第12話/9 上海後進曲(2)


 世の中には金の素っつーのがゴロゴロ転がってるもんだ。


 それは原価1セントが売値1ドルに化けるコーラだったり、やっすいパスタだったり。え? 違う? ああそう。


 じゃあルーブル美術館の絵画とかどう?


 お宅もやっぱりソッチ系なのね。


 イキが良いの? そこらに居る犯罪者でも捕まえてくれよ。


 話を戻すとだ。何が金になるのかっつーところですよ。


 オレ? うん、なんとか飯食ってるよ。



 この時代――いやもっとずっと昔から、最も価値のあるモノを専門で取り扱ってる。


 ちょっと違うか。を扱ってる。


 現代の錬金術師と言ってくれ。 石ころを黄金に変えることなんて朝飯前さ。


 ずばり、オレの取り扱い品は『情報』だ。


 金になるかどうかは、ソイツ次第。どんな情報だってオレからすれば金の成る木なんだよ。




 たとえばそうだなぁ。『バナナの皮が転がってる道』の情報。


 え? 要らない? そうだよな、フツーの人はそんな情報に金出そうなんて思わない。


 でも、中には居るんだよ。え? 誰って?


 


 連中からすれば、まさに黄金だろうさ。踏んづけてスッ転べば笑いが取れて、ギャラも弾む。


 お宝と聞いて金銀財宝しか思い浮かばないようじゃまだまだよ?


 最初の話をしようか。パスタなんてどこでも食える。違うかい?


 だがそこに『パスタを全く食わない環境の街』の情報を与えてみたらどう?


 そこに新たなパスタ好きが生まれるワケだ。もちろん、美味しいモン作れるだけの力量ってヤツが必要だけど。その辺はほら、ソイツ次第っていうかレシピの情報はまた別料金。


 見渡す限りのフードウォーストリート。どこでもあるだろ?


 そんなマフィアの凌ぎ合いみたいなのを、情報ひとつで抜け出して。

『区域唯一のパスタ店』として大儲けできるってことね。


 まぁ、オレみたいに主に人間関係扱ってる情報屋もいるけどさ。


 あと、なんとか飯を食ってはいられるんだけど、ちょい間違えるとお腹にはパスタの代わりに9mmの鉛弾がブチ込まれるような危険が隣り合わせ。ハードボイルドだろ?


 ここまではサービスね。オレは優良営業だから。値段も良心的。


 困ったことがあったら何でも言ってくれ。危険度によりけりだけど、片思いの女の子のスリーサイズから好みの男のタイプまで、何でも調べてやるよ。


 連絡はそうだなぁ。こっちも名前そこそこ売れてるけど、顔はバレてないと信じたい。


 世の中にはミリオンダラーなんていう化け物からこわーいマフィアの方々まで、危険がいっぱいだ。とりあえずはそこのカフェの前にある公衆電話に行って、プレイボーイでも読みつつ待っててよ。公衆電話にコールあったら三つ以内に取ってくれ。


 そんじゃ、今後ともよろしく。


 最後のサービスでオレの名前ね。


 バド。情報屋のバド=ワイザーで通ってるよ。


 くれぐれも面倒ごとは押し付けないでくれよ? 銃持つなんてガラじゃないんだ、こっちはね。そういうのはもっと、そういうの好きな連中にくれてやるハイレベルな主役だよ。オレは脇役がいいの。





「って散々言ってるよねオレ!? こういうの柄じゃないよね!? 何このズッシリくる重さ! 鈍く輝く洗練されたボディ!! ジャム無しに定評のある公式拳銃ベレッタさんなんてお呼びじゃねええええええ!!!」


「HeyHeyHeyバァドォ! ここまでノコノコ付いて来て言う台詞じゃねえよ? 男ならもっとビシッと行こうや。連中、ノン気でも構わず撃っちまうようなヤツ等だぜ?」


「だぁぁッ! なに加害者が被害者面してんの!? 違うよね!? アンタが『チャーリーいないからバドがサポートな!』とか言って俺の首根っこ掴んで来たンでしょ!?」


安全装置セーフティ


「とっくに解除してあんよファァック!」


 開きっぱなしになった通路のドアを壁代わりにしての銃撃戦。さっきから台風もびっくりの銃弾の雨。最後に食った飯が朝食のくっそ不味いオートミールとか縁起でもねえし!!


