第12話/4 <レイニィ>紫陽花テキスト


「げ」


 紫陽花テキストはに気がついた。彼が今現在追われている事務作業に使っているパソコンのモニターとは別。他に二台あるうちのひとつに、誰かしらからのアクセス痕。


 遠距離からスナイパーライフルのレーザーサイトを心臓に貼っ付けられた己の姿を幻視する。


 それでも彼の手は一瞬たりとも休まなかった。タカタカタカ、とリズミカルにキーボードを打ちながら、彼は現在進行形の仕事とは別の思考を脳に走らせる。


「ディッセンさん。ヤクい。そっちの仕事あとどんくらいで終わります?」


 右手と左手は別のキーボードを叩き始める。最後に一瞬だけ、やっと終わりの見えたデータの羅列を網膜に焼き付け、両目はもう、もう一方のモニターにだけ注がれている。自動化されたタイプライターのように、左手がそれまでの右手の作業までも請け負って数字と記号を叩き込んでいる。


「こちらはもう終わります。どうかしましたか」


 ストレスフリーを目指したゲームのスタッフロールのように高速で流れていくデータ群。点滅しながら画面下から上へと消えていく整合性の見られない記号は、逆さまに降る雨のようだ。ディッセン=アルマトールは白いスーツのえりを直しながら、事の後始末を共に請け負った相棒に顔をる。


くさいっす」


「おっと、それは穏やかではないですね。偶然の可能性は?」


「掘り下げて来てるからそのセンは無いっすねー。に目的が見える」


「つまり?」


「オレらがルナだってことを知ってるか、知ろうとしているか」


「……こちらは今終わりました。テキスト、貴方の方は?」


「こっちも終了、っとお!」


 ッターン、とひときわ強く打ち鳴らされるエンターキー。職務を全うした左手は束の間の休息に入る。


「一応、私たちは討伐済みの賞金首なんですけれどね」


「ウェーイ。あん時のチャイルド=リカーともう一人に対してメイちんの≪洗浄≫は確実に作用したと思われまっす」


「では、第三者があの場に居た、という可能性は?」


「やー、あったとしても同じように食らったハズですし」


「……と、なると。それ以前の仕事が関わっている、かな」


「ありゃディッセンさん、思い当たる節アリ?」


「テキストこそ」


「アッハッハッハ」


「ふふ」


 お互い、安く作った笑顔を交わして。


「ディッセンさん、圭一っちゃんとメイちん、あとノーヴェも呼んでおいてください」


「了解。テキストは?」


「サビ残っすわぁー。軽めに見積もって一週間以内。早ければ三日後にでも攻め込まれるっしょこれ。やーだなー、ウチ今戦闘職残ってないじゃないっすかー!」


 少しだけ、ディッセンの表情が曇った。


「テキスト」


「冷蔵庫にエナドリ入ってるんで、三人呼びついでに持ってきてくださいよ。翼授かりてぇー」


「……テキスト」


「なぁーんすかその顔。物理的に距離があるってのは強みですよ。アクセス元はです。まさかもっかいチャイルド=リカーが来るわけじゃあないっしょ。それに、だからオレがする仕事よりもある意味ディッセンさんの方が責任重大なんすからねー。いざ攻め込まれたって時には二次元専門のオレなんかマジで役に立たないんすから」


「任せても?」


「ばっち来い来いっすよー。オレを誰だと思ってるんすかーやだなー」


「……はい。では任せます、<レイニィ>。【魔術師ウィザード級】のハッカーの腕前、見せてもらいますので」


「うーい。任されましたぁー。やーしっかし、魔術師ウィザード捕まえてやらせるの事務職とか凄まじい会社っすねほんと」


「ま、それはお互い様ってことで」


 ディッセンは手を振って部屋を後にする。


 天井の蛍光灯を見上げ、一度限りの深呼吸。


「――さっ! それじゃあ迷路の構築、頑張りますか。【パレード】所属で三日以内に発注納品とか【デスマーチ】もいいとこだなぁーもー!」


 ま、現実に練り歩くよりだいぶマシ、と笑って。


 残る最後の一台。点滅するカーソルだけが存在する、まっさらなプログラミングファイルに、こう見えて世界屈指のハッカーである紫陽花テキストは、最初の一文字を打ち込んだ。



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