第10話/12 誰が為に鈴は鳴る -Suzu-
/Epilogue
結論から言うと、スズは待っていてはくれなかった。ひどい裏切りである。
わたしたちが初めて出会ったあの路地裏――無事にミリオンダラーにもなったわたしが、そういう意味で苦労して足を運んだと言うのに、そこには誰もいなかったのだ。
懇意になった武器屋のお爺さんに問い詰めたところ、わたしが一大演目を成し切ったあの夜よりも前から、彼は寄り付いていなかったという。そもそも、このところの彼ら――【大強盗】の休暇は一年に一度決まっている行事で、その空いた時間で彼は馴染みの武器屋に顔を出していた、だとか。
まったく、印象は変わらない。スズについては“反対のひと”のままだ。
そんなわたしの怒りを静める――というのは明らかに大げさだけれど、そんなタイミングでにわか雨に降られてしまい、憤りの矛先と一緒に、足まで止められてしまう。
吸血鬼は水にも弱い……というか、普通に女として雨の中を突っ切って行きたくはないという話。偶然にも、武器屋と同じようにこのロンドンでは常連になってしまった、はじまりのカフェがある通りを歩いていたので、わたしは特に考えることもせずにカウベルを鳴らし入店する。
雨は客を呼んだようで、皮肉にも【一番】の椅子に座ることに人生を懸けていたわたしは、ここでも椅子探しをすることになった。というか満席じゃないの、これ。
情報屋に色々な場所を歩かされていた時を、もう懐かしく思う。わたしは暇を持て余し、爪を塗っていたのだった。
その時、何かが足りない、と思っていたのだ。たとえば、それで充分だった風景画に、では何が足りないのか、と思うような小さな違和感。
作者の名が、右下に入ることを忘れてしまったような。無くても良いけれど、少し心にもやもやを残す、そんなどう欠けたかもわからない、組みあがっていないパズルのピース、ひとつ分。
「――――」
わたしが座っていた席に、新聞を開いて座っている姿。二人用のテーブルの椅子にはひとつ空きがあるけれど、誰もその人物と相席したがらないだろう。
どくん、と心臓が跳ね上がる。
テーブルの上にはコーヒーカップがひとつだけ。ミルクも砂糖も不要とばかりに下げられていた。
わたしは了解も取らず、その対面に座って、尚も新聞を読む男にカチンときて、ばさりとそれを下げさせる。
「ひどいひと。実物のわたしより、紙面に載ってるわたしがお好み? そういう趣味だったのかしら」
「…………」
ややあって、新聞を畳んで、何を言ってくるかと思ったらコーヒーを飲み始めるスズに、高鳴った自分の胸を叱ってやりたくなってしまう。
「……うそつきね、スズ。わたし、急いであの路地裏に行ったんだけど」
「褒められたことではないな、だ。犯罪者は自分の犯行場所に戻る、というのは常識だ、だ」
「んなっ……!?」
雨は上がって、店の外は再び雑踏で賑わい始める。わたしはそれどころではない。
見れば、スズの椅子には傘がひとつかかっている。準備のいいことだ。
「……おれの方も、今日が駄目なら帰るつもりだった、だ」
「なぁに、ソレ。まるでわたしが悪い、みたい――」
思い出す。
爪を乾かして、窓を見ていた。
その時、何かひとつ、足りないと思っていた。
疑問はその時すぐに解決した。風景にあった一人分の人影が、雨宿りをやめて店に入って来たのだ。
その人を見て、なんとも言えないもやもやが解消して、時間も来て、わたしは、あの公衆電話に向かった。
「……ごめんなさい、わたしが間違えたのね」
「さぁな、だ。ただ……お前が思っているより、おれの中では比重が高かっただけ、という話、だ」
スズは立ち上がり、傘を持って店を出ようとする。
どくん、と胸がまた脈打つ。わたしは当たり前のように、彼に続く。
雲の過ぎた空の陽射しは強い。夏の陽は、吸血鬼でなくとも御免被りたいところだ。
「その傘も、今日は出番ナシね、嫌になるわ」
「そうでもないさ、だ」
そう言って開く傘。張りは防水加工独特の艶は無く――真っ黒な、日傘だった。
「吸血鬼は陽光を嫌うんだろう、だ」
「……完敗! ねえ、スズ。わたし、恋は落ちるものだと思っていたの」
スズの作ってくれた影に寄り添いながら、傘を持つ腕に絡んで一緒に歩く。
「土に沁み込む水のような恋もあるんだって、最近知ったの。――あなたを好きになってしまったわ、スズ」
だから、人間味のある当たり前を願ってしまう。
もう
/第10話 ルル・ベル 完
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