり合って解ったぜ、バド。やっこさんは――


 後方。バドは一瞬、大きく見開いた目を細める。


 身体機能はもとより――なによりもその。【賞金稼ぎ】のミリオンダラーは、元同業の、人格あるいは記憶を消され相対する敵の、ともすれば自身がそうであったというステータスを暴く。


 ――【緑】のカラーズ。彼等が探す、チェスの<ナイト>。国府宮こうのみやユミは、何を武装に戦闘を行っていたかというデータが存在しない。賞金首にチェックメイトをかけるその一手が、最期まで仲間以外の誰にも知られないまま、あの夜、闇に葬られた。


「……ナイトがナイフ使い、って情報はないケド」


「ひとり居たぜ。チェスのルーク――ブライバル=ブライバルはだ。ハイネと同世代なんだろ、ナイトくんは。教えを受けてたって不思議じゃない」


 どの道、今となっては目の前に構える兵士が国府宮弓であるという確証を得るには、無効化したうえでその顔を覆い隠すヘルメットを取らなければならない。


(まったく。師弟揃って面倒事を残してくれやがって!)


 胸中での悪態は、壮絶な笑みとなって表面化した。


「OKOK。逆境こそがオレの、ブラック=セブンスターの居場所だ。頑張っちゃうぜ」


 どのような味であれ、結末が近い。


 二人の会話をやはり柔和な笑みで見守っていた、ルナ最後の兵力は、最初と同じように命令を下す。


「本気で行きましょう。望む明日が手に入りますように」


 応える声は無い。兵士は三度目の進撃。その後を追って駆け出す。



 ――そして電脳の深海。そこでもひとつの決着がつこうとしていた。

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