第12話/3 【情報屋】-Bad=Wiser-


【人魚姫】シルフが手にした、ルナに辿り着くための経済経路データ。


 電脳ならではの世界旅行。瞬く間に各国を経由したそのデータのアクセス元は上海シャンハイだと突き止めた。


 けれど、それもそこまで。おびただしい量の存在するデータ網の中から、そのたったひとつの『正解』を手にすれど、『次』には届かない。


 笑ってしまう。のアンコールのような――望んでもいない――案件だが、前回にしても思ったことだ。


【パレード】ルナ。神出鬼没の、人体に関わるすべての売買を生業なりわいとするミリオンダラー。


 社会的に、そして実際的にその討伐には成功している。だが、解らないことだらけのままの解決だったのだ。


 生き残っているであろうルナの人数から始まり素性、名前、性別、年齢、身長体重社会的地位――人間としてのパーソナルがまったくの不明。残党狩りに際してどの程度の戦力を持ち出せばそれが可能になるかも不明瞭。


 そして今回。一度は『討伐成功』となった賞金首を<最強>のカラーズが実は獲物を仕留めそこなっていました、などというスキャンダルが、賞金稼ぎと賞金首が動かす世界に与えてしまう影響を考えれば自明に尽きる。


 更に具合の悪いことに、ルナはである。今更残りのメンバーを捕まえたところで1セントにもならない。つまり、賞金首を狩ることで生計を立てているカラーズを戦力にすることは実質的にできない、ということだ。


 ――そこは、誰に言われるまでもなく理解している。彼等は決して正義の味方などではない。


 笑ってしまう。


「イイよ。ちょうどツテがあるんだよ、今回に打って付けの戦力ってやつに。まァ人生損してばかりな御仁だが不思議と好感は持てる。このご時勢に、どっかの誰かさんとは違って、だ。笑っちゃうだろ?」


「それに、それ以上の鍵がないって? ハハ。上等だよ上等。キミら千両役者ミリオンダラーならってカッコつけちゃおっかなオレ。いいかなシルフサン。オレはバド=ワイザー。情報屋だ。知りたいことがあるんだったら、何だって教えるさ。オール時価だけどね。金銭だけじゃなくて情報交換でも受け付けてる。バナナの皮が落ちてる道路の場所から、憎い相手の弱点まで何でもござれさ。――ルナが<人材派遣のパイオニア>なら、オレは<情報のパイオニア>だ。一両日中には一報入れるよ。そんじゃーね」



 ――そうして現代の錬金術師じょうほうやは口元に笑みを浮かべた。それは、逆境を愉しむレオのものとも、どんな相手にでも不敵な態度を崩さないチャイルド=リカーのものとも違った、ある意味でひどく人間味に溢れた心理から来る挙動だった。


 押し寄せる不安と危機。バドの笑みは、それらからを守るための、自衛の笑顔だったのだ。



 /



 そして。


「えーハイ。マリオン古美術専門店について聞きたいことがありましてー、ハイ」


 彼の笑顔は引きっていた。冷たく黒い銃口が濃厚に彼の額に口付けしている現在。


 売り手を探すなら買い手から。生産者を辿るには消費者を当たるのがこの場合最も早い。


 というわけで、まったくもって褒められた話ではないがルナにも顧客が大勢いる。それは生前、ルナの団長であるグノーツ=フェブラリィが今は亡きチェスの面々の前で高らかに言ったことでもある。


 移植用の部位から始まり、人格を消された生きた人形、比較的平和なものでは子を求める夫婦や隠し玉、影武者――果てはまで。ルナというが社会の裏側に貢献している利益は計り知れない。


 そして、だからこそその消滅が与える影響も、顧客にとって計り知れない。走る動揺の足跡を辿って、富豪や財団レベルの(戦力的な意味で)高難易度の顧客は外し、個人でルナの恩恵にあずかった人物をピックアップ。カードを揃えていざ取材、という経緯があった。