「オーケーオーケー。時に落ち着けよバド。此処まで来ちまったんだ、腹くくるしかねえだろ? ……お、止んだな」


 こっそり顔を出す黒人の首根っこを掴んで戻すのと、再び降り注ぐサブマシンガン大盤振る舞いの行き違いはコンマ五秒。


「落ち着くのアンタだよブラック! なにひょっこり顔出してるの? 馬鹿なの? 死ぬよ!」


 嗚呼カミサマ。


「しっかし連中容赦ねえなぁ。ひとっ言も喋らねえし。男ならガツッと拳で渡り合おうぜぇまったくよぉー」


「何時の話!? 此処は古代ローマでも世紀末ジャパンでもねえの! 素手で人間ガチで殺しまわれるのなんてモハメド・アリとかアーネスト・ホーストみたいな格闘技連中かどっかの特殊部隊だけです!」


「一人忘れてんじゃねえよバド」


「……はいはい、アンタもだよ。【七番】さん」


「煙草吸うか? 日本産だけど」


「あの国のは質がイイよね、頂きます。で、このラベルの意味は?」


「そりゃあゲン担ぎさ」


 セブンスターね。しかもブラックラベル。


 束の間の死地での一服である。とりあえず情報屋らしく、現状で手に入れた情報を吟味してみようね。


「ふーっ! 管制の殆どはシルフが抑えたから後ろの心配はしなくて良い、ケド」


 背後からの奇襲を間一髪で隔壁を落として防いでくれた五分前を思い返しつつ。


「これが五番……【パレード】ルナの戦闘兵隊かあ。


 四人一組フォーマンセルの兵隊――いやホントに特殊部隊かな? みたいな武装に身を包んだ、ルナの兵隊サンたちとやり合うこと既に三回。基本は専守防衛完全迎撃。『視認したら撃て。その場から離れるな』というカンジがバリバリである。


 お陰でこっちは引き付けもフェイクも効果が見こめず、遭遇すると結構な時間を取られているというわけだ。手榴弾一発で終われば話が早いんだけど、だがそうは問屋が卸さない。


 そう。のだ。


「この状況でって難易度高いよ! なんだってそんな縛りプレイしなきゃいけないの!?」


 ≪決まってるじゃん。ユミ=コウノミヤだったらどうするのさ! シンデレラに死体をプレゼントなんてなったら今度はボクがたいへんな目に遭っちゃう!≫


 ――そう。目的はソレなのだ。


 行方、生死不明のチェスのナイト。ユミ=コウノミヤがにパレードに参戦していなかったことから、ルナの残党がしている可能性が濃厚で、もしそうならチェスきっての戦闘要因であるナイトの駒が戦列に出て来ていない方がおかしい。


 リカーの栄光の後始末、という側面はあるが、このヤマの目玉はそれだ。


 だからこうして、全力で殺す気の兵隊サン相手に不殺を誓った侍さながらのハードモードで元ミリオンダラーを討伐せよ、なんていうクエストに挑んでいる。帰りたい。


「バド、敵さんの配置見えたか?」


「左右展開ふたりずつ。全員サブマシンガン持ち」


「んじゃ突破の目処は?」


 ああ。ヤだもう。


「……こういうアイドルタイムに補充してない。限界なのか仕様なのかそこまで細かい命令はできてないんだよきっと。掃射一人あたり。マガジン拡張してないなら、だけど」


 ブラックが隣でニヤニヤ笑いながら頷いた。


「さっすがだぜバド。お前さんを連れてきて良かったなあ。んじゃ、スリーカウントでもうワンセットな」


「お祈りさせて」


「もう何度目だよソレ」


「何度でもするの!」


 というわけで命の覚悟を再装填。いざ運命の開きっぱなし幕に挑むカウントはスリーから。


「3」


「2」


 ≪バド!?≫


 そんな流れをブチ壊すコメディさながらの割り込みは、パッと聞くと男なのか女なのかよくわかんないハスキーボイス。


「えええなに!? シルフサンなに!?」


 ≪ちょっと聞いてよ!!!≫


 無線越し、とてつもないハイテンションのナビゲーターの【四番】……嫌な汗が流れる。何か不具合でもあったんだろうか。


「聞いてる。オレの寿命尽きる前に頼むよ!」


 ≪あのね! あのね!! ……エクスカリバー出た!!≫


「………は?」


 ≪超ぉぉぉぉレアなんだよ!? あああどうしようバド! 動悸が治まんない!!≫


「WaitWaitWait!! 話が読めねえよ天才ハッカー!」


 ≪!!!≫


「片手間に人様の命の手綱握るのやめてくれませんかねえ!? なんでこのド修羅場でMMOやってんのアンタ!? うっかり消費電力過多でブレーカー落ちちまえ!!」


 ブツン。


 やべえ。オレ死んだかも。何この状況。


「1……Goッッ!」


「なにしれっとカウント進めてんのブラック!?」


 言うが早いか通路をダッシュする黒人に入るオレのツッコミの方が、反射的に放たれたサブマシンガン掃射より少しだけ先んじた。タタタタタタ、と音は軽いクセにその実、一発でも入るととんでもなく痛い銃弾が目の前を通り過ぎていくけど視認できるほどの動体視力ないよねオレ! 掃射は二秒。弾切れまであと二回、これをやればいいんだけど、その前に何か死ぬ予感ヤバい。


