第9話/7
決戦場は空と相成る。
二条の光を引きながら空を駆け上がる一機の赤い飛行艇。直下に稲妻模様を逆さまに描きながら追走する赤いワンピースのFPライダー。さらにそれを二重螺旋で塗りつぶしながら追いすがる【赤】のツートップ。
そこに、残りの役者が大迷惑に合流した。
硝煙を撒き散らして騒ぎ立てる若者のように、次々と上空へ放たれる多段連装ミサイルランチャーの弾頭。地上発射なのに
「
「まりあー! えるー! へるぷ! へるぷあす!!」
「むりむりむりむりむり! あんなの止められないよぉ!!」
「
「薮を突いたら蛇じゃなくてジャバウォック!!」
「それOZじゃなくて
「だっだだだだいじょぶじょぶいちばんしたのこがいちばんれいせいでゆうしゅうなのだいじょぶじょぶじょぶ」
喚き散らされる悲鳴はどこかコミカルで微笑ましくもあるが、当人たちにとっては本気の本気。
――ともあれ。双方全ての戦力はここに結集した。
陽動――といっても外部。完全に囮として、無人の倉庫を爆破し、最大限の戦力を集中させた後、生き残った最後の追っ手を逆に追い込んでいるOZの壊し屋、スズ。
そんなスズを発見、隔離するというマリアージュ=ディルマのお願いを軽く了承してただいま後悔の真っ最中。『七人の小人』と呼ばれる幼くも一流のFPライダーたち。
「あらあら。ふふ、ごめんなさい。怖かったわね、みんな。ありがとう」
「コレは泣く」「あっ! 赤いひこうき!」「カカシだ! カカシがいる!」「ドロシーも!」「サイン! サインして!」「なんかおっかないヒトも乗ってる!」「ぎゃー! まだ撃ってくるー!」
「…………」
「ハッ! 旦那もえっぐいなぁ! っと坊、もうちょい優しく飛んでくれ! 全ッ然定まらねぇンだよ!」
「わ、思ったより子どもだったんだ。でもエアライド、すごく上手っ! ちょっと悔しくなるなー……」
「え、なにレオ。聞こえない」
『Pi。マイスター、Mr.スズから通信です』
《援護射撃は任せろ、だ。》
合計十人のFPライダーと、一機の飛行艇が大空狭しと飛び回る。
殺意の高い賑やかしが地上から次々と撃ち上げられる。
「……さて、逃げ切れるかな。このままだとアジトまで着いて来そうだね」
「お家に招いても椅子の数足りないねぇ」
「家に来て良いカラーズなんざハイネの嬢ちゃんくらいだっつーの。あー、クッソ。ショットガン落とすンじゃなかったぜ。旦那ァ、オーディンにまだ載ってンだろ? もう一挺くれよソレ」
《どうやって渡すんだ、だ。》
追い付けない。振り切れない。空の道を縦横無尽に、火砲と硝煙、光の粉がそれを彩る。
――まさに
その大乱の中にも確固として存在する“均衡”を崩さんと、【翼】のリーダーであるマリアージュ=ディルマが言葉を紡いだ。
『……鏡よ鏡よ鏡さん、世界で一番高い場所を飛ぶ鳥は、だぁれ?』
七人の子どもたちが、その一言に沈黙する。
「ドロシー、仕掛けてくるよ」
「うん……!」
『今となっては。貴女の他に誰がいようか……
それは、星々を繋ぐ、一条の架け橋のように。
遠ざかるカカシとレオが載る飛行艇、ドロシーをロックオンする狙撃銃のスコープのように。
七人の小人が、並んで空を舞う魔法の鏡と
「えぇ。
「“
先頭の一人が一直線に空を駆け出した。
「綺麗な紐には気をつけて」
空気の壁を切り裂き、やがて失速する。
「物売りに絞め殺されてしまうよ」
それはまるで、宇宙ロケットの射出機構のように。
「綺麗な櫛は買っては駄目よ」
次々に後列が追い越し、更なる加速でOZに迫る。
「頭に刺さったら死んでしまう」
――多段スリップストリーム・エアライド。
「綺麗なリンゴにご用心」
完全な連携を持たねばすぐさまにでも破綻する、彼らを世界<最速>のカラーズたらしめる八連決着の必殺空中走法。
「一口食べたら、王子の接吻け無しには夢の中」
二人のリーダーを最高速まで加速させ、順番に道を譲っていくFPライダーたちが描く軌跡こそが、そのチーム名の由来だった。
――大空に羽ばたく、黄金の【翼】。
如何なる飛行賞金首とて、空中戦でその走りから逃れることは適わない。
近づく事で安定した照準。レオは姫を護る騎士のように前列に在るエルにレイジングブルの銃口を合わせたところで……自分の横を走る少女の顔を見て、愛銃をホルスターに戻した。目まぐるしい空中戦でも奇跡的に吹き飛ばなかったサングラスを取る。
ドロシーは笑っていた。緊迫と好奇心から来る、空を飛んでいる時の、最も彼女らしい笑顔。
「……任せても平気?」
「もっちろんっ! 見ててよねっ!」
エルの身体が沈む。ドロシーが飛行艇から離れる。
――二つの光帯が、超高速で斜めに交錯した。
キィン、と空を裂く音も相まって、その一瞬の出来事は、一本の刀に互いの全てを込めて斬り結ぶ侍の死合を連想させ――そうであるように、結末に至るまで一瞬だった。
「……カットイン<ヴリューナク>、か。相変わらず、汝は気持ちの良い飛び方をするな、ドロシー」
眼前。空を走るための道を袈裟に斬られて失墜しながら。
エルは現在最強と目されるFPライダーに、惜しみ無い賛辞を贈り。
「ふふんっ! ありがとっエル♪ カカシの傍で飛ぶあたしが、簡単に墜ちちゃ駄目なんだっ」
光の粒を雪のように舞い散らせてのスピンターン。ドロシーはそれを素直に受け止めた。
その上で、
「……マリアまで一刀両断っ! ってできたらカカシも褒めてくれるんだけどなぁ……」
六角形を連続させて映る太陽の逆光を、眩しそうに手で受けて嘆いたのであった。
「ふふ。お二人ともお見事でしたわ? まさかお兄様が止められるとは思わなかったけれど……さぁ、王手でしてよカカシ様。まさかレオ様は、
「まぁな。美人を撃つ趣味は無ェよ」
――これにて決着。赤い飛行艇は、最大加速した【翼】のアンカー、マリアージュ=ディルマの射程範囲に捕らわれた。
「……レオ、口閉じてね。舌噛んでも知らないよ」
「あ? ――うぉぉッ!?」
太陽が映ったのはわずか一瞬。青空のパノラマ、そして広がる大図書館を抱えた昼前の町並み。
それを目撃していた全ての存在が、呼吸と
見上げていたエルも、離れた小人たちも。あと一歩で手の届く場所に在った、マリアでさえ。
余りに自然な
飛行艇の両翼から伸びる光の帯は、ただの一つも綻びを見せず、二つのメビウスリングを空に編む。
――羨望さえ遠く感じる美しさの飛行技能。
すなわち。
「――――インメルマン・ターン」
喪った夢を、また見た心地で。
「いけずなひとね――届きませんでしたわ?」
マリアージュ=ディルマは、自身の背後を取った飛行艇乗りに、自らの敗北を宣言した。
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