第11話/7 足無しカカシとサンデイ・ウィッチ


 ――おそろしい程に、さとい子どもだった。


 まだ足し算も覚束おぼつかない歳の頃だと言うのに。



【世界の半分を手にした男】の娘はその夜から、両親と眠る日常を、枕を抱いて拒んだのだ。



 ひとつのベッドに、三人分のちいさな身体が、一枚のシーツにすっぽりと収まっている。



 ゆっくりとした呼吸。それぞれ上下する身体はふたつ。飴色の髪と紅茶色の髪がふたつ。その内ひとつが、小さな手を繋いだまま、息を殺して、ひとりを見ている。


 ――ああ、僕は夢を見ているのか。ベッドを俯瞰するに気付いたところで、そのからくりに気付く。そうすると、この後の展開はもう知れていた。


 八月の涼やかな風に、木の葉が揺れるのを、別カメラが捉えた。眩い陽射しのイメージ。けれど場面は夜。


 唐突に窓の外は煌々とした赤色に包まれる。庭に放たれた火。ふたりまとめて抱きしめられる。今生の抱擁。ああ、そのまま一緒に、連れて行ってくれたら良かったのに、母さん。


 ドアを見つめる父さんの姿。拳銃を握った手を額に当てて、祈るようなモーション。それは、この後に何度も見る――だからこの夢に投影された、レオの動きだ。


「    」


 何を言われたか思い出せない。フルカラーのくせに、十九世紀のような無声映画。


 どたどたと、効果音だけが参入する。火の手は家にまで到達し、割れた窓から煙が逃げていく。僕らは人間だったので、そうすることが出来ない。手を繋いで走り出す。



 悲鳴が上がる。黒い影が此方に気付く。だけど周りの音が大きかったから、その声の所為じゃない。そう言い聞かせたのはどちらだったか。手を引いて、部屋に隠れる。


 ベッドの下に潜り込み、燃える廊下を見ている。


 視界に入っている大人たちの膝から下だけが、部屋に、押し入ろうとして、燃えて倒れる柱に邪魔をされる。


『ランスロット』


『だいじょうぶ。だいじょうぶだから、カ――』


 双子だからか、曖昧な夢での視点が混同している。


 名前を呼んで、両手を繋ぎ合わせて、祈るように目を閉じた。




 目を開けた時には、父さんも母さんも居なくなっていた。



 愛情の程は、今となってはわからない。それでも、その多寡がいったいどうだと言うのだろうか。


 六年間、常に自分と一緒に居てくれた親を、ある日突然喪う。まだ狭い認識の中で、それは世界の崩壊を意味するのと同じだった。



 何の為に生きるのか。どうやって生きるのか。――奇跡的なまでに軽傷で済んだ僕らは、けれど屋敷と同じように。綺麗さっぱりと、というものを焼失していた。



『だから――』


 あの日、繋いでいた手を離した。



『頑張ってぼくを殺しにおいで。そのかわり――』


 焼け落ちた人生を動かす、あまりに幼い原動力と。


 それを偲んだ男の、贖罪にも似た契約の日。


『ぼくの家族は、手ごわいよ』


 /


 ………………。


 目を覚ます。破れた夢を、見ていたようだ。


 十年前にあてがわれた部屋の天井。ベッドの中には僕しかいない。



 三人で眠っていた日が遠く感じられる。今ではどちらも、遠い場所にいる。



 あれから十年。僕はまだ、逃げ出せずにいた。


 昨日のレオの言葉をぼんやりと思い出しながらベッドを出て、携帯電話を手に取る。


 コールは四回。これは、いつもに比べて長い方だ。



「おはよう、ドロシー。後ろで何かあった? 騒がしいけど。うん、うん。そう……それでさ――」


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