第10話/11 誰が為に鐘は鳴る -Rr・Bell-


 ――科学万能にして倫理と暴力のせめぎ合う時代に設けられた、たった一つの椅子に座るために必要な資格は八ツ。



 ひとつ。ソレは女でなければならない。


 ひとつ。ソレは銀と十字架に敗退しなければならない。


 ひとつ。ソレは陽光に当たってはならない。


 ひとつ。ソレは流れる水を渡れてはならない。


 ひとつ。ソレは美しくなければならない。


 ひとつ。ソレは不老不死でなければならない。


 ひとつ。ソレは招かれた後でなければ踏み込んではならない。


 ひとつ。ソレは他者の血を吸わなければならない。



 世界中の注目を浴びる、最高峰の賞金首。八組の千両役者ミリオンダラー


 一番から八番までに序列はなく、ゆえに討伐され空きができたとしても、そのてられた番号が繰り上がることはない。その空席には、新たな【役者】が、その相応ふさわしければ座ることを許される。


 毛色も行動もまったく違う、八組の劇場型犯罪者たち。唯一、その【一番】だけは、他の七ツの椅子とは違った条件を設けられていた。


 最古のミリオンダラー。一番目。ソレは【吸血鬼】だったと記されている。真偽のほどは定かではなく、またスズの所感どおり――人類史において、。困るのだが、あるいはその犯罪への信仰か、それともただの二つ名か。現在が【空席】になっている以上、とっくの昔に討伐され、討ち取った者は莫大な賞金と名誉を授かったことは確かである。


 だが、ソレは【吸血鬼】だったのだ。すなわち――の怪物。


 打ち倒され、殺害されたとしても。吸血鬼と呼ばれた、ただの人間だったとしても、吸血鬼と謳われた以上――のだ。



 故に、空きができた最初の椅子には前提条件として『吸血鬼であること』が示された。それからただの一度もその条件を満たし、【一番】の椅子に座った賞金首は現れず、実質、七ツの椅子がいくつもの役者を自らに座らせ続けた。




 ――今宵は満月。永らく不在だった、最古にして最後の椅子を埋めるべく、挑戦が始まった。


 劇場は欧州の摩天楼、イギリス首都ロンドン。演目は吸血姫。舞台女優はひとりの女。渾名あだなはルル・ベル。“鐘を鳴らすもの”。




 真夜中。眠りに落ちて夢を見ることなど許さないとばかりに、その名に羞じぬ一大鐘唱サイレンを引き連れて、近隣住民を根こそぎ舞台の観客として招待した。



 被害者はいずれも男性。その首には二つの丸い穴があり、現場には傷に相応しくない量の血液。死亡者はいずれも失血を死因としており、目撃証言は人物像――寒気のするほど、美しい女――を一致させる。



 もう、懲りたのではなかったのか。さっぱりと止まっておきながら、突如として再発したその“噛み痕”に、今度こそ賞金稼ぎたち、そして世界警察は本気になった。


 経済都市ロンドンが眠らぬ街であるのは良い。だが、に変貌するのは平御免ぴらごめんだ。


 ただでさえ、最低――実質ものミリオンダラーを擁している区域に、四組目など……新たなミリオンダラーなど、容認も承認もしたくない。



 吸血姫は貪欲に血を漁り、そしてだからこそ、濃厚に足跡をその場に残す。


 縦横無尽に夜の街を闊歩し、被害者と蚊帳の外の歓声を量産することに成功した彼女の犯行は、それまでと同じ無軌道さで、そっくりそのままだけが洗練されていた。


 ――だが、賞金首による蹂躙を良しとしないからこその、賞金稼ぎが活躍するこの世界であり。


 だからこそ、彼らは世界に首輪をかける者カラーズとして確固たる地位を確立させたのである。



 /



 現代吸血鬼の座に挑んだ女のはここで終焉を迎える。


 人気ひとけの失せた駅のロータリー。それどころか、街灯の全てが撃ち抜かれて明かりを提供できなくなっている。唯一残ったスポットライトの下に、舞台女優の姿が浮かび上がる。



