『強盗童話』/3

足無しカカシとサンデイ・ウィッチ

第11話/1


 /そうして、その朝は。



  実際のところ、一番早くに目を覚ますのはいつも少女だった。ただし、その起動は緩慢かんまんで、スパッと目覚めて朝から騒がしい、というわけではない。


 ゆっくりと上半身だけを起こし、しばらくはぼーっとしている。「ふあ」と欠伸あくびをして、組んで反らした両手を前に伸びをして、目瞬まばたきを数回。それからやっとベッドから足を下ろし、パジャマのまま部屋を出て、一階にある洗面台で顔と口をゆすいで、それから一度部屋に戻る。


 他の部屋の扉が開いては閉じ、それぞれの住人が下に向かう音をなんとなく聞きながら、カーテンを開いて。


 化粧台の椅子に座って髪をかし、その後、普段着のワンピースへと着替える。髪にリボンを巻いてから、化粧台の他にもうひとつある鏡――少女の体がすっぽり収まる大きさの姿見の前に立つ。そこには誰よりも長い付き合いの少女が映っている。


「…………」


 目を閉じて、深呼吸を一回。大きく吸って、大きく吐き出す。飴色の髪を指先で整え、青い瞳は姿見に映ったもう一人の自分を相手に、真っ直ぐに見つめ――やがて、にっ! といつもの、太陽のような笑顔をした。


「……よしっ」


 誰にも知られることのない、欠かさず繰り返されている少女――ドロシーのルーティン。


 二度目に部屋を出る時には、精緻せいちな人形を思わせる少女は、普段どおりの活発な美少女へとわっていた。



 ミリオンダラーの二番。【大強盗】OZの、少し長い休暇の日々。始まりの朝は、そうして変わらず展開したのだった。





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「いってらっしゃーい」


 まずスズを。それからカカシとレオを送り出して、玄関のドアが閉まるまで、小さく手を振って。ドロシーはひとり、家に残った。


 そのままロビーへと引き返し、今度はそこから砂浜を臨むテラスの扉を開けて、走り寄ってきた飼い犬のトトを抱き上げ、椅子に座ってその膝に乗せる。


「……毎年のことだけど、やっぱり退屈だねえ、トト?」


 ぱたぱたと尻尾を振るトトに話しかけながら、すっぽり空いたスケジュールを思い起こす。


 FPの練習、買い物、etc、etc……やることはそれなりにあるのだが、色味に欠けた感は否めない。一人分の自由時間を、どうしたって持て余す。それは、どこに居たとしても同じだった。


 OZとして、このアジトに引っ越す前から。ドロシーの時間は、カカシが一緒に居ないと、色を失くしてしまう。



 椅子に座ったまま、足をぱたぱたと動かしながら、少女は少年の居ない間の時間をどうすべきかを考える。


 そして。



「……そーだっ!」


 思い付き、椅子から降りて、トトを抱えたまま小走りで中に戻る。階段の前でトトを下ろし、軽さを得て駆け上がった。


 部屋に戻り、机に置いた携帯電話を持ち、アドレスを開くと、そこで逡巡。


「んー……時差があるから、電話よりメールだよね?」


 白い指先が慣れた動作でテキストを打ち込んでいく。


「――送っ信っ!」



 位置による電波的な差など出ないだろうに、窓に――まるでインタビュアーがタレントにマイクを向けるように――携帯電話を突き出して。



「うんうんっ! そういえば、こういうのってしたことなかったし!」



 もう少しだけ、独りの時間は続くだろう。けれどそれより先の、独りではない時間に想いを馳せて、同居人たちの居なくなった家で、少女はそれでも、華やぐような笑顔を浮かべたのだった。


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