第11話/4 足無しカカシの墓参り


『ふたりは、あたしより一つ上の双子でね。でもあんまり似てないっていうのかなぁ。髪の色もクセも、目の色も形も同じなんだけど、うーん。二卵性? だからってワケでもないんだろうけどさ。それでも、誰が見てもふたりの区別が付くくらいに、違ってたんだあ。だからこそ、なのかな』



『あの頃のふたりはいつも手を繋いでて、お互いが居ればそれで“足りてた”んだ、きっと。それこそあたしの入る余地もないくらい。……鏡に映った自分と手を握っている、って言うとしっくりくる感じ。それでも決定的な違いはあったよ。たぶん、繋いでいた手を離したのはアイツ――ランスロットの方だった』



 /



「んじゃ、俺はオヤジさんとこに挨拶しに行ってるからな」


「うん、ありがとう」


「帰りはちゃんと呼べよ、坊」


 その言葉には、イギリス人らしからぬ――日本人的な――曖昧な笑みを返して。


 うおん、と唸りを上げて去っていくフォルクスワーゲン・ビートルの背を見送り、少年は身体ごと振り返り、その正門と改めて対面する。



“Hyderobeaut” と家名の書かれた、黒艶の鉄柵門。鍵はない。それどころか、本来敷地を囲うように左右に広がる鉄柵は、門から僅か数mで断絶していた。


 ――そして、開いた門の先。


 見渡す限りの緑の平原。そこからどこまでも続く、緩やかな上りを描いた広い丘。


 それだけだった。


 だから、少年は、いちいち門を開く意味など無かったのだ。門の向こう側で彼を待つ、生まれた家などとうに消失してしまっていたのだから。


 幼少の頃、と言って差し支えない……けれど、輪郭が少しもブレない、この場所から見る屋敷のカタチ。目を閉じれば、それは今も鮮明に――赤々と瞼の裏に存在した。


 そうして、少年は。


「……ただいま」


 閉じていた瞳を開けて、一年ぶりに懐かしき平原わがやへ足を踏み入れた。







 空は雲ひとつない、抜けるような青。地面は全て、潤う芝の緑。見える景色はその二色だけ。太陽の橙色すら自分が照らした地球の、その色彩の鮮やかさに今は遠くで脇役に徹している。


 左右不揃いの足音。季節の恩恵を一身に浴びる芝は、少年の重みに潰れることはなく、その足跡を消していく。


 流れる風は温かく、その形を見せるように緑を撫でて過ぎて行く。もっとも、彼には


 風は紅茶色の髪も一緒に揺らし、少年が両手に持った花束も同じように揺れた。


 黒いスーツと白いシャツ。黒いネクタイに、銀のシンプルなネクタイピン。普段とは異なる出で立ち――つまりは喪服の少年、カカシはさして急ぐこともなく、ゆっくりとその場所まで歩いた。


 十字架を見下ろす。仲良く名を連ねて眠る、両親の墓標。


 膝を折り、花束を添えてしばらく。立ち上がることはせずに、その刻まれた名前を眺めて……おもむろに、口を開いた。


「……今年は、けっこう沢山のことがあったんだ。不思議の国ワンダーランドとやり合ったり、ああ、ドロシーと昔馴染みみたいだから、もしかしたらアリスの家のご両親と父さんたちは知り合いだったのかな。ああでも、ファミリーネームは聞いてなかったや。それから、新しい友人ができたんだ。賞金稼ぎをしていてね、ハイネっていうんだ。同い年だからかな、ドロシーとすごく気が合って、同じように危なっかしい。それと、冬にセシリアにカップを貰ったよ。あと――」


 出来事があった順ではなく、思い出した事柄からその都度、物言わぬ十字架に話しかける。カカシ自身、この十字架に、墓標という記号以上の意味を見出せない程度に信仰心が無いことをよく理解していながら。


「僕の背は相変わらず、去年と比べても全然伸びてないや。父さんはどうだったっけか。昔の僕らは小さすぎて、周りの大人ぜんぶが大きく見えてたから、わかんない。母さんより頭ふたつ分は大きかったよね」


 覚えているのは、幼い頃の自分の頭をまるごと包み込むような、おおきなてのひら。屈んでから、右手と左手でふたりまとめて撫でられると嬉しかった。それと共に、なにかこう、一纏めにされているおざなりさに、どちらともなく不満を覚えた気がする。記憶の顔には、後ろから光が差しているわけでもないのに影がかかっていて、よく思い出せない。けれど、それは笑顔だったことだけが脳裏に焼き付いている。


「ピアノも、もう触ってないんだ。ドロシーはアジトに置こうって五月蝿かったけど、この家やアルフォートの屋敷じゃないから、滅多に触らないのにあるのは邪魔だよね……この話はもうしたっけ。それに、ペダルを踏むのも少し億劫なんだ。去年よりも面倒くさがりに拍車がかかったのかもしれない。だからかな、父さん、母さん」



 風が吹く。独白は歌のように。





「――僕はまだ、ドロシーも。アーサーも殺せてはいないんだ。……うん、ハイネにはああいう風に言って発破をかけたんだけどさ」


 彼女のそれとは違い、僕の復讐はきっと正しくない、と。


 とっくの昔に結論づけた、幼い殺意に薄い笑みを添えて。




 ざぁ、と緑を鳴らして風が吹き抜ける。十字架と、その前に屈む少年に影が落ちる。


 振り返ると、そこには同じように喪服に身を包んだ大柄な男。


 少年を驚かせるつもりも、亡き家族への報告を盗み聞きするつもりも持ち合わせない彼は、見下ろす少年を眩しいとでも言うように。丸眼鏡の向こうでその瞳を細めて、身なりに相応しく、立場に相応しからぬ柔和な笑みでそっと、続きを促した。


「……いいよ、もう済んだところ」


「そうか」


 小さく肩を竦める仕草。少年と同じように花束を持ち寄った男は、寄り添わせるように、隣にそれを置いた。


「護衛はいないの? 


「自分のホームで、しかもの墓参りだよ? そこまで切羽詰った状況じゃないさ。一年ぶりだね、大きくなった。それよりそんな他人みたいな呼び方は止めて欲しいと前から言ってるじゃあないか。ドロシーのようにパパとまではいかないまでも、せめてお義父とうさんと呼んでくれたっていいんじゃないかな」



 ため息を吐き出す。そしてカカシは立ち上がり、見上げる。



 少女が友人たちにそう告げる、両親の仇。


 自身はカカシの養父と名乗る、その男こそ。


 言葉の通り、一年ぶりに再会する、アルフォートファミリーのおさ


 アーサー=アルフォートその人だった。



「ナイフは持ってきているかい」


 答える代わりに、少年はポケットから折りたたみ式のナイフを取り出す。


 ぱちん、と音を立ててさついを現す銀色に、アーサーは。


「……うん。教えた甲斐があったというものだ。では採点の時間といこう。墓前というのが気が引けるけれどね――まあ、“いつでもどこでも良い”と言ったのは、ぼくだしね」


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