第12話/11 上海後進曲(3)
≪BINGO! もうあとはその部屋だけだよ! 扉は物理施錠、バド頼んだ!≫
シルフの指示に従い、銃口をドアの鍵に向けるバド。銃声は三回。その直後、間を置かずにロックの破壊されたドアをブラックが蹴り破る。
お手本のような突入劇。奇襲迎撃を警戒して前転するブラックをカバーするように銃を構えるバド。これまでに倒してきた兵隊は全部で十二人。そして――その中に
そして。
「……いやはや、流石は【賞金稼ぎ】のミリオンダラー。売れ残りとは言え、あれだけの戦闘兵を相手に無傷の到達とは驚きだ。
彼等の突入がお手本のようなそれであれば、だだっ広いフロアの中央に悠然と立つ白スーツの麗人もまた、
立ち上がるブラックは、その手に冷気を。状況を
「随分と余裕な応対じゃねぇか、ビッグボス。ってことはアンタが」
「はい。マリオン古美術専門店副社長――貴方がたが討伐したルナの副団長。十二月、ディッセン=アルマトールと申します。隣の彼は、その、えぇ。私はルナにおいて総務を担当しておりまして。あまり、戦闘行為に自信はないので、助っ人を」
柔和な苦笑。両手に一本ずつダガーナイフを持った、フルフェイスメットの兵隊は身じろぎひとつせず、その場に佇んでいる。
「ですが、まことに申し訳ありません。当社は七月をもって倒産、在庫の処分も済ませてしまい、もうお客様に提供できるものがありません。公的にミリオンダラーとしてのルナの討伐も成功してしまっており、かつてなら私に懸かっていた賞金もお渡しできないでしょう? いえ、討伐記録を覆して良いのであれば、私を仕留めた暁には、身柄の引渡しをして頂いても構わないのですけれど。――そうもいかないでしょう、ねえ?」
――そう。言うまでも無い。<最強>、【白】のカラーズが討伐した賞金首の残党を、今の今まで取り逃していたなどという事実は不要だ。
眉の寄るブラックに、それでもディッセンはあくまでやわらかく続ける。
「……お互い、激務の尻拭いとは。勝手ながらに思いを重ねてしまいます。こう、身内の出す苦労の後片付けは、その先に輝く華々しい功績と比べて、誰にも評価されませんからね。活動を始めてからというもの、あまり美味しいとは思っていなかったビールも、仕事上がりに飲むとなかなかどうして、はい」
「……アンタに」
両手をだらりと下げたブラックが口を開く。
「アンタに今賞金が懸かってるかどうかは、関係ないぜ。オレは正義の味方だから、いや、そう在りたかったけど実際はこんなんだし。まァいいや。とにかく、アンタらみたいな連中が世にのさばってるのが許せねェ。だから狩る」
人差し指から順番に骨を鳴らしながら。
「オレらの弟子は、びっくりするくらいに泣き虫なンだ。アンタたちにも色々事情とか、
そして、ニッと笑った。ブラック=セブンスターの身体が沈む。
場を置き去りにするような急発進。漂う寒暖の歪なフロアを切り裂くように、一息で距離を詰め、初手にてチェックメイトを穿ちにかかった。
「お気持ちは良く解ります。そうですね、それは私も好ましい。まぁ、お互いミリオンダラーなどという席に座っています。正義も何もあったものではないでしょう――我々は、他者を省みずにひたすら我を通すからこそ、そんな風に呼ばれてしまうわけで。……足止めをお願いします。お気をつけて」
その加速に惑わされず、確かな理知が指示を下す。頷くこともないまま、残る一騎の兵隊が床を蹴ってブラックに突進した。
十字に閃くダガーの軌跡。音は無くともそれを皮切りに、残りの役者も動き出した。
ディッセン=アルマトールはスーツの裏から銃を取り出すと、衝突する二人から外れるように横に駆け出す。狙いはブラックではない。その後方――
「オレの仕事まだあんのかよファック!」
鏡合わせのように展開した、バド=ワイザーと銃撃戦を演出する。
オペレーターからの野次めいた通信は来ない。
いざ戦闘が始まれば息を呑む観客になるのだろうか。いや、違う。
(ごめん、バド、ブラック……!)
二人の突入に時は同期して、シルフもまた、遊びから決戦へと場を変更されていた。
/
妖精のアバターが電脳世界の空間に手を伸ばす。
既にビルの制御は大方がこちらのものだ。
無地の電脳にジッパーが設けられ、手を下げれば手品のように別の空間が開き、中からデータが零れ出す。電子情報世界を可視化したモジュールの一幕だが、もうシルフには見慣れた光景だ。ともすれば、現実よりも。
「さてさて。取引商品リストは……わぁ、本当にたっくさんあるなあ」
現実に戦っている二人とは別に、シルフにも目的がある。
国府宮弓。いま、このビルにいるのならそのまま確保が戦況次第で可能だろう。だが、それ以前から今日までの間に出荷されていたとしたら話が別だ。そうであるのならば、この紫陽花テキストが保存しているマリオン古美術商店としての売買データからその痕跡を見つけ出す。そして……たとえ、地球の裏側に売り出されていようが、買い戻す。それが叶わないとなれば、クライアントに頼んででも奪い戻す。
「日本人。未成年男子。身長180cm以下。戦闘可能、いや特化。ユミ=コウノミヤのステータスを知ってるなら、一般人として売りに出さないだろうけど…………?」
――直感する。電子情報が全ての世界で直感というものにどれだけの信憑性があるかどうかはさておき、直感する。アバターが検分しているデータから顔を上げた時。
これらは違う、と投げ捨てたファイルフォルダ……舞い散る紙片のイメージのそれらから、一斉に銃口が生えた。
これは――
(攻性防壁――!)
電子の海に軌跡を泡のように残しながら、弾丸にイメージされたプログラムが超速で走る。
0.02秒前までシルフの居た場所が砕け散った。
――情報データを守る術は、大きく分けて三つ。
攻撃を受け付けないほど強固な壁を構築するか。
手の届かない場所にまで隔離するか。
そして――攻撃する下手人を、破壊するかだ。
その速度は、電海にダイブしたシルフをして、冷や汗を覚えるほどの――彼女でなければ必殺のスピードで展開されていた。タイミングも申し分ない。設置型の対ハッキングプログラムだとしても、シルフがこの場所を漁ることを読みきったという証左。だが相手は<レイニィ>。彼女が遊びとはいえ、ダイブするまで新造のプログラムで道を阻み続けた掛け値無しのクリエイター。もし、この攻性防壁さえたった今作り上げたというのなら――
『そう……そっか! いいね、いいよ! キミも
『胸借りるって言ったっしょ、人魚姫さん。……うおーい! って何だよそのアバター! 人魚じゃないのかよ!?』
格子状に広がるプログラムの床。0と1で彩られた海の中。
現れる、海中に傘を差した男――紫陽花テキストのアバターは自ら死地に踏み込んでいることを承知で、まったくそんな気を見せずに吹き出しから大量の驚愕エモーションを発生させた。
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