第11話/2
夏休み突入、そして急遽決まったひと夏のバカンス。スケジュール管理はいつものように。くどくど入るお小言やケレン味たっぷりのニヒルな皮肉もなんのその。空港からの乗り継ぎはビルの屋上で、座席は完全指定の一見さん完全お断り。
乗客は一人きりなんだけど、それを不安にさせないスムーズな自動飛行。
青い空、青い海。夏の陽射しに照らされて、太陽よりも鮮烈な赤色が揺れる海面に影を落とす。
イタリアはアドリア海のとある無人島――に扮した、掛け値ナシの城砦に一路、航路を向ける。
というわけで皆様、お久しぶりです。覚えておいででしょうか。
ただいま私は『ハイスクールは七月下旬から休みなんだろう?』と鬼のようなスケジュールで七月二十日から鬼のようなお師匠様に超過密スケジュール合宿(と言う名の賞金稼ぎ業)に囚われてもうだめだーおしまいだーとなっていたところ、ドロシーちゃんからのメールで一念発起。『お師匠様! お暇をいただきとうございます!』と世界<最強>のカラーズ、チャイルド=リカーに堂々と――いえ、はい。ごめんなさい。見栄を張りました。泣き付いてどうにか自由を獲得し、カカシくんのフルオートシステム搭載のハイテク個人飛行艇レイチェルさんに乗って、ミリオンダラーの二番。【大強盗】OZの本拠地に向かっているのです。
私はカラーズですけれど。それよりもドロシーちゃんの友達なので!
送り出し際のお師匠様の言葉を思い出す。
『好きに遊べよ。期限までは一年以上あるからなぁ? クックク、ははははは』
私を奮い立たせた脅し文句は、実のところポーズではなく本気の本気だろう。
あ。おなかいたい。
《Pi。間もなく到着です。ミス・レンゲジ》
「あ、はい」
レイチェルさんの声に回想終了。高度が下がり、断崖で囲まれた島に近づいていく。
エレベーターが目的階に到着する瞬間のような、小さく重い揺れで海面に着水。そのまま白波を切って、飛行艇はボートのように島の入り口――断崖の隙間にある亀裂――に入り込む。
果たしてそこには、ドーナツのようにくり貫かれた、まさに隠れ家! といった感じの入り江があった。煙突つきのお家が、なんだろう、うん。童話のようだ。
お家の隣。岩壁のそばにはガレージが二つ。どちらも車両は不在の様子。ひとつはレイチェルさんの分だろうか。
というか!
リビングスペースがまるっと見えるガラス壁! あれ中から見たらこの入り江が一望できるじゃないか! なんてところに住んでいるんだ【大強盗】!
ぶっちゃけずるいと思いました。
《Pi。到着いたしました。お疲れ様です、ミス=レンゲジ》
「あ、はい。ありがとうございました!」
レイチェルさんの声にジェラシー終了。靴と靴下を脱いで、波が寄せる砂浜に降り立つ。冷たくて気持ち良い。
荷物を降ろしているところで後ろから、
「ハイネーっ!」
と、電話もするし、そんなに長い間聞いてなかったわけじゃないのに、ずっと聞きたかったソプラノが私を呼んだ。私は振り返る。
「ドロシーちゃん!」
いけない。既に感極まって泣いてしまいそうだ。どんだけ涙もろく設定されたんだ、私。
足早に海から出て、駆け寄ってきたドロシーちゃんと熱い再会のハグを――
「ハイネっ! 逢いたかった!」
「わああ!?」
飛びついてくるドロシーちゃんを受け止める。体格も似たり寄ったりだからそんな風にタックルされると転んじゃうよ!?
でもまあ、こんな絶好のロケーションで、今更砂をくっつけるとか海水に濡れるとかを嫌がってるのはもったいないし、いいかなーなんて思いつつその重みを感じていると、そんな私のお気楽な心境とはまるで裏返しに、短い間に既に培われてきたスパルタ教育の成果――今回はブラック先生のだ――が、半ば無意識レベルで私の身体を制御する。
重量のベクトルが横に向かっている間に、そのままくるりと一回転と半分。ドロシーちゃんのタックルを受け止め、衝撃をいなし、もう一度着地させる。
ふふ。着実に
「ハイネっ、ハイネっ! 来てくれてありがとうっ!」
にぱっ! と笑うドロシーちゃん。うん、太陽より眩しい。
「こちらこそ、呼んでくれてありがとう!」
えへへー。と二人でだらしなく笑う。
位置を入れ替えて、海を背に笑うこの子を見れただけで、狭量な蓮花寺の心メーターはハイオクマンタンです。
「嬉しいなー。あたし、女の子だけでお泊りするの、ちょっと夢だったんだっ。二人が来てくれて、ほんと良かったっ!」
「ですです。夜はパジャマパーティー! って、二人?」
いまこのアジトには、ドロシーちゃんしかいないと聞いている。
私と、ドロシーちゃん。ではもう一人、来客があるのだろうか。
そんな風に「?」と首を傾げる私の背後から、
「……だぁーれ、だ」
「!?」
突然の目隠し。そして引き込まれる。囁かれる甘い声。
『ふかっ』ってした!
『ふかっ』ってしてる!
って言うか誰だ!?
テンピュール素材の立方体ソファが牙を剥き、人間を引き込んで駄目にする罠と化したかのような、この、なんだ! やわらかい! 声も! それも!
「あっ、マリア」
「マリア……?」
ご存知、ないのです。私は正真正銘『だれだ』をされたわけだ。
「ふふ、はい。マリアージュ=ディルマ、と申します。はじめまして。貴女がハイネ=レンゲージ。チャイルド=リカーの秘蔵っ子ですわね? よろしくお願いいたしますわ? わたくしのことは、どうぞ、マリアとお呼びくださいまし」
目を隠していた手を下げ、そのまま肩の下で組み直し、私の後頭部を胸に(胸に!)収めて上から覗き込んでくる絶世の美女――うん、比喩なし。
マリアージュ=ディルマ。
マリアージュ=ディルマ?
「マリアージュ=ディルマ!? 【翼】の!? えっ【赤】の!? 本物!? えっ!? はい!?」
「マ・リ・アと、お呼びくださいまし」
ドロシーちゃんとはまた別ベクトルの、花のような笑顔で圧される。
「は、はい、その、マリアさま……」
くそっ、静まれ、私の心臓……!
こうして、私こと蓮花寺灰音とドロシーちゃん。そしてマリアさんとの短い夏が、幕を開けたのでした。
メールで『三人ともいないの』と言っていたドロシーちゃんは、にこにこと笑っている。
――良かった。無理をしてでも此処に来て、良かった。
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