第12話/7 月功(Moon-(Ar()beit)圭一
「は? 倒産っすか……?」
某日の朝。先立つものどころか培ってきたモノさえ危ういプー太郎ことオレこと圭一は、バイト先の雇い主からの電話で起き、寝起きの一発を食らったのであった。
促されるままに、長期滞在のために宛がわれたホテルのこの一室に付属しているテレビを点ける。うお、なにこれ凱旋パレード? アメリカかどっかのシャッターフラッシュが凄まじいことになっていて寝起きの瞳孔に凄まじい光量をぶち込んできて、電話の内容と共に凄まじく頭が痛くなってくる。
その邪悪なモノを消し去る呪文めいた光を一身に受けつつ、鏡面サングラスでばっちりガードしている、印象的には真っ先に
さておき、インタビューの内容を拾う。ご丁寧にテロップまで張っついていて、世情に疎いオレみたいな世間的半端モノにも優しい時代らしい。内容はちっとも優しくなかったが。
「あー……把握しました。にしてもマジっすかこれ……」
大々的に――おそらくは牽制も兼ねた――ミリオンダラー討伐を取り上げている朝のニュース。チャンネルを変えてもどの局も内容は同じで、撮ってるカメラのポジションくらいしか違いが見受けられない。
『残念ながらマジです。つきましては圭一くん、またお仕事を手伝ってくれませんか? 現実的な話をすると、取り分が凄く増えててお得ですよ』
と、実際的にオレの雇い主であるディッセンさんは言うのであった。
「そりゃ構いませんけど。っつーかなんで生きてンですかアンタ。亡霊?」
『はは。幽体になれれば私の悲願も近づくやもしれませんが。そのあたりの種明かしも会社でお話しますよ。いや、助かります。本当に人手が足りませんで。戦力になるのはもうテキストくらいしかいないんです。メイもノーヴェもこういった、いわゆる事務作業というのは無理でしょう?』
「三人とも生存っすか。実質三分の二しか討ち取れてないじゃねーかチャイルド=リカー! で、状況から考えると泊まり込みっすよね。何か持ってく物あります?」
『流石は圭一くん、気が利きます。貴方を引き入れた事が私の一番新しい大功でしょうね。今年中にはどうしても終わらせたい。貴方が暮らせるだけの日用品は揃ってるんですが、主に私とテキストのラストスパート用のエネルギー分がありません。ドリンク系統やゼリー飲料を、
「ラジャー。レシート持って行きます。……領収証は?」
『ははは! いいですね、その皮肉利いたジョーク。ポイント高いです』
……とまあそんな心温まる遣り取りの後、オレは一年近く滞在したホテルを出立することとなった。
寝間着のシャツをベッドに放り、ユニットバスの横に付いている洗面台で顔を洗い、歯を磨き、鏡に映る、それなりに見知った顔と向き合う。
標準で薮睨みしているような目つきのよろしくない、総白髪の少年以上青年未満の顔。わりかしイケメンの部類ではないか、と自己評価を下してみるものの、左の唇から顎に向けて数センチ走っている傷痕が、パンピーを自称するオレがカタギに見られない要素一端を買っていることは否めない。あと実際どうやらパンピーではないっぽい。まあバイト先が色々アウトなのが全部である。
鍛えた思い出が特に無いものの、無駄を省き絞られた上半身にも沢山の傷が残っている。まあ、今となっては些細なものだ。現にこうして生きていられるわけだしね。
『パンクだなー!』というテキストさんの総括に異論を挟めない。
身支度を全て整えて、いかついチェーンでジーパンの腰と接続した財布をケツのポケットに押し込み、手ぶら同然で部屋を出る。
フロントでもはや顔見知り以上になってしまった従業員の方々との挨拶を済ませ、晴天なのにどこかどんよりした空気の悪さを纏う上海の大通に。この雑多どころか様々なモノがひしめき合う魔都の雰囲気も存外、嫌いじゃないんだよなー。などと思いつつ、まずは道すがら頼まれた物を買うためにマーケットを目指した。
二度とは戻れない日々の記憶。それすら惜しめない日が近々到来しようとは、この時のオレにはまったく予期できていなかった。
この、始まりこそビッグニュースで開幕したオレの日常が、
だってさ、討伐済みの賞金首にもう一度ブッコミが発生するだなんて思わないじゃん普通。
だからこれは、主観めいた誰かの客観。いつか掘り出されることがあるかもしれないが、未来においてそう価値を見出せない、マリオン古美術専門店的にも値段の付けようのないモノだ。
この後、そんな未来を知る由もないオレは、しこたま買い込んだ緊急チャージ用ドリンクやらゼリーやらの入った袋を片手に、かつてはガイキチさんが和気藹々と暮らしていたビルに、馴れた顔で入って行くのであった。
そして、この七月から年が終わる十二月末まで。偽装ながらも、体裁として“企業”を為していたマリオン古美術専門店――ルナのデスマーチ……実稼動事務担当がディッセンさんとテキストさんしかいないという、仮に賞金首でなかったとしても余裕で賞金がかかるレベルの、鬼畜がかったブラック企業っぷりを目の当たりにするのだった。
改めて化け物である。ディッセンさんはオレを雇って正解だ、とか暢気に言っていたわけだが、それ以前をどう凌いでいたんだあの人ら。
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