第11話/5


「成功報酬は変わらない。ぼくを殺せたのなら、きみはガラハッドやレジーナ……両親の仇を取るとともに、新たなアルフォートファミリーの家長だ。いや、その暁には“ハイドロビュートファミリー”かな。遠慮は要らない。親の仇くらいに思って、おいで」


「実際仇だし、その重たすぎるオプションは遠慮するよアーサー」


 十字架を背に踏み込む。目の前の男に教わった技術をきちんと活用して。


(――ふたりが無事で良かった。これからは、ぼくがガラハッドの代わりだ。)


 刃は短い。致命傷を与えるのなら、首か心臓。


(ぼくが直接手を下したわけじゃあ、ないんだけどね。そうだな……きみの両親は、ぼくが殺したも同然だ。いいかい、きみはこれから、そんな男に育てられる。たまらないだろう?)


 ――そう、十年前に告げられた。七歳の僕に、この男はそうして、


(ナイフの握りは、こう。うん。小指からやわらかく、けれど刃が動かないように握るんだ。そう、上手だ。)


「…………ッ!」


 一息に。懐に入って、胸骨の隙間に刃を通す。それだけだ。


 何もわからず、何をして良いのかもわからなかった頃とは違う。ただ、あの時はそうするほか無かったのだろう、僕には。今よりずっと小さい僕は、握ったナイフを、誘われるがままに十年前のアーサーに向けて――


 思い出と現実が混濁する。安物のナイフは実感が湧かないくらい他人行儀に僕の手の中で閃く。


 ――次の瞬間。アーサーが視界からかき消えた。違う。ブレたのは僕の方。ナイフの馴染まなさと同じくらいに、地面に立っているという実感が湧かない。これは簡単だ。。たったそれだけで僕の目は空だけを視ることになって、思い出の中の父さんの手と同じ――大きな掌に、頭ごと視界を包まれる。


 なんて鮮やかな体術。僕のつたなさも半分手伝って、手品のように無力化される。僕の足を払ってバランスを崩し、頭を掴んで地面に叩き付ける――そんな予測とは裏腹に、ひどくやわらかく、僕は地面に倒された。まるで、子どもをベッドに寝かしつけるように、だ。



「……何かの意趣返しかな。高級志向になれなんて言わないけども……馴染むくらい使い込んだ物じゃないと結果に響く。こんな安物で、まだタグでも付いてそうな新品のナイフじゃ、駄目だろう」


 奪われたナイフがぱちん、と畳まれる。空を見上げるばかりの僕の顔の横に置いて、アーサーは息を吐いた。


「続きはいつでもいいよ。まぁ、ぼくが独りで外に出るのも今日この時くらいだ。後はだから、屋敷でのチャンスになるだろうけれど。きみの殺意が鈍ってないのなら、また来ると良い。アルフォートの屋敷は、きみの家でもあるんだからね」


 十年前と同じ。


「――頑張ってぼくを殺しにおいで。そのかわり、ぼくの家族は手ごわいよ。夕食までには戻って来るように」


 そんな言葉を遺し、後ろの十字架に黙祷すると、アーサーは戻って行った。




 ……緑の匂いがする。


 僕は目を閉じて、大きく深呼吸した。



「……やっぱり、駄目だった。父さん、母さん、僕は――」



 ふたりまとめて頭を撫でる、記憶に残る大きな掌の残像。




 /




 気付けば空は夕方に差しかかっていた。丘の向こうに沈もうとしている太陽が、最後の足掻きとばかりに、いっそうオレンジ色の光を放っている。


 うっかり昼寝をしていたのだろうか。……夢は、何一つ見なかった。



 風に、ふわりと慣れ親しんでしまった煙草の匂いが乗る。寝ている僕の隣には、いつの間にかレオが居て、退屈そうに欠伸と一緒に紫煙を吐いていた。


「帰る時には呼べっつったろ、坊。おはようさん」


「……うん、おはよう。ずっと此処に?」


 片方だけ立てた膝に腕を乗せてだらけるレオは、まぁな、とだけ答えて煙草を灰皿に押し付ける。――車から取り外して持ってきたであろうそれは、結構な量の吸殻を溜め込んでいた。


「リベンジ失敗お疲れさん。今年は姫も居ないし、新ファミリー勃発を期待したんだけどなぁ」


「嘘つき。そんなの全然期待してなかったでしょ」


「ははッ。まぁな? 起きたンなら戻ろうぜ。坊が戻って来るっつって、料理番連中が張り切ってンだよ」


「うん……そういえば、あの時はレオが僕を床に倒したんだっけ」


「そりゃあ、ナイフ握ってオヤジさん刺そうとしてるガキがいたらそうするだろうよ、はっはっは」


 当時のレオは今の僕よりも若い、というか小さかったけど、その分容赦とかそういうのもなかったなぁ、とぼんやり考える。


「……ま、俺はオヤジさんほど子煩悩じゃ無ェし。姫みてえに坊にベッタリってわけでもないからなぁ。あんま気負い過ぎンなよ? 好きな事やりゃあ良いし、浮かばないっつーなら、見つければ良い」


 なんて兄貴風を吹かして僕の頭をわしわし撫でるレオ。


「やめ、鬱陶しいな、もう……」


「行こうぜ。帰りが遅いとオヤジさんの胃に穴が空いちまう。子煩悩っつーのは本当だよ。坊の前では大人ぶっちゃいるが、俺を迎えに来させたのは他ならないオヤジさんだからな」


「………………そう、か。その手があったか。ねえ、レオ。このまま帰っちゃおうか」


「やめてやれよ」


「冗談だよ。ごめん、行こう」


 身体を起こす。それから立ち上がる。


「ま、を選んだのはオヤジさんの自業自得だから良いけどな。坊、姫にはもう少し素直になってやっても良いと思うぜ?」


「…………解ってるよ、そんなことは」



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