第11話/3


『あたし無理っ!』


 あまりにも清々しく潔い白旗。日本の夏にこの笑顔の眩しさとさっぱり感を見習って欲しい。ジメっとした暑さは駄目だよ。


 というわけで今回のお泊まり会でドロシーちゃんはスパッと料理担当を辞退。どうやら洒落にもネタにもならないレベルで、彼女は料理、という作業に適性が無いらしい。


 そうなってくると、このアジトに住んでいる方々の食生活に一抹の不安がもたげてくる。デリバリーしようにもこんな辺鄙へんぴな場所に宅配サービスを行うピザ屋なんてないだろうに。


『カカシもあたしと同じでお料理はからっきしだねえ。スズはタイミング合えば朝ごはん作ってくれるよ。でも一番美味しいのってレオのかなあ』


 なんですと!!


 なんですと!!!


 レオ様こんど私に手料理を作ってください! お願いします!


 私が一瞬で挙動不審になったのは言うまでもないですね、はい。



 ――さて。かくいう蓮花寺も、得意です! と胸を張れるほどお料理なんてしたことなくって。学校の調理実習くらいでしょうか。


 まぁ、なので、結果的に私やドロシーちゃんにお料理スキルが無くて良かったのです。


 テーブルいっぱいに広がる楽園。野菜が瑞々しさを保ったまま彩り良く木のボウルに入ったサラダ。缶詰から脅威の進化を遂げたコーンはポタージュに。冷蔵庫に(なぜ冷蔵庫に入れた、大強盗さんたち)入っていた林檎と、リンゴジュースで作られたソースが一枚の絵画を完成させる牛肉のソテー・林檎のソース。それからカットされて軽く焼かれたフランスパン。


『【翼】ではわたくしが料理をしていまして。お口に合えばよろしいのですけれど』


 林檎の扱いは特に得意なんですよ、と頬に両手を添えて、マリアさん。


 なんという女子力の権化か。これが世界に名を馳せる五色のカラーズの実力。お師匠様見習ってください。


 ドレスにエプロンを付けてキッチンに立つ姿はそれだけで価値がありました。というか毎度こんな画で食卓を囲んでいるのか、チーム<クリムゾンスノウ>! ずるい!



 そうして私たちの、バカンスにおける食の問題はひとまず解決。今はこうして、ロケーションも相まって、一流レストランに負けない、素晴らしいランチタイムを堪能し、片付いたテーブルの上には三人分のティーセット。


 ドロシーちゃんが棚から持ってきたカップは素人目に見ても高級品なのが解ってしまい、マイセンだのエルメスだのウェッジウッドだのが手馴れた感じでほい、と出されて庶民派カラーズ蓮花寺灰音はこんなことにもおっかなびっくりです。




「……はぁ。美味しかった……紅茶も美味しいし……」


 だらしなく息を吐き出す私。


「あらあら。光栄ですわ? ねえ、ハイネちゃん。でしたらウチに鞍替えしてはどうでしょう? 三食お昼寝付きで、福利厚生もばっちしでしてよ?」


 そしてスカウトに余念のないマリアさん。


「うあー……それは、その、すごーくありがたいお話ですね、あはは」


 その誘いに乗ってしまいたい!


「それでもハイネはリカーのところなんだ。どうして?」


「そうですわ、チャイルド=リカーのような人非人にんぴにんのところに居ては駄目になってしまいます!」


 マリアさんはウチのお師匠様と何かあったんですか。怖くて聞けない。


 お行儀悪くカップを両手で持ちながら、私は首を傾げるドロシーちゃんの顔を見る。


 理由は、ドロシーちゃんたちだよ。


 なんて、こういうのは、うん。お師匠様の言葉を借りるなら『成し遂げた暁』に言うべきだ。


 なので。


「……確かにお師匠様は悪人ですね、間違っても人格が秩序・善とかじゃないです。混沌・悪とかそんな感じです、はい。でも、もう決めたことなのでー……私、要領すっごく悪いんですよ。だから、あちこち浮気してたら駄目なんだと思うので、ごめんなさい。すっごく嬉しいです。というかほんとに!」


 願うなら攫われたい!