 倒れ伏した被害者。白いフリルブラウスを鮮血で真っ赤に染め、真紅のゴシックドレスへと換装せしめた女。


 その姿には似つかわしくない、大型のキャリングバッグ。終電もとっくに過ぎているのに、ここから離脱するのかとでも思わせるかのような旅支度。


 向けられる銃口は三つ。三人の専業賞金稼ぎはいずれも男性――だが、ここにきて目の前の女がどれだけ美しいカタチをしていようと、そこに一抹の稚気さえ抱くことはない。


 彼女が自らを定めたのと酷似して――彼らはプロカラーズとして、彼女を狩るべき標的だと、そのライセンスに誓っている。



「……………そう」


 ここまでなのね、と。ルル・ベルは自らの敗北を認めた。


 やれることをやった。そしてそのいが悪である以上、いつかはこうして追いつかれ、狩られることは、とっくの昔にわかっていたことだったのだ。


 まごうことなき大ピンチ。そして颯爽と現れる白馬の王子様、なんてモノに期待はしていない。


 姫は姫でも吸血姫なのだ。悪役はこちら側。助かる道理は見当たらない。


 せいぜい、明日の紙面を盛大に独占してあげましょう、と彼女は大きく息を吸い――覚悟を決めた標的に、三人のカラーズも引き金にかけた指に力を込める。



 訪れる静寂。打ち破ったのは、確かに白馬の駆け寄るひづめの音などではなかった。



 じりりりりりん。じりりりりりん。じりりりりりん。



 突如として鳴り響く電話の呼び出し音。その音に反応したのはこの場の四人、全員だったが――


「……ッ!? ルル・ベルがいないぞ!?」


 ライトから消え去る姿は、まさしく霧に変わった吸血鬼のよう。現実のコール音が意識を逸らし、現実味を奪ったというのはなんとも皮肉な話だ。



 ――ルル・ベルはその、十数mの疾走に、己の全てを費やした。自分の挑戦の、自身の命の際になって、つい最近聞いたその音が、とても昔に聞いたような思いさえある。


 明かりの奪われたロータリーの端。本来一方通行の、通話を能動するが、受話を急かすようにけたたましくベルを張り上げている。



 高鳴る鼓動。自分を探す声と足音。震える手で、受話器を掴んで耳に当てた。



「…………もしもし?」


『…………』


 電話の向こうは答えない。、その相手が誰かを理解する。


 どうやって現状を察したの、とか。どうやって公衆電話にかけることができたの、とか。聴きたいことはこんな時でもたくさんあって、こんな時だから聞きたい声があるのに、寡黙な彼はそんなことにはおかまいなし。


「っ、」

 言葉に詰まる。迫る足音。終焉は近い。


「、あのね、スズ、わたしは――」


『……手が必要か? だ』


 うん。わたしを助けて。


「良かった。あなたの声が聞きたかったの。あのね、スズ」


 ここから連れ出して。


 白馬の王子は真っ平御免だけれど、おおきくてつめたい、あなたの手なら、わたしは。


 ――そんな、ただの女に戻りたがる自分を、もう一人の自分が後ろから見ているの。


 ねえ、スズ。


 わたしはどうやら、あなたのことを、好きみたいなの。


「いたぞッッ!!」


 見付かった。だから、これだけはもう、言っておかないと。


 わたしにはあなただけ。この状況を壊してくれるのもあなただけ。


 だからね、スズ。










「……あなたに一番に知って欲しかったから」


 溢れそうになる願いよりも、彼女は。


「紙面を楽しみにしていてね? 


 そのライフラインを――彼からの助けを、自分で成し遂げると、強がりのように。真実強がって、拒否した。


「あなたの横にいても、恥ずかしくない女になりたいんだ、わたしは」


『……そうか。健闘を祈る、だ。ルル・ベル。粋じゃあないか、だ』


 彼の口にした単語の意味はわからない。


 わからないけれど、それはとても嬉しい言葉のように思えた。


『初めて逢った場所で待っている、だ』


「ええ、約束よ? じゃあね、スズ」



 そっと受話器を下ろすのと、再び銃口が向けられるのは同じタイミングだった。



 深呼吸を一回。心は落ち着いているけれど、気分はどうしようもなくハイだ。



 恋する乙女はなんとやら。命短し恋せよ乙女、などとも言うけれど。


 彼女の恋した現象は、命が尽きないソレである。



「おまたせしました。はじめましょう? !」



 想いを解き放つように広げられる両腕。恋のように落ちるキャリングバッグ。弾ける銃声。溢れる鮮血。踊る女の影。



 ――その夜。ひとつの幕が閉じた。


 最終的に相対していた三人のカラーズの内、二人が死亡。懸賞金は生き残った一人が手に入れたこととなったが、ルル・ベルと呼ばれた賞金首の死体は発見できず、現場には被害者のものとは別に、加害者のものと思われる18ℓもの大量の血液が検出された。


 これをもって高額賞金首、ルル・ベルの死亡は断定され、翌日の紙面は『吸血鬼討伐成功。一番の空席埋まらず』という一面が飾られる。
























 そして翌日の朝刊。『噛み痕事件』により、最後のミリオンダラーが名を連ねる。




 一番。【吸血姫】ルル・ベル。



 その、実現不可能と思われた不死性をもって、彼女は自らの挑戦こいを成就させたのだ。



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