 あったのだが、これである。


「俺が美術品に興味ありますって面かあ? ああ?」


「いえ滅相もないです。どっちかって言うと危ない仕事してて案の定お腹にズドンされちゃったけど脛に傷があるからまっとうなお医者さん頼れないわドナーもいないわだから別の方法でなんとかしましたみたいなお顔ですねハイ! それもここ半年以内」


「テメェ……どこの誰だ。後ろに誰がいる?」


 早口で男が内心の動揺を激昂で押し殺して、引き金に指をかける。


「名前売れてなくてなにより。オレについての情報、いくらで買います? ちなみに後ろにはこわーいオニイサンがスタンバってます、ハイ。これはサービス」


「情報屋か……陰気なが堂々と日の下歩いて来たことは褒めてやるよ。いいから吐け……誰に雇われて俺のところに来た?」


「値段次第じゃそれも請け負うけど、ちょっ! Wait!」


「鉛玉ひとつで釣りが来る、違うか?」


 確かにそうだ。情報を生業としているバド=ワイザーにはこの窮地に――たとえば人体の限界じみた反射速度で額に触れている銃の一発をかわすこともできなければ、警戒心が最上級でアラートを鳴らしているであろうこの目の前の男に対して、培ってきた功夫クンフーで肘を打ち上げて銃口を逸らし同時に鳩尾みぞおちに強烈な一撃を加えて悶絶させる――などというアクション映画さながらの動きも取れない。


 彼の武器はそういった直接的なものではない。


「あーもーやだやだ! これだからアウトローは嫌いなんだよオレ!」


 迸る緊張の糸が切れたのか、バド=ワイザーは目に演技ではない涙を溜めて喚き散らす。


「相手の眉間に銃口突きつけて脅すのが『交渉』とかどこの蛮族だよ! もっとスマートにいかないものですかねえ!? 情報屋ナメすぎじゃない!?








 ――?」


 男の呼吸が止まる。瞳に涙と――隠しようもないほどの知識を宿したバド=ワイザーは口を動かし続ける。


「セイレン=フリーマン。三十六歳独身アメリカ国籍。身長194cm体重85kg。趣味はダーツ。IT関連企業ので生計を立てるも半年前に対抗企業のエージェントとやりあって腹部に銃弾が残留。その時に上役の会社はアンタを切って知らん振り。命の危機に際してアンタが頼ったのが。もちろん扱ってるのは美術品じゃないことくらい解ってるから茶化さないでね。で、どう? オレは今アンタに殺されかかってるけど、交渉に来てるんだよね。情報提供料もきちんと払う。ねえ、どう? セイレンサン。上に切られて次のお仕事、安定してないんでしょ? 



 ごくり、と喉が鳴る音がした。


「…………わかった。情報屋、名前は?」


 ゆっくりと銃口が離れる。


「良かったー! 死ぬかと思った! 情報屋のバド=ワイザーでぇす。アンタが交渉に乗ってくれて安心したよ。情報提供者に何かあるとほら、寝覚めが悪いじゃん?」


 その、バド=ワイザーというが。


「何言って、――――」


 セイレンの喉に、後ろから回された黒い指先が触れる。呼吸は再び止まり、ゆっくりと顔がその相手を視界に入れようと回る。


「最初にサービスで言ったでしょ。って」


 バド=ワイザーと名乗るこの情報屋の顔にも名前にも覚えがない。


 だが、今まさに交渉が決裂し、引き金を引いていた場合――それより早く自分を仕留めたであろう、その男に対しては、顔も名前も覚えがあった。


「…………ブラック=セブンスター」


「オーライベイビー。バドの交渉に付き合ってくれるんなら、オレだって何もしない。気楽にいこうぜ、兄弟?」


 彼こそが対ルナの残党に対する戦力。


 バド=ワイザーの言うお人好しの正義漢の正体だった。



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