第7話/5


  華やかな会場を背に、阿吽像のごとく正門を護る二人のガードマン。その片方、白髪の大男が懐中時計の蓋を開き、ぱちんと閉じて呟いた。


「そろそろだな」


 あぁ、と頷くもう一人。夜会もたけなわ、もはや新たな来客も現れず、二人の門番としての仕事はこうして動かずに、ただただ宴の幕を待つばかり。


 それに一切の不平不満を漏らさず、背筋を伸ばしていわおのように門を護っている。


「クローニク。来ると思うか?」


 男の一人は前を向いたまま、白髪の相方にそう問い。


「例の【怪盗】か。押し入り強盗でもなければ、正面きって突入などしてこないだろう」


 クローニクと呼ばれた彼も、やはり前を向いたまま答えた。そして続ける。


「何事もなければ、我々の仕事はあと一つ残っている。次にこの扉が開かれる時、皆様を送り出すという、な」


「あぁ」


 会話はそれきり。自分たちの真後ろで行われている、華やかなひとときとは対照的に、とても静かに二人は仕事を遂行する。


 クローニクの言葉に偽りは無い。この門を通る全ての人物を出迎え、送り出すのが彼らの仕事なのだから。




――そして。一際大きな歓声が館の中から沸き起こった。






 さて。不思議の国ワンダーランドの予告状が虚偽でなければ、彼らが奪うと予告した『世界で最も美しい薔薇』とは、ではいったいどのような花だろうか。


 品評会で栄光に輝いたとしても、その一位の座は毎年入れ替わる。歴代で競うにしても――言うまでもない。花が美しいのはにも一因があるのだ。


 そういったわけで、これは比喩だろう。現実の薔薇の花のどれかに『世界で最も美しい』という栄誉を与えてもいずれは枯れる。なにより、この夜会でお披露目するには少々なのだ。富豪たちの社交の場のメインが、一輪もしくは一束の花を愛でるという展開には中々の無理がある。



――それを踏まえても、来場した人々、会場で働く者たちの全てがを一目見た時、息を呑む以外の事ができない程度には、そのハードルを超えていた。


 単位はやはり、一輪だろう。重みカラットで表現することが躊躇われる。大きさは握り拳大――人間の心臓と同じくらい、ということに対してもある種のを生み出してしまう、真紅にきらめく大輪の薔薇。



 なるほど、確かにこれは美しい。そして競う相手が現れたとしても、許された時間があまりにも永い――そもそもにして、それらが貴いとされた理由の一つは朽ちないからだ。





――夜会のメインに、主催の富豪が万を持して来賓に見せ付ける、心臓大の、薔薇の姿をしたルビー。


 全ての条件を満たしている。これがたとえ人工物であろうが文句を付ける人間はいまい。人の手でそれを成せたというのなら寧ろ喝采を浴びてしかるべきだ。


 そして――かの【怪盗】が狙うだけの宝物としての理由も完璧だった。



 次の瞬間からの展開は想像に難くないだろう。誰もが貴人としての振る舞いを忘れ、我先にと薔薇ルビーの花に殺到する。まるで、世界に花が一つだけになってしまった時の蜜蜂のような集中具合。


 それに参加しなかったのは、鉄の理性で仕事を行う彼らの護衛と、で獲物を逃してしまったら本末転倒なカラーズたち。集まりたくても立場がそれを許してくれない、不公平さを実感する給仕たち。それから、



「……もう!」


 主婦たちが繰り広げる、マーケットの戦争タイムセールに負けた女学生さながらに弾き出されたセイラ=キャロルと、そのお付のオリヴィエだけだった。




「予想以上ね、これ……でも、ここは人間の浅ましさよりも、それだけの魅力を持った宝石であることを称えましょう」


 ふぅ! と息を吐き出し、もはや視界に収めることのできなくなった薔薇のある方を向いたセイラと、小さく肩を揺らして笑うオリヴィエ。


 そこに、


「「お飲み物のお代わりはいかがでしょう」」


 二人の左右から、鏡のように同じ姿をした給仕がトレイに載せたグラスを差し出す。


 グラスを受け取り、一口飲むまではまさに紳士と淑女の振る舞いで。



「アメフトの試合を連想させるよね、


「本当だよ。アレに飛び込んで奪うっていうなら、ボクらのリーダーはプロになれるさ」


「まさか」


 そんな野蛮な事しません、とセイラはもう一度息を吐き。



「始めましょう。この場の視線も薔薇の花も――華麗に奪うのが、わたくしたちの仕事だもの」


 そう、自らの在り方を宣言した。


 傍らに立つ三人は笑みを深め、三重奏をその口で紡ぐ。





『――我らがの望むがままに』

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