 ずずー、とダージリンをもう一口。


「あっ、お行儀悪くしちゃいましたね。カカシくんとかと一緒にお茶とか飲めなさそう」


 彼のマナーは完璧に過ぎる。それこそ『紅茶を飲む時の手本』として挙げられる程に。


「カカシはそんなことないよ?」


 と、ドロシーちゃん。


「カカシは、相手にまでお茶のマナーを求めてないんだ。自分が正しくできてればそれで良いの。だから周りは、アイツに合わせようとして、それができなくって、自分のその“できなさ”に困っちゃうんだよ。昔っからそうなんだ。……カカシは、誰かとどうこう、とか、誰かがどう、とかそういうの、気にしないの。……ほんとう、イヤになるよねえ」


 眉をハの字にして笑うドロシーちゃん。


 小さく鳴る、カップの置かれる音。


 あるいは――この場の誰よりも、紅茶を飲む作法で彼に並べるだけの錬度を持った人は、マリアさんは。


「ところでそのカカシ様たちはどちらに? ご不在なのは珍しくはないでしょうけれど、ドロシー様を置いて、というのはいささか意地悪に過ぎると思うのですけれど」


 と、陽がかげるように空気に差した影を、そんな風に切って捨てた。


「スズはわかんない。でも武器のメンテがどうとか言ってたっけ。レオはカカシの送り迎えで、カカシは、お墓参りだよ。だからあたしとトトがお留守番なんだ」


「え。それって危なくない? いや【大強盗】に危ないも何もないけど! カカシくん、つまりはひとりなんだよね? レイチェルさんも此処にいるってことは、ほんとに」


 ここにきてカカシくんに白兵戦スキルがあったとかいう裏設定登場!?


「あは。んーん。だいじょうぶだよ。危ないことなんて、ないよ」


 ドロシーちゃんは笑う。笑って続ける。


「あそこはたぶん、だから」


 マリアさんとふたりで首を傾げてしまう。核シェルター?


「違う違う。誰も、お墓参りに行ったカカシに危害なんて加えられないってこと」



 そうしてドロシーちゃんはカカシくんの行き先について、ビー玉をひとつひとつ転がすように話し出す。


 あるいは彼女たちの始まりかもしれない、もう取り返しのつかない、ある家族の出来事を。


「ね、せっかくだから飛ぼう? ハイネはFPも使えるようにならないとリカーに怒られちゃうんでしょ?」


 ぽん、と椅子から降りるドロシーちゃん。私とマリアさんは顔を見合わせて頷く。


「はい! ご指導ご鞭撻、よろしくおねがいしますっ!」


「にしし。マリアもいるからねっ! きっとたくさん上達すると思うよっ!」


 サンデイ・ウィッチを片手に、ガラス壁を開けて砂浜に出るドロシーちゃん。


「あらあら。そんな風に言われると手抜きができませんわね? ふふ」


 ソファに置いてあった荷物から、マリアさんがバッド・アップルを引き抜く。


「あ、でも私、まだ自分のボードって持ってなくて、ですね」


 このバツの悪さ!


「いーよー。あたしのスペア貸したげる!」


 吹き上げた風を掴んでふわりと浮上。まだ始めたての私にも解る、FPライダーとしてのドロシーちゃんの実力の片鱗。


 レイチェルさんの眠るガレージに飛んで行って、もう一枚のサンデイ・ウィッチを手に舞い戻る。


「そうそう、話の続きだけどね」


 きゅ、と目を瞑って俯いて、一秒。


 何かを決したような間の後、ドロシーちゃんは顔を上げて、その名を口にした。



「……あたしは、全部のFPライダーにとって、の仇、なんだけど。


 あたしのパパは、カカシの、家族の仇なんだ」



 ランスロット、という名前については正直、ピンと来ない。私は空に魅せられたFPライダー……飛行症候群ピーターパンシンドロームではないから。


 だから、私を驚かせたのはその次に出てきた名前。



 ――ドロシーちゃんの口から、まるで予想しなかった名前が出てきて困惑してしまう。私ですら名前を知っているレベルの人物だ。


 何を言おう。何を言えば良いのだろう。


「それは…………うん、本当なら、安全だね、確かに」


 でしょ? と笑うドロシーちゃん。


 あらあらまあまあ、と大げさなポーズがこの時ばかりは大げさにならない驚きのマリアさん。


「えぇと、つまり、その方がドロシー様の父君、ということは、ドロシー様のご家名は……」



















「うん。。あたしのフルネームはドロシー=アルフォートだよ」








 。ミリオンダラーの三番【ザ・ゴッドファーザー】にして、『世界の半分を手にした』と言われる人物が率いる、


 劇場型犯罪者だらけのミリオンダラーの中で、たった一席の『例外』。




 そのボスが、ドロシーちゃんのお父さんなのだと言う。



「内緒、だからねっ」



「「……言えるかー!」」


 お行儀悪くハモってしまう私とマリアさんなのであった。


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