第11話/6



 夜。


 お風呂に入って(あ、OZの皆さんにお風呂趣味の方はいないみたいで、どーん! と広い浴室ではなかったので個別に入りました。あぶなかった。)、パジャマに着替えて、ドロシーちゃんのお部屋で、寝る前の座談会ガールズトーク


 生粋のお嬢様、もといお姫様――裏社会の、という言葉が先に付いてしまうのが色々と問題だけれど――のドロシーちゃんのベッドはやはり、というかなんというか。ひとりではどれだけ寝返りを打っても大丈夫な大きさを持っています。


 枕を抱き、そのベッドの端にちょこんと座るドロシーちゃん。


「床でいいの?」


「うん。日本だとわりと普通、かな。絨毯じゅうたん敷いてあるし」ちなみに靴は脱ぎました。


「うふふ。椅子を使わないというのは新鮮です。屋内なのに、ピクニックに来ているみたい」


 マリアさんはご機嫌だ。


「そ、そうですか……それで、その……」


 その中でひとり、所在なさげというか実際所在ないのが私だった。


「はい。なんでしょうか、ハイネちゃん?」


「これは、その、はい。なんでしょうかコレ」


「お嫌でしたかしら」


 ぺたん、と床に座るマリアさん。


 に、後ろから抱えられた状態でぬいぐるみと化す私。蓮花寺灰音。


 そう、ちょうどドロシーちゃんの抱く枕みたいになっている。


「や、嫌とかじゃなくて、その、たいへん由々しいと申しますかその……」


 くそっ! たすけて弓くん!


 蓮花寺はよからぬなにかにめざめてしまいそうだよ!!



「あらあらうふふ。……それで、あの方のお話でしたね。その――」


 抱いた私の頭越し、マリアさんはドロシーちゃんに確認するように視線をやった。


 ドロシーちゃんは、ほんにゃり笑うと「いいよー」と、私の知らない何かを許可するのであった。


 とくん、と私の後頭部と密接な関係(物理距離的な意味で)にあるマリアさんの胸が鳴る。気取けどらせないような深い呼吸が静かに、私の耳にかかって、その、あの。


 すごく確信に迫る話題だろうことは雰囲気からわかるんですが私のアタマがそれどころじゃないです!


 そして。


 湯で上がった私の思考のように。


 あるいは真夏の決勝戦。球場を覆う大歓声のような。



「……あの方――ランスロット様の伝説は、もはや『神話』に近かったのです」


 そう、今となっては遠い日の思い出を、空に魅せられた者ならば誰しもが抱いて当然、というように――確かな熱をもって、紡ぎ始めた。



「わたくしたちFPライダーが鳥だとすれば――そう、チームの名前も【翼】なのはそこに由来するのですけれど。あの方は皆にとっての【空】だった。当時、たった十二歳のちいさなちいさな少年に、わたくしたちの誰もが目を奪われ、ただただ憬れ、同じように見上げ続けたのです。FPボードを“空を飛ぶ道具”としか見ることができなかった人類に、『そうではない』と示すような、そんな。まるで、御伽話おとぎばなしのような、日々でした」




 誰よりも高い場所で。遥か下で懸命に羽ばたく鳥たちなどにはいっさいの興味を持たない。


 ――。人が空を飛ぶ、という幻想を実現させた現代科学のすい。この二十一世紀を代表するFPフェアリーパウダーという機構は、まるでの為に生み出されたとさえうたわれる少年、ランスロット。


 、と証明してみせたその存在に誰もが夢をせられたのだと言う。


 ゆえに彼らは飛行症候群――ピーターパンシンドロームと呼ばれるようになったのだ、と。



「誰もがランスロット様に夢を見ていた。いいえ、あの方こそが、誰もが見る夢そのものだった。同じ場所で飛べないことくらいは解っていたけれど、同じ夢を見ていられた。……だから、」


 そこで、マリアさんの口は閉じる。言い淀んでいる、のだろうか。


「――だから、は、全部のFPライダーにとって、夢を終わらせた敵なんだ」


 わずかな沈黙に何かを想ったのか、ドロシーちゃんがそっとその続きを口にした。マリアさんが息を呑んだのが解る。私のお腹の前で組まれた両手の指が、ちいさく震えた。


「……ごめんなさい、ドロシー様」


「いいよー。ほんとのことだもん。皆から空を奪ったのは、あたし。ランスロットを殺して、皆から恨まれてるのがあたしだもん。マリアとエルとジーナ……あっ、ジーナって呼ぶと怒るんだっけ。えっと、フック船長の三人だけは違うって言ってくれたけど」


 枕に顔を埋めて、ドロシーちゃんはそれでも努めて――そう、努めて。


 明るい声で、言った。



「それでも、ランスロットほどじゃないけど、別に良かったんだよ、そういうのは。あたしはただ、それでも……けっきょく最後の最後まで、アイツを捕まえられなかったっていうのが、辛かった。ううん、今でもほんとは、辛いんだ。お昼に紅茶の話、したでしょ? カカシは『ランスロット』が死んでも、変わらないんだよ。


 そうして、私の生涯の友人は、眉をハの字に曲げて、その宝石のような瞳にたくさんの涙を溜めて、こらえきれずにぽろぽろとこぼしてしまいながらも――それでも告げた。


『ただ、届かないのが辛い』と。



 認識を改める。


 この子は――私と違った意味で、私よりもずっと――人形だ。


 そして心が――あの日の私とは違って――壊れることを未だ赦されていない、人間だった。


 ドロシーちゃんを初めて見た時の印象を思い出す。


 まるでお人形さんみたい。それなのに、すごく活きている。


 なんということだ。あの日の私をぶん殴りたい。この子の、ドロシーちゃんのその人形らしからぬ人間味というモノに憧れた私は――その内に秘めた動力が、天真爛漫な振舞いから人生が楽しくて仕方がない、という喜びから来ているのだと勝手に勘違いしていた。


 この子はその悲哀に、癒えない傷の慟哭を動力に『笑顔』を造り出すという、とんでもなく辛い選択をしたっていうのに。



 マリアさんの、私を抱く手の力が強まる。私は自分の手を重ねて、そっと、






 その手をほどいて、ドロシーちゃんに抱きついた。お昼前の再会の立場逆転である。


 ドロシーちゃんは私のようなスパルタ教育は受けていないのであっさりベッドに押し倒された。



「ドロシーちゃん!」


 予想以上に大きな声が出た。


「なっなにっ!? どうしたの、ハイネ」


 面食らうドロシーちゃん。


「今夜は、一緒に寝よう?」


「う、うん、いいけど、どうしたの?」


「いいの、私がそうしたくなったからなの。マリアさんもいいですよね? だってこんなにおっきなベッドなんだし」


 なし崩し的にマリアさんも巻き込んで衝動のままに同衾どうきんを許諾させる私。このアグレッシブさは生まれもったものではないと信じたい。きっとお師匠様が悪い。


 しばらく放心していたように遣り取りを見守っていたマリアさんはと言うと、


「……ふぅ。これが若さ、でしょうか。わたくしとしたことが、厭になりますわ? 大人になると、ハイネちゃんのようなを選べなくなってしまう」


 などと私には良くわからないことを呟いて立ち上がり、すすすと足早に近づいてきて、


 えいっ、と私達がもつれ合うベッドに可愛くダイブしてくるのであった。



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