第12話/8 <妖精>シルフ


 先代の離脱から数年。四番目の空席が埋まったのは、かの【大強盗】が【鉄と火薬の魔女】から二番目の椅子を奪い取った日よりも、二年ほど早い。


 一部の人々が様々な感情を持って受け止めた、。それと同じ年に、今度は世界中が叫び声を上げた一日が存在した。


 五カ国首脳同時多発電脳侵入テロ――後世に『妖精事件』と名を残す事件である。


 概要は味気なくそのまま。先進国の主要五カ国の政府サーバーに、まったく同時にハッキングが行われ、電脳上のこととは言え、その最深部まで侵入が果たされた。


 持ち出されたデータは皆無。また犯行声明も上がっておらず、たたただ事実上、世界屈指のプログラム防壁が五つ突破された、という一大事件。


 ハッキングを行った集団組織の詳細は不明。最大数を考えることもできず、最低五人と目された、五つの政府機関のドアを力ずくで破ったそのハッカー集団は自らの功績を大々的に言いふらすこともしないまま、ゆえにどこからか名づけられた。


 擬似的な無限を擁する電子の海。そこを誰よりも速く泳ぐ、現代に復活した【人魚姫】。


 DIVER=DIVA。


 この時代において、ハッカーと言うには生ぬるい存在を、ダイバーと呼ぶ。


 ――そして、かの事件により起こったを、【人魚姫】は特に正すこともしないまま、現在に至っている。



 /



「うっは! さすがは<レイニィ>、強固なカベは何度も破ったけど、こう来るのは初めて!」


 もう二十回は超えている。それだけの数のプログラム防壁を突破して、なお新たに立ちはだかる電子情報という名の城壁。アンダーグラウンドな世界の話ではあるが、まごうことなき有名人――魔術師ウィザード級ハッカーがことあるごとに新造してくるソレに、は絶好の玩具を手に入れた子どものようにはしゃいでいる。


 二秒あれば、ルナの残党が待ち構えるこのビルの情報全てを丸裸にできた。


 五秒あれば、その管制を全て自分の手にできた。


 その予定を、完膚なきまでにぶち壊された。卓球台の間を跳ね回るピンポン玉のように主導権が行き来する。お陰で電子的なロックを開錠するまでに、現場にいる二人は足止めを食らい、その分現実の生命に危険が生じ続ける。


 彼女は生粋の娯楽主義であり、また空を飛ぶ連中の、空に魅せられる、という感情にも共感がない。実弾飛び交う戦場なんてものはゲームの中だけで充分だし、間違っても自分がそんな場所に飛び込むなんてことはできはしない。


 できはしない、からこそ。進んでその役を買って出たブラック=セブンスターの身に危険が生じることも、進む気まったくなくその場にぶち込まれたバド=ワイザーの情けない悲鳴が聞こえ続けることも、彼女的には良いものではなかった。


 というか、「任せて」と自分で言ってしまったのだ。彼女も劇場型賞金首ミリオンダラーの一人であり、その適性はばっちりあった。


 誰のことは裏切れても、


「……ふぅッ!」


 デスクに転がる棒つき飴チャップスの袋を破り、口に入れる。


 飴玉はコーラ味。一番好きなヤツだ。好物ばっか優先して、引き当てる確率が低くなっているところに掴むと、幸運までバックについてる気がする。


 さて。潜る為にはシュノーケルが必要だ。


 ――電子情報視認化ゴーグルを、右目に引っ掛ける。まだ左目は現実を……あぁいや電子の海だって紛うことなき現実だけど。とにかくこっちの世界を見てなきゃいけない。


「……ま、科学的に神様を信じてるワケじゃあないけどね」


 ひとりごちる。 灰色の髪を両手で掻き上げ、深呼吸をもう一度。


 ――ゴーグルをしっかりつけて、モニタON。メインウィンドウが一つだけ。


 彼女たちが『ハッカー』ではなく、『ダイバー』と呼ばれる所以ゆえんがそこにある。



 リクライニングチェアーの背もたれを倒し……五つのを右手に嵌めて。



潜水開始エントリー。はは、珊瑚礁みたいだ。――接続開始コネクト


 そうしてカラダを置き去りに。


【人魚姫】DIVER=DIVAの<妖精>シルフ――ファリシア=エリューゼロッテ・ランバートの意識は、情報の海にした。



 ――脳電流をダイレクトにネット世界へ接続する機械が、シルフ――ファリシア=A・ランバートの武装である。


 他種族には真似できない、電気信号の複雑化。その筆頭たる指の自由可動を元に、電脳上でのあらゆる操作を可能にする五つの指輪型ツールと、どんなに高価なデジタルカメラより高性能な人体の視覚を受動媒体に。

 百年単位のあらゆる情報を明記、保存、再生、再認する脳を収集コンポネートに。


 空を飛ぶための機構、FPフェアリーパウダーがオーパーツであるのならば、彼女こそは現代科学の最先端を地で行く二十一世紀のグローバル・スタンダード。



『とーりあえずはこんだけ積めばもう十秒は稼げ、ってうおあー!?』


 <レイニィ>紫陽花テキストがその言葉を発するのに三秒弱。合間に用意した防護プログラムが秒未満で撃ち抜かれ、彼が現実にプログラミングを行っている部屋のパソコンまで、その台詞の間にされた。


 一瞬で塗りつぶされる監視カメラの映像。真っ黒になったパソコンのメインモニターに、言葉を話すのとなんら遜色のない速度で記される文章の羅列。


 ≪ハローハロー! キミ<レイニィ>でしょ! いやあ、逢えて光栄だ! その多段防壁プログラムの腕前は流石としか言いようがないね!≫


 ≪そういうアンタはどちら様? 言っちゃ悪いけどコレをセコンド未満で破るハッカーに知り合いなんていないんですけど!≫


 ≪おっとと失礼! 同胞だからって気安すぎたね【五番パレード】。ボクは【四番人魚姫】。ねえ、もっともっと出来るでしょ? 一切合財ここで魅せてよ! ああ、こんなに楽しいのは久しぶりなんだ!≫


 紫陽花テキストは戦慄する。


【人魚姫】。魔術師ウィザード級ハッカーの彼の思考が、物理的な遮断を検討するに足るだけの存在。世界にたった五人の妖精フェアリー


 ――簡単な話だ。魔術師は魔術を修めた者のことを言う。


 だから、最初からが、そんな風に呼ばれるのだ。


 FPライダーが空を飛ぶ高さを競うのと、まったくの反対。


 ハッカーたちは電子の海に、そのを競う。


 その中でも【人魚姫】は格がもう三つほど違うと言って間違いでもなく。


 電脳戦において、ヒトと妖精が争った場合の結末も知れていた。



 ≪しゃーない。いっちょう胸を貸していただくとしますかーシルフさん。貝殻ビキニに突撃するのは男の浪漫だし!≫


 ≪残念ながらダイバースーツなんだなーこれが!≫


 ≪それも大好物ですッ!≫




「――獲った! バド、突き当たり右の階段から上に行ける!」


『了解! ちょおブラック! 右、右! そっち左ギャース!』


「ギャーごめんディッセンさーん! 管制八割獲られたっす! 四階から下はカメラもドアロックも向こうに握られちゃったー!」


『おや、貴方が仕損じるなどとは、いよいよもってたまらないですね。了解しました』


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