「弾幕厚いぜやっぱり! 三人ならなんとかできないこともないんだがなー!」


 ふいー、という深呼吸のあと、そんなことをのたまう元<七ツ星>のカラーズ。軽めの人外がここにいた。


「それマジ?」


「おう、マジマジ。スプリンクラーが向こうの天井にあったじゃん?」


「銃撃戦予想して相手ハッカーが停止させてるでしょ」


 ≪うんー。ブラック、再稼動するなら一秒でできるよ≫


「んにゃ、水が出ないからイイんだ。バド、一人減らせるか?」


「簡単に言うなあ。……そのジッポーくれるならやる」


「こんな時でも請求すんのかよ!」


「うっさい必要経費だっつの!」


 ゴネるかと思いきやすんなり投げ渡されるオイルライター。さっきちらりと見たがこれ、なんの装飾も入っていない。


「……はぁー! じゃ、ヤるけど。死んでも恨まないでねブラック。あと恨まないでね」


「もしミスったら地獄で待っててやるぜ!」


「恨まないでねって今言ったばっかじゃん!! シルフサン、カメラ見えてる?」


 ≪見えてるよー。やっぱり構えたまま動いてない≫


「じゃ、オレが撃ったら命中箇所を教えて。……集中してね!」


 ≪ハァイ≫


 もうこれ以上オレの魅せ場ないからね! 一回だけだかんね!


 通路を横切る場合、オレの足の速さじゃブラックと違って相手の反応速度に負ける可能性がある。可能性があるってことは危ない橋なのである。そんな橋渡りたくない。


 ので、この場合は5mの幅をどれだけスピーディーに抜けられるか、という話。カッコ悪くていいから無傷でブラックの待つ向こう側まで辿り着ければOK。


 ターンをする水泳選手のように、壁に足をつけて、お祈りタイム。


 シルバーのジッポーを中空に放る。銃を構える。



 /


 壁を蹴る。ワックスの利いた床を背中で滑りながら、バド=ワイザーは標的に照準を合わせた。


 通路を守る四人の兵隊が、スライディング出現する人影に銃口を下げながら掃射を開始する、その一瞬前。


 放たれた9mmの銃弾の行き先は投げたジッポライター。弾ける火花。半瞬遅れの甲高い金属音。


 ――。バドの弾丸は軌道を変え、一糸乱れぬ統率で侵入者を迎える四人の兵隊に肉薄する。


 ≪――HIT! 一番右のヤツ! すごいやバド、右手首に入った!≫


 極限まで追い込まれた精神が、シルフからの無線を聞きながらも時間認識を限界まで引き伸ばす。


 スローモーションで落ちていく、右端の兵隊のマシンガンと、どう頑張っても足に命中してしまうであろう銃弾の雨。


 来たる激痛の予感に、泣き叫ぶべく肺が膨らんだその、切り取った瞬間の中。


 抗えない力で壁際に引き寄せられたバドは、その原因を見た。


 ――この場に来た時と同じように、自分の首根っこを掴んで引き寄せる黒人の大きく力強い腕。バトンタッチだと言わんばかりに死地に飛び込むブラック=セブンスターの残像を。


 斜めの跳躍。開きっぱなしのドアノブを足場にしての三角跳び。その躍動は、走馬灯を見るようなバドの視界をして、おそろしいスピードで展開した。


 振り上がる兵隊三人の銃口。スプリンクラーを掴み、身体を引き寄せ回避するブラック。まるで上下が逆さまになったかのように、彼は四肢で


 ここまで四秒。空中から跳びかかる【賞金稼ぎ】の両膝が、仲良く並んだ兵隊二人の喉に炸裂するまで、今度は一秒もいらない。


 突如として至近にした標的に、残りの一人はけれど驚愕の隙間を作ることなく、引き金を引きながらその銃口をブラックに向ける。


 壁に弾痕の線を走らせながら、サブマシンガンの銃口が立ち上がり振り返ろうとするブラックに照準を合わせる。




 振り返った先、突き付けられた銃口を目の前に、ブラックは笑った。


「――――。惚れ惚れする情報精度だぜ兄弟」


 銃弾を吐き出しつくしたソレは、もはやただの筒に他ならない。


 どさり、と崩れる最後の障害。


「もう! もう絶ぇぇぇぇぇッ対やんねえからなあ!?」


 通路からブラックへ、バドの中指を立てた右手だけが現れ、ブラックはもう一度笑った。



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